第130話 冒険者ジル、最大の冒険02

裏街道をまずは北西に進む。

私たちはいったん、前に「烈火」の3人と一緒に猿の魔物の討伐をした時に待ち合わせたニルスの町を目指すことにした。

そこで、補給をして北に進路を変える。

ニルスの町から待ち合わせのヨークの町までは十数日といったところだろう。

私たちはこれから先の長い旅のことを思って、ゆっくりと、しかし確実に歩を進めていった。


ニルスの町で補給と休息をとって北上する。

エリシア共和国との国境は3日ほどで越えた。

ここから10日ほど。

牧歌的な風景の中をひたすら進んで行く。

「実に長閑なものね」

「ええ」

「あはは。牛を見てたらチーズが食べたくなってきたよ」

「もう、アイカったら」

という会話をしながら楽しく進み、私たちは無事ヨークの町に入ると事が出来た。


馬房に馬を預け、さっそくギルドへ赴く。

ギルドの受け付けで、

「『烈火』と待ち合わせなんだけど、来てる?」

と聞くと、受付のお姉さんは、

「ええ、先ほどお着きになりましたよ。宿は『牧場亭』だそうです。ああ、近所なんで簡単に説明しますね」

と言って宿の場所を教えてくれた。

さっそくその宿に向かう。

その宿は受付のお姉さんが言った通りギルドのすぐ近くで、3つほど先の路地を少し入ったところですぐに見つかった。


受付で「烈火」の3人を呼んでもらう。

すると、すぐに3人は1階のロビーにやってきた。

「久しぶり…というよりも、最近よく会うな」

と言って右手を差し出してくるアインさんに、

「ええ、なんの因果かしらね」

と笑いながら言って握手を交わす。

次に、サーシャさんとにこやかに挨拶を交わして、ガンツのおっさにも、

「一応、よろしくね」

と言って挨拶をしてやった。


「さて。そろそろ飯の時間だが、どうする?」

「そうね。軽く打ち合わせしてからその辺で適当に済ませましょう」

と言って、まずは1階のロビーで場所を借り、地図を広げて簡単な打ち合わせを始める。

「森に入るまでにある村は2つだが、どうする?」

「ええ。一応聖女の仕事をさせて」

「じゃぁ、それぞれの村で一泊だな。どっちも宿があったはずだから大丈夫だろう」

「そうね。じゃぁ、申し訳ないけど、行きはゆっくりで頼むわ」

「ああ。了解した」

と、まずは森に入るまでの行程を確認した。


「で。肝心の森の中の方は?なにか情報を持ってる?」

と聞くと、アインさんはやや難しい顔になる。

「それが、ある程度の場所以外何もわからん。とにかく大きな影を見たっていう情報だけだ。冒険者の仲間内じゃ岩か何かの見間違いなんじゃないか?って説の方が強い」

と現状では何もわかっていないというアインさんに、

「その目撃したっていう冒険者は?」

と続けて聞くと、

「目撃したのは『刹那』って連中でな。名前は立派だがまだそろそろ中堅か?ってところの連中だ。魔物の討伐よりも、薬草採取とか地形の把握に長けた連中だ。今回も地形図作成の依頼で森の奥まで入り込んだらしい」

と教えてくれた。

私はそれでなんとなく納得し、

「なるほど。だから目撃情報があいまいなのね」

と言うと、アインさんは少し苦笑いをして、

「ああ。あいつらとは昔一緒に冒険…、というよりも指導してやったことがあってな。その時教えた、無理だけはするなっていう教えを守ってくれたらしい。まぁ、まじめな奴らで、妙な嘘を吐くような連中じゃないから、今回俺たちが、ギルドの上に掛け合って調査の依頼を出させたってわけだ」

と、今回の調査依頼は自分たちがかけ合って出させたものだと言った。

私は驚きながら、

「じゃぁ、今回の調査は自分たちで名乗り出たってわけ?」

と聞く。

すると、アインさんは、

「まぁ、そうなるな。ただ、場所が場所だから『刹那』の連中には足手まといだから来るなと言った。もし本当に魔物だったらやつらの手に負える相手じゃないだろうからな」

と言って、少し寂しそうな顔になった。


「そう…。私たちもせいぜい足手まといにならないように気を付けるわ」

と、あえて冗談っぽく返す。

そんな私の冗談に、アインさんは、

「ふっ」

と小さく笑った。

そこへガンツのおっさんが、

「終わったか?じゃぁ飯だな」

と無神経な声を掛けてくる。

そんなガンツのおっさんの言葉にアイカが、

「お。いいね」

と反応して、私たちは苦笑いを浮かべると、さっそく小さな宿場町の酒場へと移動した。


「今日は控えめにしなさいよ」

というサーシャさんの先制攻撃でガンツのおっさんがこれでもかというくらい苦い表情になる。

そのガンツのおっさんを、

「あはは。打ち上げでしこたま飲めばいいじゃん」

とアイカが肩を叩きながら慰め、食事が始まった。

今日の夕食は牧畜が盛んなエリシア共和国の田舎らしく、肉料理。

中でもチーズの入ったハンバーグは絶品で、

「まぁ、このトマトのソースが絶品ね。さっぱりしてて濃い味のお肉とチーズに良く合うわ」

と、ぱくぱくと食べ進めるサーシャさんの健啖家ぶりに苦笑いしつつ、私たちも負けずに食べる。

おそらく私たちの中で「烈火」の3人に対抗できるのはアイカくらいだろう。

ちなみに、お酒はベルが善戦するかもしれないが、サーシャさんにはまず間違いなく及ばないだろう。

(きっと『笊』っていうのはああいう人のことを言うのね…)

と思いつつ、

「あんたはもう駄目よ」

と言って、3杯目のお替りを確実に阻止されたガンツのおっさんを憐れみながら私も飲み過ぎないように、ゆっくりとジョッキを傾けた。


翌朝。

早めに宿を発つ。

昼過ぎには最初の村に到着し、私はいつものように浄化の魔導石を調整させてもらった。

「少し不調気味でしたが、ちゃんと調整しておきましたから、もう安心ですよ」

と嘘をつき、村長を安心させる。

村の状況を聞けば、最近家畜の餌にしているトウモロコシの育ちが悪かったらしい。

(魔素の流入があれだけ少なければ、そりゃ不作にもなるわよね…)

と思いつつも、

(でも、良かった。最悪の事態になる前に気が付けたんだから)

と気分を切り替えて、みんなのもとに戻った。


「どうだった?」

と聞いてくるベルに、

「かなり悪かったわ」

と正直に答え、

「と、いうことは?」

と聞いてくるアインさんに、

「森からこの距離でこれだけってことは、森の中は相当よ。…覚悟が必要かもしれない」

と真顔で答える。

その言葉で、ガンツのおっさんも含め、全員の表情が引き締まった。

「締めてかかろう」

アインさんのひと言にみんながうなずき、その日は村の宿で軽く夕食を済ませて早めに休んだ。


翌日。

次の村に向かう。

道中は何事も無く進み、夕方前には村に到着した。

宿の手配をみんなに任せて私はひとり村長宅に向かう。

「遅い時間にすみません」

とひと言断って、浄化の魔導石が置いてある祠に案内してもらうと、さっそく慎重にその様子を観察した。


(なにこれ…)

愕然とする。

それは、表面的には調整されているように見えたが、きちんと奥まで調整されておらず、ひどいものだった。

それに加えて魔素の流入量も極端に少ない。

(なんで…)

なんで、この村は普通に生活できているのか。

私の頭にそんな疑問が浮かぶ。

そんな疑問を持ちながらも、奥まで丁寧に調整して、村長に村の状況を聞いてみた。

村長曰く、この村の人口はここ数十年で3割ほど減ったらしい。

「昔は豊かな村だったんですがねぇ…。牧畜以外に、特に産業も無い田舎ですから、仕方のないことです」

と諦めたように笑う村長の顔には痛々しいとしか表現できない苦悩が如実に表れている。

「教会に報告は?」

と聞いてみると、

「ええ。5年ほど前にも一度聖女様に来ていただきましたが、それでも変わりませんでしたから、この村の土地はもう限界なんでございましょう」

という村長の言葉を聞いて胸が張り裂けそうになった。

怒りが湧いてくる。

しかし、ここで怒っていいのは私ではない。

そう思って私は、

「今日、丹念に調整しておきました。教会にもこのことは報告しておきます。どうか、諦めないでください」

と何とか言葉をひねり出した。

「ありがとうございます」

と頭を下げてくれる村長に、申し訳なさを感じつつ、祠を後にする。

私は心の中で、そっと悔し涙を流した。


「どうだった?」

と聞いてくるベルにただ首を横に振る。

「…そう」

と言ってベルも顔を曇らせた。

「大丈夫。きっとなんとかしてみせるわ」

と精一杯の笑顔でそう答える。

しかし、私の心は晴れなかった。

そんな私の気持ちを推し測ってくれたのだろう。

サーシャさんが、

「大丈夫よ。私たちがついてるわ」

と声を掛けてくれる。

私はその力強い言葉を嬉しく思い、

「ええ。お願いね」

と返事を返すと、みんなに向かって、

「今回の冒険、絶対に成功させるわよ!」

と力強く宣言した。

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