第123話 それぞれの成長01

初春。

教会長さんから手紙が届く。

それはいつもの指示書でリッツフェルド公国の東の端を回ってくれと書いてあった。

その遠さに少しげんなりしつつも、自分の使命を思い出し、気を引き締めて手紙を閉じる。

そして、さっそくみんなのもとへと向かった。


「今回も船旅よ」

と言って、乗船券を見せながら、地図を開く。

「目的地はずいぶん前に行ったソト村の北にある村よ。そこから北上してラフィーナ王国との国境付近まで、6つの村を巡る感じになるわね」

というと、ベルが、

「大冒険ね」

と少し嬉しそうな顔でそう言った。


ソト村までが船を使って十数日だったから、おそらく行きは15日程度になるだろう。

そこから冒険がおそらく1か月と少し。

帰りは陸路だから20日以上かかることになる。

帰ってくる頃にはチト村はすっかり春本番、いや初夏になっているだろうか。

私はそんなことを思いながら、みんなと地図を見て、簡単な行程を決めていった。


翌々日。

準備が整い、いつものように後ろ髪を引かれつつ出発する。

門のところで、

「今回はかなり長くなりそうだから、よろしくね」

とジミーに声を掛けると、

「おう。任せとけ」

と、頼もしい返事が返ってきた。

その言葉に安心して門をくぐる。

そして私たちは、春の初め、まだ、うっすらと寒い朝の空気の中を、いつものように裏街道を目指して進んで行った。


旅をすること10日ほど。

ベルにとっては2度目の船旅を経て、無事、トリスタン市国に入る。

そこで、私たちはカレー粉という魔法の調味料をたっぷり調達した。

食料は各村でも手に入るが、香辛料はなかなか手に入らない。

今回の旅は長い。

いろんな味付けが出来れば気分転換にもなるだろう。

そんな考えで他にもいくつかの調味料を補給し、先を急ぐ。

そして、進むこと4日。

私たちは最初の目的地、クツ村に入った。

さっそく村長宅を訪ねる。

村の状況を聞くと作物に異常は無いらしい。

それでも私は前回のことを思い出し、慎重に浄化の魔導石を調整した。


翌朝。

次の村までの馬の移動を村長にお願いしてさっそく森に入る。

まだ浅い部分を軽快に歩きながら、

「さて、冒険の始まりだね」

と楽しそうな顔でアイカが言った。

「うふふ。気合が入っちゃうわね」

とユナも続く。

「ふふ。2人ともピクニックじゃないんだから。気を引き締めていきましょう」

とベルも笑顔で一応注意するがどことなく楽しそうだ。

(やっぱりみんな冒険者なんだなぁ…)

と感想を持ちつつ、私もどこかウキウキとした気持ちでみんなに続いた。


初日は村人の手が入っていそうな場所を少し超えた辺りで野営にする。

いつものように調理班と設営班に分かれてそれぞれの作業をし、簡単なパスタが出来上がったところで食事となった。

「明日はどのくらい進むの?」

「まだわからないけど、おそらく淀みがあるとすれば奥の方になるだろうから、3日は進むことになると思うわ」

「そっか…。じゃぁ、進む方向にも寄るけど、場合によってはいったん森から出ることも考えた方が良さそうだね」

「ええ。今回は長丁場になるでしょうから、無理は禁物ね」

「うん。ユナの言う通り、淀みのある場所次第だけど、それも頭に入れておきましょう」

と何となく明日からの行動予定を立てつつ手早く食事を済ませる。

そして、食後のお茶を飲むとその日は早めに体を休めた。


予想通り2日ほど進んだ所で、淀みを見つける。

「この辺りよ」

と言いながら私が地図を指さすと、ユナが、

「じゃぁ、今回はそのまま次の村を目指せそうね」

と言って、何となくの道筋を示した。

「そうね。おそらく明日は勝負になるわ。気を引き締めていきましょう」

と言ってみんなの顔を見る。

みんなの顔に油断はない。

「「「了解」」」

と引き締まった声で返事が返ってくると、私たちはさらに森の奥を目指して進んで行った。


野営を挟んで翌朝。

夜明けとともに行動を開始する。

地図を見ると、この先にやや開けた草原があるはずだ。

おそらく淀みの中心はそこ。

私たちはまっすぐそこを目指して進んでいった。


しばらく進んで、魔素の流れを読むついでに小休止を取る。

行動食をお腹に入れながら、念のために陣形を確認した。

「何が出てくるかわからないけど、いつも通りで大丈夫?」

と聞くベルに、

「ええ。基本はそれで行きましょう。今回は草原だから、アイカとベルが前衛で私が念のためにユナの護衛に付くわ。状況によっては私も飛び出すけど、ユナ、大丈夫?」

と言って、ユナに視線を向ける。

「ええ。もちろん」

というユナに続いてアイカも、

「任せて」

と答えてくれたのにうなずいて、私たちは一気にその草原に足を踏み入れた。


草原の中心付近に近づき、そろそろ浄化をしようかという頃。

私たちの周りで気配が動く。

みんなの表情が一瞬にしてさらに引き締まった。

(ここまで近寄られても気が付かなかった…。猫かしら…)

と思いながら慎重に辺りを観察する。

(何匹かいるわね)

と思いながら注意深く見ていると、そこにいたのは地面に伏せて、じっとこちらを狙っているライオンの魔物だった。

(…オスもいる!?普通のライオンのオスは狩りに参加しないって聞いたことがあるけど…。やっぱり魔物って謎だらけの存在よね…)

と若干呑気に観察しながらも、油断なく構えてユナを守れる位置につく。

ふと、アイカと目があった。

お互いにうなずき合う。

そして、

「行くよ!」

という掛け声とともに、アイカとベルが飛び出して行った。

その方向とは逆の方にユナが矢を放つ。

「ギャンッ!」

と声がして、1匹倒れた。

その声に反応したのか周りにいた数匹が私たちから距離を取る。

その隙を突いて、ユナがまた矢を放った。

また、

「ギャンッ!」

という声が上がる。

その声で私たちの周りにいた個体が私たちから離れた。

どうやらアイカとベルの方に狙いを変えたらしい。

私は一瞬追いかけようかと思ったが、いったん冷静にアイカとベルの状況を見てみた。

飛び掛かってくるライオンの魔物をアイカが盾でいなしメイスで確実に仕留めている。

どうやらベルは背中を守りつつ、アイカに打撃をくらわされて倒れた個体にトドメを刺しているだけのようだ。

(加勢に行くまでも無いわね)

と思いながら、私はユナの護衛に専念した。

やがて、ユナの放った矢がアイカに飛び掛かろうとしていた個体を仕留め、私たちの周りから気配が消える。

それでも油断なく辺りを見回し、私たちはようやくほっと息を吐いた。


「剥ぎ取りにしましょう」

と言って、それぞれが魔石を取る作業に移る。

集まった魔石は全部で8つ。

一番大きな魔石が取れたオスの亡骸を見てみると、体長はゆうに2メートルを超えていた。

(この個体の突進を受け止めたのね…)

と改めてアイカの防御能力の高さに感心する。

そんな私の気持ちに気が付いたのか、アイカがちょっとしたドヤ顔を私に向けてきた。


私はそんなアイカに苦笑いを返しつつ、

「お洗濯しちゃうわね」

と言って浄化を始める。

集中して奥深くまで広がった淀みを丹念に解きほぐしていくと、辺りの空気が一気に澄んだものに変わった。


浄化が終わり、

「お疲れ」

と声を掛けてくるアイカとハイタッチを交わす。

続けてみんなともハイタッチを交わすと、

「さぁ、浄化も済んだことだし、さっさと移動しましょうか」

と声を掛けて、私たちは次の村を目指してその草原を後にした。


それから歩くこと3日。

昼過ぎには次の村に到着し、村長宅を訪ねる。

馬たちは無事に到着していたようで、厩に会いに行くと、さっそくエリーがいつも以上に甘えてきた。

そんなエリーにたっぷりのニンジンをあげて甘やかすと、その様子を側で微笑ましく見ていた村長に最近の村の様子を聞いてみた。

こちらでも目立った異常は無いらしい。

魔物の目撃例もここ最近は無く、平和なものだということだ。

「それはなによりです。今回はただの確認ですから、心配ないですよ」

と若干の嘘を交えて村長を安心させる。

そうやって私はさっそく浄化の魔導石がある祠へと案内してもらった。


案の定、浄化の魔導石に異常は無かったが、それでも甘い点が無いか丁寧に探り調整を行う。

そして、村長に何の異常も無かったと報告すると、私たちは久しぶりのお風呂を使わせてもらった。

温かい食事と整えられベッドのありがたみを改めて感じた翌朝。

さっそくまた森へと入っていく。

「いやぁ、昨日の晩ご飯の水炊きは絶品だったね」

とご機嫌のアイカを先頭に私たちは軽快な足取りで森の中を進んでいった。


最初は林業用に整えられた道を進み、次の日からは本格的な森歩きになる。

「さて。ここからね」

という私の言葉にみんながうなずき、私たちの次の冒険が始まった。

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