第125話 それぞれの成長03

翌朝。

昨晩のスープに入っていた香辛料のおかげか、ややすっきりとした気持ちで目覚める。

「おはよう。なんだか体が軽くない?」

とベルに話しかけると、ベルも、

「ええ。昨日食べたスープに入ってた香辛料に何かの薬効があったのかしら?」

とやはり体が軽いと答えてくれた。

「うーん。ちょっと調べてみたいわね」

と、いかにも医者の端くれっぽいことを言って、さっそくその場を発つ。

丸一日歩き、問題の草原にずいぶんと近づいたところで私たちはさっそく野営の準備に取り掛かった。


「淀みの中心はやっぱりあの草原っぽいわね」

と地脈の流れを読み終えてみんなに報告する。

その報告を聞いたユナが、

「明日の昼過ぎには着くかしら。様子を見て、行けるようだったら一気にいきましょう」

と言い、その言葉にみんなもしっかりとうなずいてくれた。


簡単な食事を済ませて、交代で体を休める。

静かな森、重たい空気の中でまたいつものように緊張の夜を過ごした。


翌朝。

日の出を待ってさっそく行動に移る。

早めに行動したせいか、ちょうど昼くらいの時間には問題の草原の入り口に到着した。

「今の所魔物の気配は無いわね。一気に進んで浄化してしまいましょう」

という私の提案にみんながうなずく。

私たちは、慎重に辺りを警戒しながらも、淀みの中心を目指して素早く行動した。


中心と思しき場所に着き、辺りを見渡す。

「…いないみたいね」

慎重に気配を読むが魔物の気配はない。

「ええ。でも油断せずにいきましょう。周りは警戒しておくから、ジルは浄化をお願い」

というユナにひとつうなずいて私はさっそくその場に薙刀を突き立て、さっそく浄化を開始した。

いつものように魔力を流すと、私を中心に周りに青白い線が広がり、周囲が青白い光に包まれていく。

慎重に作業を進め、やがて、そろそろ、という時。

「来た!ジルはそのまま!」

というユナの声がした。

私はその声を信じて、再度浄化に集中する。

私の後で一気に魔力が高まる気配を感じた。

(ユナの魔法…。空から?)

と思いながら、浄化を進める。

そして、手早く浄化を終えてみんなの方を振り返ると、

「大丈夫。終わったわ」

と言ってユナがいつものようににっこりと微笑んでくれた。

「なんだったの?」

と一応聞いてみる。

すると、ユナは、

「ああ、大鷹だったわ。3匹いたわね」

と平然と答えた。


「魔法で?」

「ええ。何とか全部当たってくれたわ。アイカとベルはあっちの方に落ちたのを回収に向かってる。私たちはあっちを取りにいきましょう」

「うん」

と会話を交わして私たちもさっそく大鷹の魔物が落ちた方に向かう。

数分くらい歩いただろうか、よく見ると、体の中心を綺麗に撃ち抜かれた大鷹の魔物が完全に沈黙した状態で地面にたたきつけられていた。


「範囲、絞れるようになったんだね」

と聞くとユナは、

「ええ。なんとかね」

と苦笑いで答える。

本人は「なんとか」と言っているが傷口をみると少し太めの矢で射たような少し大き目の穴が開いているから、十分に範囲と威力を絞ることができるようになっているのだろう。

私はそのことをまるで自分のことのように嬉しく思いながら、さっそく魔石を取り出し、先ほど私が浄化をしていた地点に戻っていった。


私たちよりも先に戻って来ていたアイカとベルから、

「お疲れ」

「お疲れ様」

と声を掛けられ、

「お疲れ」

と返事をしながら、

「どうだった?」

と、一応状態を聞いてみる。

「うん。綺麗なものだったよ」

「ええ。こっちも」

というアイカとベルの言葉を聞くと、ユナがほっとしたような表情を浮かべた。

「やったね」

と言って軽くハイタッチを交わす。

アイカとベルも、

「やったじゃん」

「ええ。すごいわ」

と言ってユナとハイタッチを交わした。


「とりあえず、ここを発ちましょう」

と少し照れてくさそうに言うユナに続いてさっそくその場を後にする。

その日は森と草原の境目辺りで野営にし、それから3日ほどかけて私たちは次の村へと到着した。

また、同じように村長宅でお風呂と食事をいただく。

翌朝も同じように、エリーたちのことを頼み、浄化の魔導石を調整すると、また森へと入っていった。


森の中を進みながら、

「どうだった?」

と浄化の魔導石の状態を聞いてくるアイカに、

「ちょっとひどかったわね…」

と苦笑いで答える。

「あはは。じゃぁ、いつも通り気合を入れていかないとね」

とこちらも苦笑いで答えるアイカを先頭に私たちは軽快な足取りで先を目指した。


森に入って4日目。

今回の淀みは少し遠い。

おそらく明日には到達できるだろうが、今日はその手前で野営になるだろう。

そんなことを思いながら、進む。

そしてその日の日暮れ。

また、行動食をお腹に入れ、緊張の中体を休めた。


翌朝。

「おそらく最後の勝負ね」

とみんなに声を掛けて気合を入れる。

「だね!」

「ええ。大暴れしましょう」

「ふふっ。腕が鳴るわ」

というみんなが答えて、私たちはさっそく淀みの中心、おそらくこの冒険の最後の戦いの場所を目指して歩を進めた。


重たい空気の中慎重に進んで行く。

やがて、森の中に荒れた草原が広がっているのが見えてきた。

「ひどいわね…」

「ええ」

「なんか…オークっぽくない?」

「おそらくそうよ」

と真顔で言葉を交わす。

みんなの表情に油断はない。

緊張感はあるが、張り詰めた緊張とは違いどこか落ち着いた緊張感を持っているように思えた。

「行こう」

「「「了解」」」

と、うなずき合ってさっそくその決戦の地へと踏み込んでいく。

しばらく進むと明らかに大きな気配がこちらを目指してやって来るのを感じた。


「来たわね」

「3匹、かな?」

「ええ。まずは私が魔法を打ち込むわ。1匹は確実にやれる」

「わかった。アイカと私はコンビで動きましょう。ベル。もう1匹の足止めをお願いできる?」

「ええ。大丈夫よ」

「お願いね」

と簡単に作戦を決め、それぞれに構える。

そして、ドシドシと足音を立てながらこちらにやって来るオークを迎え撃った。

「行くわよ!」

と言ってまずはユナが真ん中の1匹に魔法を打ち込む。

その一撃は腹の辺りを見事に撃ち抜き、まずは1匹が行動不能に陥った。

私たちも一斉に駆けだす。

私とアイカは左、ベルは右に向かっていった。

やがてアイカの足が止まり、同時に、

「ガツン」と「ドシン」を合わせたような音が響く。

アイカはやや押されたようだが、その一撃をものの見事に抑えきった。

「ありがとう」

と言って、私はその横を駆け抜けると、聖魔法を纏わせた薙刀でオークの脛の辺りを思いっきり斬り払った。

スパっとまるで最初から何も無かったかのような抵抗の無さでオークの足が両断される。

当然、バランスを崩して、倒れ込んだオークの頭にアイカのメイスが叩き込まれた。

「トドメ、お願い!」

と言ってアイカがベルの方に駆けていく。

私は完全に沈黙しているオークの首筋に念のためトドメを刺すと、次にユナの魔法を食らって倒れ込んでいる個体の方へと向かって駆けだした。

こちらも念のためトドメを刺し、アイカとベルの方を見る。

すると、先ほどと同じようにアイカがオークの攻撃を受け止め、ベルが素早く足の腱を斬りオークを転ばせている状況が目に入ってきた。

直後、ユナの魔法がオークの頭を打ち抜く。

その瞬間、私たちの戦いは終わった。


「ふぅ…」

とひと息ついて、アイカとベルのもとに向かう。

ユナも小走りにやって来て、みんなが揃うとそれぞれに笑顔でハイタッチを交わした。

「やったね!」

「ええ、やったわね」

「ふふっ。良い戦いだったわ」

「うん。みんなすごかったよ」

とそれぞれに笑顔で言葉を交わし、その戦いが終わったことを喜び合う。

「さて、剥ぎ取ってしまいましょうか…。皮とかはどうする?」

「うーん。今回はいいんじゃないかな?焼いちゃおう」

と今回は魔石だけを持って行くことを決めると私たちはさっそくその作業に取り掛かった。


やがて剥ぎ取りが終わり、ユナが焼却、私が「お洗濯」を済ませると、さっさとその場を立ち去る。

森の中を歩きながら、

「終わったね」

と言うアイカを、ユナが、

「あら『おうちに帰るまでが冒険』よ?」

と笑顔で窘めた。

「あはは。そうだったね」

とアイカが笑う。

私とベルも「「ふふふっ」」と笑い、私たちは晴れやかな気持ちで最後の村を目指した。


今回の冒険の最後の村に到着し、村長宅を訪ねる。

時刻は夕方。

遅い時間にも関わらず村長は喜んで迎え入れてくれ、まずはお風呂を用意してくれた。


「ふいー…」

といつものように声を漏らしながら、湯船にゆっくりと浸かる。

この後順番に入ることになっているから、長風呂は出来ない。

しかし、その一瞬の気持ちよさが私の体から十分に疲れを抜き取ってくれた。

ぼんやりとしてそのまま寝てしまいそうになっている自分に気が付いて、「パシャン」と顔にお湯をかける。

(あぶない、あぶない…)

と心の中で思いながら、一つ深呼吸をして手早くお風呂から上がった。

「お待たせ」

と言って部屋に戻り、みんなが順番に風呂を使うのをおしゃべりしながら待つ。

やがて、全員が風呂から上がると、さっそく温かい食事をいただいた。


「簡単なものですが…」

と遠慮がちに言って来る村長に、

「いえ。遅い時間にすみません」

と言って、出してくれた「ほうとう」を美味しくいただく。

村長は簡単なものだと言ったが、茸や魚介の出汁が十分にきいていてかなり美味しかった。

「ごちそうさまでした」

と満腹で温まったお腹をさすりながら、村長に礼を言う。

「いえ。お粗末様でした」

と村長も笑顔で型通りの挨拶を返してきて、そこからは最近の村の様子についての話を聞いた。


やはりこの村でも目立った異常は無いという話だったが、それでも、小さい変化でもいいから何かないかと聞いてみる。

すると、村長は顎に手を当てて考えながら、

「そう言えば、去年の芋は少し小さいのが多かったですかなぁ…。まぁ、さしたる影響はありませんが」

とやや首をひねりながら、そう答えてくれた。

(それって被害が小さいうちになんとか出来たってことよね…。よかった)

と嬉しく思いながら、明日、念のため浄化の魔導石を見せて欲しいとお願いする。

「それは願ってもないことです」

と嬉しそうに応じてくれる村長の優しさにほっとしながら、その日はゆっくりと休ませてもらった。


翌朝。

それなりには調整されていたものの所々に雑さの目立つ浄化の魔導石を調整して村長に

「なんの問題もありませんでしたよ」

と報告する。

「ありがとうございます」

と言って何度も頭を下げてくれる村長の態度に恐縮しながら、私たちは村を後にした。


「さて。打ち上げはどうしよっか?通り道だし、王都でパッとやる?」

というアイカの提案にみんなが乗って王都での打ち上げが決まる。

私たちはすっかり春めいた空の下をなんとも言えない清々しい気持ちで進んで行った。

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