第129話 冒険者ジル、最大の冒険01
王都での休日を謳歌してチト村へ戻る。
私たちはまた、のんびりとした空気の中、稽古に汗を流す日々に戻った。
午後の稽古が一段落して、軽く休憩の時間。
みんなで適当に集まってお茶にする。
そんなお茶の席で、ベルが、
「竜ってどのくらい硬いのかしら?」
と唐突につぶやいた。
「え?」
と聞き返すと、
「ほら。王都でお芝居みたじゃない。あの感じだと、竜ってものすごく大きくて硬くて、みたいなこと言ってたから、つい、気になって…」
と言う。
私は最初冗談かと思ったが、その表情は意外と真面目そうに見えた。
「あはは。ベルってばそんなこと考えながら見てたの?」
とアイカが笑う。
「ええ。あのお話は勇者様と聖女様の恋が主題のお話だったのに…」
とユナも笑って私も苦笑いを浮かべた。
「…もう」
とベルが拗ねたふりをする。
私はそんなベルの様子がおかしくて、
「あはは。岩くらい硬かったら斬るのが大変かもね。ああ、でもなんだっけ、あの首元に弱点があるっていってたじゃない?魔法も効いてる感じだったから、相手にしてできないことはないってことよ」
と笑いながらも一応、対竜の戦略を話す。
するとアイカがまだ少し笑いながら、
「あはは。あの火を吐かれるっていうのが本当ならちょっと厄介かもしれないけど、防げるかな?」
とその話に加わって来た。
「あら。なんとなくだけど、今のアイカならいけそうな気がするわよ?」
とこちらも笑いながらユナが茶々を入れる。
「えぇ?それはどうかなぁ…」
と一応考え込む振りをするアイカに、
「うふふ。私は竜が火を噴いたら真っ向から魔法をぶつけてみたいわね。どっちが勝つか楽しみだわ」
と、ユナが冗談っぽく言って、私たちの対竜攻略会議は笑顔で楽しく進んでいった。
「さて。そろそろ稽古始めるぞ」
というジミーの声でみんなが立ち上がる。
「目標は竜を斬ることね」
とベルに冗談を言うと、ベルはまたちょっと拗ねたような顔で、
「…もう」
と言って、いつものようにジミーと手合わせを始めた。
(本当に竜なんていたら一大事よね)
と思いつつ、私も聖魔法を展開してそれを循環させるように自分の中で練り上げていく。
そうしつつも私は、
(竜と出くわしたら、まずは聖魔法で弱体化させないと、どうしようも無いわね)
と考えてしまい、
(ぷっ。なに?ベルの真面目が移っちゃった?)
と、おかしくなってしまったが、その日の稽古はなんとか無事に終えられた。
「じゃぁ。またね」
「うん。あした」
と言ってそれぞれに家に戻っていく。
(さて。今日のご飯はなにかしら?)
そんなことを思いながらいつものあぜ道を歩いていき、玄関の扉を開けるなり、
「ただいま!」
と元気に声を掛けた。
「おかえり、ジルお姉ちゃん!」
という元気な声が返ってくる。
そして、ユリカちゃんはパタパタとこちらに駆け寄ってくると、
「今日はナポリタンとハンバーグだって!どうしよう!!」
とキラキラと輝く目で私にそう言ってきた。
「まぁ、素敵!」
と私のユリカちゃんの興奮に合わせ、あえて興奮したような声でそう答える。
「ねぇ、すっごいよね!」
と嬉しそうな顔をするユリカちゃんに、
「ええ。今日ってなにか特別な日だったかしら?」
というと、
「うーん…わかんないけど、ナポリタンハンバーグ記念日!」
とユリカちゃんが笑顔でそう答えた。
「そっか。ナポリタンハンバーグ記念日か。とっても素敵な記念日ね」
と笑って、この頃少し重たくなってきたユリカちゃんを抱き上げる。
そして、2人で
「うふふ」
「えへへ」
と笑い合いながら、いつもの小さな食卓を目指した。
そんな日々が一か月も続いただろうか。
チト村はそろそろ夏の盛りを迎えている。
そんなある日、また教会長さんからの手紙が届いた。
さっそく不機嫌になるユリカちゃんを宥めつつ、封を切る。
指示書を見ると、今回の目的地はエリシア共和国北西部の森、と書いてあった。
(え?村じゃなくて、いきなり森?)
と驚いて教会長さんからの手紙を読む。
すると、そこには、
「ギルドから気になる情報が入ったの。なにか大きな魔物らしきものが遠目に目撃されたらしいから、その正体不明の魔物の調査に同行して、淀みを解消してきてね。同行するのは『烈火』の3人よ」
となんとも優しい言葉でとんでもないことが書いてあった。
(………)
言葉にならない。
しかし、落ち着いて考えると、おそらくこれは私たちにしかできないことだろう。
まず、正体不明の魔物がなんであるかはともかく、広い森の中でその魔物を効率よく探すには私の地脈を読む方法が欠かせない。
それに、大きな魔物ということは聖魔法による弱体化も必要になって来るだろう。
そう思って私は一つ深呼吸をすると、
「ちょっとみんなの所に行ってくるね」
と、ユリカちゃんの頭を軽く撫でてあげながらそう言って、さっそくみんなの家に向かった。
第一声、
「とんでもないことになったねぇ…」
とアイカがつぶやく。
ユナとベルは無言だが明らかに驚いたような顔をしていた。
そんなみんなに地図を広げながら、エリシア共和国北西の森を広い範囲で指し示し、
「この辺りらしいわ」
と大雑把な情報を伝える。
「広いわね」
というベルに、
「ええ。地脈の流れを読めなかったら、何か月かかるかわからないわね」
と答えると、ベルが、
「それでも10日やそこらで済むかしら…」
と、その行程の長さを思って少し不安げな言葉を漏らした。
「大丈夫。なんとかなるわ」
とユナが一見呑気そうな言葉を発する。
そんなユナに私たちが視線を向けると、ユナはいつものように柔らかく微笑んで、
「うふふ。夏なら果物取り放題だし、なんなら途中でイノシシか鹿でも仕留めればお肉は十分よ」
と、冗談めかしてそう言った。
「あはは。じゃぁ、また焼肉食べ放題だね!」
とアイカがいつもの調子を取り戻したような声でわらう。
その笑顔につられて、私とベルの顔にもやや苦笑い気味ながら笑顔を取り戻すと、その場の空気が一気に和らいだ。
「じゃぁ、さっそく準備に取り掛かりましょう」
「うん!」
「ええ」
「了解よ」
と言って、それぞれ準備に取り掛かる。
出発は明後日。
今回の待ち合わせはエリシア共和国北西部の小さな町、ヨークの町。
おそらく目的の森に入る前にある最後の町だ。
そこからいくつかの村を経由して森に入っていくことになる。
そこでは念のため、いつものように村の様子を聞いて浄化の魔導石を見せてもらうことになるだろう。
森に入るまで20日はかかる長旅だ。
私たちは来たる大冒険に備えていつもより、少し緊張しながらしっかりと準備を整えた。
そして、出発の朝。
今回は長くなると言うと、いつも以上に悲しそうな顔をするユリカちゃんを精一杯抱きしめて、エリーに跨る。
馬上から、
「アンナさん。よろしくね」
「はい。大丈夫ですよ」
「うん。ありがとう。あ、ココもちゃんとユリカちゃんのこと頼んだわよ」
「きゅきゅっ!」
「うふふ。いい子ね。…ユリカちゃん、心配しないでね」
「…うん。いってらっしゃい」
「うん。いってきます」
とみんなと言葉を交わし、私はエリーに前進の合図を出した。
やがて村の門の前に着き、
「おはよう」
とみんなと挨拶を交わす。
「いよいよだね」
そう言うアイカに、
「ええ。いよいよね」
と返すと、
「うふふ。なんだか楽しくなってきちゃったわ」
とユナが微笑みながら言って、ベルも、
「ええ。やっぱり冒険っていいわね」
と嬉しそうに言った。
(やっぱりみんな冒険者なんだなぁ)
と思いつつ、私も笑顔で、
「楽しみだね」
と声を掛ける。
そして、詰所から出て来て門番ごっこをしているジミーに、
「頼んだわよ」
と声を掛け、
「おう。任せとけ」
という答えが返ってきたのを聞くと、私たちはいつものように村の門をくぐって田舎道を真っすぐに進んでいった。
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