第7話 真実・2

「エルエちゃん!」

 門の前では既に、リナを筆頭に天使たちが待っていた。

「みんな、ありがとう。大変だと思うけど、力を貸して!」

「あったりまえじゃん!」

 リナは胸を張って返事をするが、すぐに門の外へと目を向けた。

「来るよ!」

 その言葉に合わせ、みんなが結界を張り、力を合わせる。

 目に見えない、人間の大きすぎる願いの力は波のように寄せ続ける。

「お願いします」「助けてください」「幸せになりたい」

 そんな多くの望みが、聞こえ続ける。

 最早その大きさは、人間の欲望でしかなく、耳を塞ぎたくなる。

「エルエ!しっかりして!」

 そう耳元で叫ばれ横を見ると、いつの間にかナルハが立っていた。

「え?ナルハ?」

「私だって、力を失ったとはいえ、元々門の守護者をしていたんだから、勝手ぐらいわかる」

 そう言って、エルエの手に自分の手を重ね、力を注いだ。

 それを見ていた神も、後ろから力を放出する。

「みんな、魔界が受け止めきれなくなったことで、天界にまで人間の負の感情が流れ込んでいる。辛いと思うが、耳を傾けるな。連れて行かれるぞ!」

 その一喝で、天使たちは気持ちを奮い立たせ、再び天界の力が増した。

「……でも、このままだと意味ないね」

 ナルハがぼそりと、エルエにだけ聞こえるように呟いた。

「大丈夫だよ!ライカ様も魔界に行ってるはずだし、止めようとしてくれてるはず!」

 エルエが力強く答えるが、ナルハの表情は晴れない。「そんな都合のいいことあるわけない」という気持ちが強く、エルエと力を合わせているけれど、どこかで心は折れそうではあった。

 が、そんな時に、突然人間の欲がふと緩んだ。

「これは?」

 何事かと門の外を見据えると、魔王を連れて行ったはずのライカが立っていた。とは言え、体が透けている状態だが。

「ライカ!?」

「神様、皆さん、魔界の門を急ごしらえですが修復し、魔王の力で何とか魔界は崩壊せず済みました。ギリギリではありますが、今は耐えられている状態です。なので、天界も今少しの辛抱ですよ」

 そう励ますライカに、エルエが叫んだ。

「ライカ様もこちらに来てください!そしたら、ここは抑えられると思うんです!」

 その言葉を聞いて、ライカは眉を下げると、ゆっくりと首を横に振った。

「……ごめんなさい。私はもう、天界には帰れません」

「え?」

 思わず素っ頓狂な声を出してしまったエルエだが、何かを悟ったように神が口を開いた。

「ライカ、魔界の状況は?」

「はい。崩れかけた魔界を、魔王の力を最大に使って再興しています。同時に、魔界の門を私が再構築しました」

 それを聞いて、ナルハは目を見開いた。

「え?じゃあ、今の魔界の門の守護者って……」

「私、ライカ・タガリヌ、ということになりますね」

 その言葉に、エルエとナルハは声にならず、ぽかんと口を開くだけ。

 神は一つ息を吐くと、そのままライカを見据えた。

「そうか。わかった。苦労をかけてすまないな。こちらは任せてくれ。そちらは魔王含めて、任せてもいいか?」

 神の言葉に、ライカは微笑むと、ゆっくりと頭を下げた。

「はい、もちろんです。こちらはお任せください。神様、今までありがとうございました。エルエ、ナルハ。私の代わりに神様を支えてください」

「ライカ様!」

 思わず呼び止めたエルエだったが、その言葉はそのまま宙に消えてしまった。


「神様!またお菓子ばっか食べてるんですか!?」

 エルエの怒声に、神はぎょっとした。

「べ、別にいいだろ。オレにとって食は、嗜好品みたいなものだし」

「そうかもしれないけど。ぷくぷく太りますよ!嫌でしょう?人間だって、太めの神様に願いを託すとか」

「いや、わかんないぞ。肥えてる方が富の象徴にはなりそうじゃないか」

「もうっ!屁理屈ばかり言わないでください!」

 エルエは思わず、手に持っていた書類を神に投げつけた。

「な、何するんだ!エルエ、お前ライカに似てきたんじゃないか!?」

「そのライカ様に、神様のことを頼まれたんでしょう!?」

 ライカのおかげで、天界は再び平穏が訪れた。

 魔界は未だに復興途中で、新しい魔界の門の守護者になったライカが、妹である魔王を厳しく監視し、手腕を発揮している。

 ナルハに会いに来たイートが、「あの、ライカさんって人、マジでヤバいですよ。めっちゃ怖い」と震えあがっていたそうだ。

 天界では、ライカに代わり、エルエが神の側近になったが、以前みたいなやり取りが復活し、天使たちは微笑ましそうにその様子を見ていた。

「なんだ、またやってるのか?」

 そこにやって来たナルハが、面倒そうに溜め息を吐く。

「ナルハ!お前からも何か言ってくれ!お前の姉ちゃんマジで怖いんだけど!?」

「そう言われても……」

 ナルハはそう言いながら、エルエの肩をぽんっと叩いた。

「これ、ライカさんから届いた」

 そう言って、大量の書類をエルエに差し出す。

 現在、エルエに代わり、天界の門の守護者になったナルハは、先程愚痴を零しにやって来たイートから預かった大量の書類をそのままエルエに渡した。

「あと、これも預かった。神様に渡してくれ、だって」

 そう言って、神に手紙を渡した。

 神は「ライカも律儀なやつだな」と言いながら開封したが、すぐに顔を青くした。

「ライカはオレの母ちゃんか!」

 そう叫びながら手紙を叩きつけた様子を見て、「お小言だったんだな」と察したエルエとナルハは思わずため息を零した。

 エルエは大量の書類から、魔界の近況報告を見つけて、それを神に差し出した。

「でも、ライカ様、とてもしっかりやられていますよ」

 その紙を受け取り、目を通す神。ナルハも気になったのか横から一緒に見ていた。

「え、すごっ。あんなに崩れてた門や建物が、もうここまで元に戻ったのか」

「ライカ、しっかりしてるからな。……何か、魔王はやつれた顔をしてる気がするが」

「ほんとだ。いつもの余裕ぶりがない」

「まあ、魔王もかなりライカに固執してたからな。なんだかんだで、これで良かったのかもしれないな」

 ふと苦笑いを零す神の手を、エルエが握った。

「代わりに私が側にいますから!」

「私も天界に住むことになったから。……仕方なくだけど」

「もう、ナルハ!仕方ないとか言わないの!この場合、神様大好き、でいいの」

 その言葉にナルハはムッと口を尖らせる。

「私は天界の力が戻ったから、こっちにいるだけだもん。エルエが天界の門の守護者してくれるなら、魔界に帰るけど?」

「帰ったら帰ったで、ライカ様に怒られそうじゃん」

 それを聞いてナルハは少し固まって、「それもそうだな」と溜め息を吐いた。

 その様子を見て、神は二人の肩を思いっきり抱いた。

「うん、そうだなそうだな。みんなで仲良く暮らそうな!」

「それはそれでしつこいけど!」

「神様、放してー!」


 再び賑やかな天界と共に、今日も世界は平穏に過ぎていく。

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guardian of gate 宇奈月希月 @seikaKitsuki

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