第128話 再び王都での休日03

焼き鳥屋で盛大にやった翌日。

(うわー…。久しぶりにやっちゃったわ…)

と思いながら痛む頭を抱えて起きる。

部屋に置いてあった水差しからコップに水を注ぐとひと息に飲み干して、次に自作の二日酔いの薬をこれまた多めの水できっちり胃に流し込んだ。


宿の1階におり、

「おはよう」

という元気なアイカの挨拶に、

「…おはよう。やっちゃった…」

と力なく答えてみんなに笑われながら市場に向かう。

みんなはいつものようにガッツリとした朝食を食べていたが、私はあっさりとしたお粥だけで食事を済ませた。

そのまま出かけるというみんなと別れてひとり宿に戻る。

しかし、呑兵衛の体というのはたいしたもので、しばらく横になってゆっくりしていると、徐々に体調が戻ってきた。

なんとか起き上がり、リリエラ様のもとに向かう。

下町のガヤガヤとした道を抜け、閑静な貴族街に着くころには、ずいぶんと体調も落ち着いてきた。

(うん。このくらいならなんとかなるかな)

と思いながら、王宮の小さな門を目指す。

そして、門に着くと、いつもの衛兵さんに声を掛けて、その小さな門をくぐった。


澄み切った空気に包まれた小路を歩く。

季節は春から夏へと変わる頃。

離れへ続く道には色とりどりの花が咲き、私にはそれがまるで楽園へと続く道のように思われた。


やがて、小さく可愛らしい庭に出る。

玄関で、

「ようこそ。お待ち申し上げておりました」

というセシルさんに、

「こちらこそお招きありがとうございます」

と言って礼を交わすと、さっそく私は離れの中へと入っていった。


「ジルちゃん!」

と明るい声とともにリリエラ様が飛びついてくる。

(まるでユリカちゃんみたい)

とその姿を微笑ましく思いながら、受け止め、

「久しぶりだね、リリーちゃん」

と声を掛けた。

「「うふふ」」

と2人で笑い合う。

その後ろから、

「おいおい。僕もいるよ」

と苦笑いでエリオット殿下が声を掛けてきた。


「失礼しました。殿下」

と、あらたまって礼をとる。

「あはは。相変わらずだね、ジュリエッタ」

と言うエリオット殿下に、

「殿下もご健勝のご様子、何よりです」

と答えると、また苦笑いをされてしまった。

そんな私たちの様子を見ていたリリエラ様が、

「もう。2人とも硬いわ。そういうのは、お仕事の時だけにしてちょうだい」

と少しむくれた顔で可愛らしく文句をつけてくる。

「ははは。ということで、普通に頼むよ」

というエリオット殿下に、

「かしこまりました」

と肩をすくめながら苦笑いで返し、さっそくサロンに移動した。


そこで、リリエラ様の近況を聞く。

「あのね。ジルちゃんがやってくれたあの光る石を試すようになってからとっても調子がいいのよ」

と嬉しそうに話すリリエラ様をエリオット殿下と一緒に微笑ましく眺め、華やかな香りのゆっくりと味わわせてもらった。


(良かった。…本当に良かった)

とひとり感動していると、横からエリオット殿下が、

「本当に画期的なことだよ。まさかこんなところに有効な治療法があったなんてね…。これもジュリエッタと出会えたおかげだ。感謝しているよ」

と頭を下げてくるのに、

「私は何もしてませんよ」

と謙遜して返す。

しかし、エリオット殿下は、

「それでも礼を言わせてくれ」

と言って、さらに頭を下げてきた。

「やめてください。私は本当に何もしてませんから」

と本当に慌てて返す。

するとリリエラ様も、

「ありがとう、ジルちゃん」

と言って軽く頭を下げてきた。

私はますます困ってしまって、

「もう、そういうのは無しってさっき言ったじゃないですか…」

と少し照れたような感じでわざとむくれて2人に抗議する。

すると、リリエラ様が、

「うふふ。そうだったわね」

と先に笑って、エリオット殿下も、

「あはは。一本取られたかな?」

とリリエラ様に続いて笑った。


和やかにお茶を飲み、ゆったりとした気持ちで話をしていると、メイドのポーラさんが、

「午餐の準備が整いました」

と言って、私たちを迎えに来てくれた。

みんな揃って食堂に向かう。

そこからは美味しい料理と楽しい話で盛り上がった。

特にリリエラ様は私の冒険の話が楽しいらしく目を輝かせて聞いている。

その一方でエリオット殿下はオークやミノタウロスという単語が出てくると、その目をいっぱいに広げて驚きの表情を浮かべていた。


やがて、食事が終わり、これからサロンでまたお茶とお菓子を楽しもうかという時間になる。

すると、そこでエリオット殿下が、

「リリー、ちょっとジュリエッタを借りてもいいかい?仕事の話があるんだ」

とリリエラ様に向かってそう願い出た。

その言葉で私はなんとなく事情を察したが、リリエラ様は、

「5分だけですよ」

と言って、むっとした顔になった。

「ははは。なるべく早く終わらせるよ」

というエリオット殿下とともに別室に移動する。

移った先の部屋は、執務室のようなところで、大きな机と本棚、そして飾り気の無い、ソファとテーブルが置かれているだけの部屋だった。


セシルさんがお茶を淹れて下がると、

「…なんとなく話しはわかるかな?」

というエリオット殿下に軽くうなずく。

すると、殿下も軽くうなずいて、

「例の治療法と今後の魔石の取り扱いについて、君の意見が聞きたい」

と言ってきた。


私は予想通りの話に、

「はい。まず治療法についてはエリオット殿下のご専門でしょうから私から申し上げることはそれほどございません。ただ、聖女の教育の一環としてそのうち広める必要はあるかと思います。浄化石を使うと効果があると言うことは聖女が直接聖魔法を使ってもおそらく同じような効果があるでしょうから…。ところであの治療の効果はどれほどだったのでしょうか?」

と答えて逆に質問する。

すると、エリオット殿下はうなずいて、

「あの治療法に関しては、温浴効果と似た物だと思ってもらっていい。ただし、内臓の疲れを直接取れるというのが違う点だ。だが、それだけでも十分な効果がある。なにせ薬の効きが格段に良くなるからね」

と、あの治療法がどのくらいの効果をもたらしたのかを教えてくれた。


その答えを聞いて私は、

「なるほど。では、奇跡的なものではなく、一般に広めても構わない程度ということですね?」

と確認の意味を込めて聞いてみる。

しかし、そこで殿下が少し眉を寄せた。


「広めること自体は構わない。というよりも積極的に広めるべきだと思っている。ただ、問題もある」

という殿下に、今度は私がうなずいて、

「聖女に特権意識を持たせ過ぎる…、というよりも教会に権力を持たせ過ぎるという点ですか?」

とエリオット殿下に視線を送る。

すると殿下は重くうなずいて、

「ああ。それだ。あと、魔石の需要が高まれば必然的に値が上がってしまうという問題もあるな」

と答え苦い薬を飲まされた子供のような顔をした。


「政治的なことはわかりません」

ときっぱり答える。

その裏には、教会長さんならきっと上手くやってくれるだろうという信頼もあったが、所詮私にはどうしようも無いことだ。

そう割り切って答えたが、

「魔石の方は、当面の間公定で価格と流通量の調整を行う方がいいと思います。それでも裏でいくらか取引はされてしまうでしょうが…。とはいえ、市場に任せてしまうのよりはいいでしょう。まぁ、そのうち、温浴効果と同じくらいの効果しかないということが広まって市場が落ち着けばその時は商人の自由にさせてしまえばいいと思います。その辺りはギルドも協力してくれるんじゃないでしょうか?」

と、魔石の流通に関しては自分なりの意見を述べた。

「なるほど。ギルドとの協力か。それは意外と盲点だった。よし、さっそく指示しよう。あとは教会か…」

と言って、エリオット殿下が幾分ほっとしたような表情に戻る。

私はそんなエリオット殿下に、

「教会長さんなら大丈夫だと思いますよ」

となるべく優しい笑顔で答えた。

「ははは。そういうところだぞ、ジュリエッタ」

とエリオット殿下がわけのわからないことを言う。

私が、「は?」という顔をしていると、エリオット殿下は少し苦笑いを浮かべて、

「ジュリエッタはどう思っているか知らないが、教会長のメイエンフリート殿はあれでなかなかだぞ?」

といたずらっぽい表情でそう言って話題を変えた。


私が、エリオット殿下が言った教会長さんへの評価を聞いて、

(へぇ…。さすがは政治の中心に関わるだけあって、それなりに胆力のある人なのね…)

と、ぼんやり感心していると、「コンコン」と遠慮がちに扉が叩かれ、エリオット殿下が応じる。

すると、セシルさんが扉を開け、苦笑いで、

「リリエラ様がお待ちです」

という催促の言葉を伝えてきた。

「はっはっは。そうだったね」

と言ってエリオット殿下が立ち上がる。

私も続いて立ち上がり、その執務室のような部屋を出て行った。


「もう。遅いですわよ」

といかにも「ぷんぷん」とした表情でリリエラ様が私たちに文句を言ってくる。

その声にエリオット殿下が苦笑いで、

「すまない。ちょっと話し込んでしまったよ」

と言うと、リリエラ様は、いかにも「仕方ないですわねぇ」という表情になって、

「今日の紅茶はお兄様の大好きな物を用意しましたのよ。ポーラのリンゴパイと一緒にいただきましょう」

と言って、そこからはまた楽しいおしゃべりの時間が始まった。


楽しい時間を過ごし、後ろ髪を引かれつつ離れを後にする。

私はリリエラ様の笑顔を思い出し、

(良かった…)

と心の底から嬉しい気持ちを抱えて下町を目指した。


宿に着き、1階のロビーで、

「あ。おかえり!」

と、明るく迎えてくれるアイカに、

「ただいま」

とこちらも明るく返す。

いつもの感じが心地よい。

「さて、ジルも帰って来たことだし、ちょっと早いけどお風呂に行きましょう」

とユナが言って、私たちはいったん部屋に戻りいつものように銭湯に向かった。


下町の石畳を夕日が染める。

赤くキラキラと輝く道をみんなで、

「今日は何にする?」

「うーん。たまにはちょっとあっさりめかな?」

「じゃぁ、しゃぶしゃぶなんてどう?」

「お。それいいね!」

とおしゃべりしながら楽しく歩いていると、改めて、

(当たり前だけど、やっぱり私はこっち側の人間よね)

と思った。

「どうしたの?」

とアイカが私の顔を覗き込みながら、聞いてくる。

「ん?ちょっと楽しいなって思っただけよ」

と答えると、

「なに、それ!」

と言っていつもの明るい調子で笑われた。


そんな明るい声と軽快な靴音が下町のざわめきに溶けていく。

私はそれを心から幸せだと感じた。

夕日に照らされた私たちの長い影が凸凹とした石畳の上で楽しげに動いている。

そして、私の一日は今日も楽しく暮れていった。

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