第122話 冬の日常

王都に寄るという突発的な出来事はあったがなんとか無事、チト村に辿り着く。

いつものようにジミーに一声かけて、私たちは村の門をくぐった。

村はすっかり白く染まっている。

(結局大冒険になっちゃったなぁ)

と思いながらみんなと別れてアンナさんの家の裏庭に回ると、すぐに勝手口の戸が開いて、

「ジルお姉ちゃん!」

という叫び声にも似た大きな声を出しながらユリカちゃんが飛びついてきた。


いつもと違ってユリカちゃんは、

「うぅ…」

と抑えたような声を出して私の胸に顔を埋めている。

おそらく泣いているのだろう。

私はそんなユリカちゃんのいつもと違う行動に胸をえぐられるような痛みを感じながらも、

「ただいま。遅くなってごめんね」

と言って優しくその頭を撫でてあげた。

ややあって、

「うん…。おかえりなさい…」

とやっと落ち着いたユリカちゃんが涙を拭きながら出迎えの挨拶をしてくれる。

するとアンナさんもやって来て、

「うふふ。よかったわね」

と言って私と一緒にユリカちゃんの頭を撫でてあげた。

またユリカちゃんが私にぎゅっと抱き着いてくる。

そんな様子をみた私とアンナさんは苦笑いを浮かべ、

「うふふ。おかえりなさい」

「うん。ただいま」

と、私たちはやっと挨拶を交わした。


ユリカちゃんと荷物を抱えてリビングに入る。

残りの荷物はアンナさんに任せた。

ずいぶんと落ち着いたユリカちゃんをたっぷりと甘えさせてあげながらゆっくりとお茶を飲む。

そして、その日は温かいクリームシチューを食べ、ユリカちゃんと一緒に布団に入った。


翌日。

いつものようにユリカちゃんを見送って稽古に出向く。

すると、みんなすでに来ていて、ベルとジミーは手合わせをしていた。

(みんなやる気ね…)

と思いながら、私も体をほぐす。

いつも通り気を練って型を繰り返し、それを徐々に気合のこもったものにしていくと、ようやく私の体が温まってきた。

次に、魔力の循環を試す。

持ってきた訓練用ではない、いつもの薙刀を持ち自分と薙刀との間を聖魔法が循環するよう、聖魔法を発動し続けた。

どのくらい経っただろうか、ずいぶんと上がった息を整えながら目を開けると、みんながぽかんとこちらを見ていた。

「どうしたの?」

と聞くと、アイカが苦笑いで、

「そろそろお昼だよ」

と言う。

私は、

(え?そんなに時間が経ってたの?)

と自分で自分に驚きながら、気が付けばキュルキュルと鳴っているお腹の音を確認して、みんなと一緒にいったん帰路に就いた。


午後。

今度は私がジミーと手合わせをする。

相変わらず手こずったが、なんとか5本のうち1本だけは取る事が出来た。

そんな自分のちょっとした成長を喜びつつ、また、聖魔法の稽古をする。

今度は軽く瞑想をして、あまり疲れすぎないよう、気を付けて行った。


夕方。

今日も村の子供達に光るお姉さんとしての存在を十分に示し、家に戻る。

家に戻るとすでにユリカちゃんは遊びから帰って来ていた。

「おかえり、ジルお姉ちゃん」

と言って出迎えてくれたユリカちゃんに、

「ただいま」

と言って一緒におやつのナッツをつまむ。

そこへココもやって来てみんな一緒にポリポリとナッツをかじった。

のんびりとした時が流れる。

やがて、アンナさんから、

「先にお風呂に入ってきてね。ご飯は今から準備するから」

という声がかかって、ユリカちゃんと一緒にお風呂に向かった。

お風呂から上がり、身も心もほっこりとして、またユリカちゃんとのんびりとした時間を過ごす。

そして、そうこうしているうちに台所から良い匂いがしてきた。


「ご飯ですよ」

というアンナさんの声がして、みんなで食器を並べる。

どうやら今日のご飯はお鍋らしい。

「イノシシ肉の良いのが入ったから、今日は牡丹鍋にしてみたのよ」

と嬉しそうに言うアンナさんも席に座るとさっそく楽しい夕食が始まった。


「私、聖女のやつじゃなかったんだ…」

とユリカちゃんが残念そうにつぶやく。

どうやら私が留守の間に教会から魔力を判定する人たちが来ていたらしい。

私が、そんなユリカちゃんにどういったものかと思っていると、

「聖女になれなくても自分にできることを一生懸命すればいいのよ。一生懸命お勉強して、たくさん遊んで元気に育ってくれればそれが一番だからね」

とアンナさんがユリカちゃんに言葉を掛けた。

ユリカちゃんはまだちょっと悔しそうな顔をしつつも、

「うん…」

と答えて牡丹鍋を口に運ぶ。

私はそんなユリカちゃんに、

「ユリカちゃんは聖女になりたいの?」

と聞く。

すると、ユリカちゃんは少し考えて、

「私、ジルお姉ちゃんみたいにみんなのためになる人になりたいの」

と答えてくれた。


「そっかぁ…」

と言いつつ、少し考えてユリカちゃんに、

「どんなお仕事も全部誰かの役に立つお仕事なのよ。『駐在さん』のお仕事もアンナさんのお仕事もみんなの役に立っているでしょ?だから、ユリカちゃんも本当にやりたいと思う事をやればいいの。きっとそれが誰かの役に立つわ」

と言葉を掛ける。

そんな言葉を聞いてユリカちゃんは、

「そっか。そうだよね!…うーん。じゃぁ私、お医者さんになる。そしてジルお姉ちゃんみたいに村の人達にたくさんお薬を作ってあげるの!」

と嬉しそうにそう言ってくれた。


その純粋な言葉に胸を打たれる。

私は、微笑みながら、

「そっか。ユリカちゃんは優しいからきっと私よりもっといいお医者さんになれるわよ」

と言って、ユリカちゃんの頭を優しく撫でてあげた。

「うん!」

と元気に返事をして、また牡丹鍋を食べるユリカちゃんをアンナさんと一緒に微笑ましく眺め、私たちも幸せな気持ちで牡丹鍋を食べる。

ユリカちゃんが将来どんな道へ進むのかはまだわからない。

しかし、この子ならきっと大丈夫だろう。

そう直感した。

そして、同時に、

(…ユリカちゃんみたいな子供たちが安心して暮らせるような世界にするのは私たち大人の役目よね)

と思い決意を新たにする。

私は、

(私は私にできることを一生懸命やらなくっちゃ)

と自分に言い聞かせると、ちょっと大ぶりなイノシシ肉を口いっぱいに頬張った。


ご飯の後、みんなでお茶を飲み、ユリカちゃんの目がとろんとしてきたところで、寝る支度に入る。

歯を磨き、軽く髪を梳かしてあげて、ベッドに入るとユリカちゃんはすぐに眠ってしまった。

そんなユリカちゃんを横目に見ながら、なんとも言えない幸せな気持ちに浸る。

むにゃむにゃと何やら寝言のようなことをつぶやくユリカちゃんの頭をそっと撫で、私はぼんやりと今日のことを振り返りながら、これからのこと考えた。


今日という一日が終わる。

明日は、もしかしたらユリカちゃんが風邪をひくかもしれないし、転んで膝を擦りむくかもしれない。

もちろん、そんなことにはなって欲しくない。

しかし、明日のことはわからないからこそ、今日という日が大事なんだ。

大きな幸せというものは日々の小さな幸せの積み重ねの上にしか成り立たない。

私は今日という一日を振り返ってそんなことを感じた。


私の仕事もそうだ。

小さな魔素の淀みを解消し、小さな村の小さな喜びを生み出す。

それが、私に課せられた使命。

地味でキツイ仕事。

はぐれ聖女と揶揄される仕事。

それでもこの世界にとって必要不可欠な仕事。

それが今私のやっている仕事だ。

しかし、そうやって小さな結果をコツコツと積み重ねることでしか、未来は作れない。

私はこの間の冒険でそのことを痛感した。

今の仕事はもはや私にとって日常になっている。

私は今回の冒険で大きな見落としをした。

おそらく歴代の聖女たちも長い年月の間に、そういう見落としを重ねてきたから、今のこの状況を招いているのだろう。

この世界の未来を作るも壊すも私たち聖女次第だ。

そのことを私も含めて聖女は理解しなければならない。

民のために働いてこそ聖女。

聖女学校で最初に習った言葉を思い出す。

そして、私は、

(お姉ちゃん、頑張るからね)

と、私の横でスヤスヤと眠るユリカちゃんに心の中でそっと声を掛けた。

静かに目を閉じる。

(明日もどうか幸せな一日でありますように…)

私は最後にそう念じて、今日という一日に幕を下ろした。

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