第127話 再び王都での休日02
楽しい打ち上げを終えた翌朝。
市場で適当に朝食をつまみ、宿に戻って今日からの予定を話し合う。
「あー。私はとりあえず教会長さんとあと、例の貴族様のところかな」
と言うと、アイカが、
「じゃぁ、私たちはピクニックにでも行こうよ。門を出てちょっと行ったところに広い原っぱがあるでしょ。そこでお弁当食べてのんびりしようよ。馬たちも遊ばせてあげたいから遠乗りもいいかもね」
と言うと、ユナはその案に賛成したが、ベルは違って、
「じゃぁ、私はギルドで訓練してこようかしら。ちょっと剣を振りたい気分なの」
と言ってギルドに行くと言った。
「真面目ねぇ…」
とユナが感心したような顔をする。
アイカも驚いているようだった。
「まぁ、休日の過ごし方は人それぞれよ。とりあえずここ2、3日はそんな感じね。その後は…、またその時になったら話しましょう」
と言って、それぞれがそれぞれに休日を楽しむことにする。
そして私たちは宿を出ると、それぞれの目的地へと向かって行った。
私は貴族街を抜けて教会本部を訪れる。
突然の訪問なので、空振りに終わるかと思ったが、幸運にも教会長さんはいたらしく、やや待たされたあと、面会できる運びとなった。
「お待たせしちゃったわね」
という教会長さんに、
「いえ。こちらこそ、約束も無くすみません」
と一応型通り謝る。
そんな私に向かって教会長さんはいつものように、
「うふふ」
と微笑むと、
「そうそう。こちらからもいいお話があるのよ」
と言って、話を切り出してきた。
「いい話というと?」
と、疑問符を浮かべながら教会長さんに話の続きを促がす。
すると、教会長さんは、いつものように微笑みながら、
「うふふ。まず、聖女学校を卒業した後の地域貢献…あなたたちのいう『ドサ回り』ね。それが義務化されるの。始まるのは来年からだけど。最初は大都市近郊から初めて徐々に広げていくつもりよ。ちゃんと指導教官も付けるし報告書の提出も義務にするから、手抜きできないようにしてあるわ。あと、当面の間は有志を募って各地を回るつもりなのよ。時間はかかるだろうけど、着実にいい方向に進んでいるから安心してちょうだいね」
と言ってくれた。
どうやら、教会内部の改革は順調に進んでいるらしい。
まずはほっとする。
もちろん大きな組織のことだから、時間はかかるだろうが、この教会長さんに任せておけば大丈夫だろう。
そう思って私は教会長さんに向かってひとつうなずいた。
すると、教会長さんもうなずいて、
「あとね」
と話を続ける。
私は、
(まだなにかあるの?)
と思ってやや身を乗り出して教会長さんの目を見た。
そんな私に教会長さんがほんの少し苦笑いを浮かべる。
そして、
「クレインバッハ侯爵のお力添えもあってギルドからの情報がいち早く手に入るようになったわ。大きな異常があったらすぐ教会にも連絡が入るようになったの。…これはあなたにとっては忙しくなるだろうからあまりいい話じゃないかもしれないけど、より効率的にお仕事の依頼ができるようになったわ」
と言うと、私に少し申し訳なさそうな視線を向けてきた。
そんな教会長さんに向かって、私は、
「いえ。嬉しい限りです。被害が出る前に対処できるということになるのでしょうから、願ったり叶ったりです」
とまじめな表情で、自分が思ったことを正直に伝える。
すると、教会長さんは、
「そう言ってもらえると助かるわ」
と言ってほっとしたような表情を浮かべた。
教会長さんがお茶をひと口飲むのに合わせて私もお茶を飲む。
「ああ、ごめんなさいね。こちらのお話ばかりして。ジュリエッタもお話があったんでしたね」
と言う教会長さんに、私は今回の冒険の顛末を語って聞かせた。
「…ということは、村にはほんの少しの異常しかなくとも森の奥では大きな淀みが発生している場合があるということなのかしら?」
とやや驚いた表情で言う教会長さんに、
「ええ」
とひとつうなずいて、
「ですから、先ほどのギルドからの情報というのは存外大事なものになると思います。森の異常を早めに察知して、村に危険が及ぶ前に叩くことができるようになりますから。それと各村に設置してある浄化の魔導石の調整が並行して進めばこの世界はより安全になる。私はそう考えます」
と教会長さんの目を見ながらしっかりと答える。
教会長さんはその視線を受け止めて、
「そうね。…あなたには苦労をかけます」
と言って、私に頭を下げてきた。
「い、いえ。私は私にできることをやっているだけですから」
と慌てて顔の前で手を振りながら頭をあげてくれるように頼む。
すると、教会長さんは少し困ったように顔で微笑んで、
「お互いもうしばらく苦労が続きそうね」
と言い、またゆっくりとお茶を飲んだ。
その後、少しの世間話をして教会本部を辞する。
私はそのまま王宮の方へ足を延ばし、いつもの小さな門を訪ねた。
「こんにちは」
と顔見知りの衛兵さんに声を掛ける。
「ああ、これはジュリエッタ殿。少々お待ちください」
と言ってすぐさま奥に駆けて行こうとする衛兵さんに、
「ああ。明日から4日ほどは王都にいる予定ですから、エリオット殿下もお時間があればとお伝えください」
声を掛け、呼び止めた。
「かしこまりました」
と言ってまた奥に向かって駆けていく衛兵さんを微笑ましく見送りながら、その場で他の衛兵さんたちと世間話をしてしばらく時間を潰す。
そして、しばらくすると衛兵さんはメイドのセシルさんと一緒に戻って来た。
「ご無沙汰しております。ジュリエッタ様」
と妙に嬉しそうな顔で礼を取るセシルさんに、私は、
「いえ。こちらこそ。リリエラ様のお加減はいかがですか?」
と軽く礼を取り、リリエラ様の近況を聞いてみる。
すると、セシルさんの顔がパッと明るさを増し、
「ええ。おかげ様で最近は調子もぐっとよくなられました。これもジュリエッタ様のおかげです」
と言って頭を下げてきた。
私はその表情から、リリエラ様の近況を推し測って嬉しさを感じる。
そして、こちらもにこやかに笑いながら、
「いえ。私は何も…。エリオット殿下はさぞお喜びでしょうね」
と、話題をエリオット殿下の方に振り向けた。
「ええ。それはもう。うふふ。最近では毎日のように離れへいらっしゃるものですから、宮廷医師団の団長さんも困ってらっしゃるようでしたわ」
と言って、セシルさんがおかしそうに笑う。
私もつられて笑いながら、
「あはは。なんともエリオット殿下らしい話ですね。では、明日も?」
と言うと、セシルさんは、
「はい。おそらくは」
と言って、暗に明日来てくれて構わないと言ってくれた。
私はその意を汲み取って、
「わかりました。では明日の昼頃伺います。リリエラ様とエリオット殿下によろしくお伝えください」
と告げ軽く頭を下げる。
「ええ。かしこまりました。お待ち申し上げております」
と相変わらず綺麗な礼を取るセシルさんに見送られて私はその小さな門を後にした。
込み上げてくるうれしさを足音に乗せ、笑顔で下町を目指す。
抑えようとしても抑えられない喜びが心の中からどんどんと込み上げてきた。
ここ最近、全てが上手く回っているような気がする。
私たちは着実に実力をつけてきた。
教会も順調に動き始めているというし、リリエラ様の容態も良好だという。
これ以上の喜びはない。
私はそう感じながら、
(今日もお酒が美味しいわよ)
とひとり呑気に今晩の晩酌のことを考えながら、宿へ戻った。
宿に戻って来たが、宿の受付で聞くと、みんなまだ外出しているようだ。
とりあえず部屋でのんびりと過ごす。
扉を叩かれる音で目を覚ますと、いつの間にか宿の部屋は西日に染められていた。
「あ、はい」
と少し間の抜けた返事で部屋の扉を開ける。
するとそこにはみんながいて、
「ただいま。お風呂の時間だよ」
とアイカに声を掛けられた。
「ああ、ごめん。ちょっとうとうとしてた。すぐ準備するね」
と言って、慌てて荷物をごそごそし始める。
そして、手早く道具や着替えを取り出すと、
「お待たせ」
と言って、すぐに部屋を出ていった。
銭湯に入って、体を洗うとまだ少し寝ぼけていた頭がずいぶんとすっきりした。
「ふいー…」
と言いつつ湯船に浸かる。
のんびり心と体を整えると、また嬉しさが込み上げてきた。
「ねぇ、みんな」
と声をかけ、教会本部であった話や例の貴族様の妹さんが快方に向かっているという話をする。
すると、みんな口々に、
「良かったね」
といって嬉しそうな顔をしてくれた。
こうして喜びを分かち合える仲間がいる。
そのことがどんなに嬉しいことだろうか。
そう思った私の心には先ほどとは別の嬉しさが込み上げてきて、
明るい声で、
「さて、今日はどこで飲もうか?」
とみんなに聞いた。
「あはは。きっと今日のお酒は美味しいよ」
「ええ。でも飲み過ぎには注意ね」
「うふふ。今日くらいいいんじゃないかしら。良いことがあったんだもの。たまには羽目を外すのも大事よ?」
と、みんなと楽しく会話を交わしながらさっそくお風呂から上がり、私たちはいつものように下町の路地へと入っていった。
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