第2話 時の運命・2

 エルエはふと周りを見渡した。

 部外者の気配を感じ、エルエが身構える。

「ここから先は天界。通す訳には行かない」

 その言葉に笑みを浮かべながら現れたカネアは、ハッと鼻で笑った。

「別に通りたい訳じゃないけど?でも、そうね。折角だし、遊んでくれてもいいけど?」

「遊ぶ暇なんてないから帰って」

 そう睨みながら言うエルエだったが、横からやってきた少年に隙をつかれた。

「エルエちゃん!危ない!」

 エルエと少年の間に割って入ったリナが、少年からの攻撃を受け止めた。

「リナ!ありがとう!」

「ちょっとちょっと。魔界の奴らってそんなに暇なの?来るなら、私達天使が容赦しないんだから」

 リナの言葉に、他の天使たちも駆け付け、一触即発の睨み合い状態になる。

「なぁに?本気にしちゃったの?そんな盛大に来なくてもいいのに」

 その状況を楽しむようにカネアが笑いながら声を上げた。

「別に今日はただの宣戦布告だもの。また来るから、震えながら待っていてくれると嬉しいわ」

 そうケラケラと笑って、その場を後にするカネアに、張り詰めた表情だったエルエはふと息を吐いた。

「エルエちゃん、大丈夫?」

「え、ええ。みんな、ありがとう。リナ、悪いけど神様とライカ様に報告してくれる?」

「うん、わかった。みんな、とりあえず帰るよ」

 リナは返事をすると同時に、周りの天使たちに声をかけ、引き返した。


「状況はわかりました。念のため、守りを強化するように伝えてください」

 リナから報告を受けたライカが告げると、リナは返事をして下がった。

 それを見送ったライカは神の方へと視線を向ける。

「……一体、魔王は何を考えているのでしょうね」

「『古より、門の守護者が出会った時、世界に災厄が訪れる』か。オレもどうなるか知らないけどな」

 ライカの問いかけに、ぼんやりと答えた神は、ふとライカへと視線を向けた。

「それで、人間界で二人は会ったんだろ?何か変化があったか?」

「いえ。彼ら達がやって来たこと以外は何も起きていません。……エルエとナルハには、何事もなく暮らしてほしいのですが」

 悲しげな顔で呟くライカの背をゆっくり撫でる神も、内心では同じことを思っていた。


「カネア、天界へのお使いありがとうね」

 カネアの報告を聞いた魔王は、妖艶な表情を浮かべながら答える。

「いえ。私で良ければ、魔王様の手足になります。ナルハよりも役に立つって思っていてくださいね」

 カネアは嬉しそうに答えて、スキップしそうな勢いでその場を後にした。

 それを見送った魔王は、鼻で笑った。

「ふふっ、可愛い子ね。そんなことで喜んでくれるなんて。嬉しすぎて扱き使いたくなってしまうわ。……でもね、わたくしはナルハが可愛くて仕方ないの。わたくしが育てたんですもの。だから、待っていてちょうだい。わたくしがこの世界を手中に収めてみせるわ」

 その楽しそうな笑い声だけが木霊した。


 翌朝、教室へと入る七恵に、クラスメイトたちが挨拶をする。

 七恵も相変わらず穏やかな笑みを浮かべ、挨拶を返す。

 一瞬、有絵と視線が合うが、挨拶だけ述べるとお互い黙ってしまった。

 クラスメイトたちが「やっぱり似てるよね」「ほんと瓜二つ」と呟くのが耳に入るが、七恵はただ穏やかに「他人の空似でしょう」と返すだけだった。


 昼休み、七恵の元に有絵がやってきた。

「砂川さん、図書室に行きたいんだけど、場所がわからなくて。ついてきてもらってもいい?」

 突然声をかけられた七恵は、一瞬びくりとしたが、すぐに「わかった、行こう」と快く引き受けた。

 二人で図書室へと向かう中、有絵がじろじろと七恵を見ていたが、思い立ったように口を開いた。

「……あなた、疲れない?」

「え?」

 思わず素っ頓狂な声を上げてしまった七恵に対し、有絵はふと視線をずらした。

「凄い優等生ぶってて。周りの空気を読んでばかりで、とても疲れそう」

 そうバッサリと切り捨てる有絵に、七恵は驚いて足を止めた。

「そんなこと、ないけど。私は私なりにやっているわ」

「……そう」

 何とか答えた七恵に、有絵はあっさりした返事をした。

 ちょうど図書室に着いたのもあって、七恵は「じゃあ、着いたから」と踵を返そうとしたが、有絵が再び声をかけてきた。

「ねえ。あなた、どこかで会ってる?」

「え?」

 再び素っ頓狂な声を上げ、七恵は眉を顰めながら振り向いた。

「そんなわけないじゃない。たぶん、そっくりだから自分の顔と間違えてるのよ」

 そう早口で返すと、七恵は走って行ってしまった。

 有絵はその後ろ姿を見送り、口を開いた。

「……そうね、そんなことないわね。私は人間界と関わりがないのだから」

 そう言った有絵だが、ふと目を伏せた。

「ただ、あの子もたぶん……人間界にいるべきじゃない」


 駆け去った七恵は、廊下の端で止まり、落ち着かせるように大きく息を吐いた。

 まさか、あんなこと言われるとは思わなかったのだ。

 七恵自身も、有絵とどこかで会ったことあると感じていたのだから。

 ただ、どんなに記憶を辿っても彼女の面影はなく、「自分に似ているからだ」と自分に言い聞かせていた。

 だから、彼女から言われた時は驚いたし、思わず自分が出した答えを答えてしまった。

「うん、そうよね。だって、この世界に私と関わりがあるものがないのだから」


 ナルハが魔界に帰ると、魔王が楽しそうに笑いながら手を振った。

 それに気付いたナルハがゆっくりと頭を垂れる。

「やだぁ、ナルハってばそんな風に敬ってくれなくてもいいのよ?」

「いえ、そういう訳にもいかないので」

 そう律儀に答えるナルハに、魔王が楽しそうにくつくつと笑った。

「ねえ、ナルハ。学校は楽しい?」

「べつに。人間界は退屈です」

「そう。じゃあ、もっと刺激的なお仕事を頼んでもいいかしら?」

 そう言うと、魔王は一層と蠱惑的な笑みを浮かべる。

「天界に総攻撃を仕掛けましょう。あなたに先陣を切ってもらって」

「え?でも、それだと……私が天界の門に一番乗りすることになりますが?」

 困惑した表情のナルハに対し、魔王は一切表情を変えない。

「ええ、そうよ。“災厄”は、魔界と天界の戦いのことだわ。つまり、顔を合わせれば戦いが始まるってことよね?別に災厄でもないでしょう?天界には災厄かもしれないけど。さあ、行きましょう」

 そうナルハの手を取り、魔王は歩き出した。

 そして、突如始まった魔界の天界侵攻。先頭を進むナルハに、カネアは憎悪を募らせた。

「どういうことよ!何であいつが先陣を切るのよ!ねえ、魔王様。私の方が使えますよ!あなたの手足になりますよ!?」

 そう直談判するカネアに、魔王が楽しそうに目を細めた。

「あなたはナルハの駒になってね。門の守護者がかなりの力を持つのは知っているでしょう?あの子の強さは、あなた如きで勝てないのだから、精々盾にでもなってちょうだい」

 冷たく突き放されたカネアが、あまりの悔しさに暴れ始めた。

 その様子をナルハの横で見ていたイートがぼやいた。

「……カネアさん、よく魔王様にあんな態度でいれますよね」

「あいつの根性だけは、本当に褒めるべきだと思う」

 ナルハもその様子に、思わず本音が出てしまったが、イートがナルハを見て鼻を鳴らした。

「カネアさんは、ナルハ様の手足にならないと思うけど、代わりに俺がナルハ様の手足になるので、何でも任せてくださいね!」

 すごい自信に満ちた表情のイートに、ナルハも釣られて一瞬笑みを零した。


「一体どういうことです!?」

 ライカは思わず声を荒げたが、神がすぐに天使たちに指示を出した。

「何が何でも門の前で止めるぞ!ライカ、オレたちも行くぞ!」

 その言葉にライカはぐっと力を入れると駆けだした。

「エルエを守らなければ!魔王!あなたは何を考えているのですか!?」


 エルエを筆頭に、天使たちが門の守りを固める中、魔界の軍勢が現れた。

「来たわね。ここは絶対に通さない」

 エルエのしっかりした言葉に、周りの天使たちも頷く。

 が、エルエは魔界の軍勢の中に見覚えのある顔を見つけた。

「え?……新川、有絵?」

 思わず出た声は小さな声で、明らかに彼女の耳まで届いてないはずなのに、ナルハもまた、エルエの顔を見て同じ表情で見つめ返した。

「……砂川、七恵?天界の門の守護者……?」

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