第121話 新たな壁03
ニルスの町に着き、すぐにギルドへ報告を上げる。
ミノタウロスという言葉を聞いて、受付の女性はぽかんとしていたが、私たちが差し出した魔石を鑑定してやっと事態が飲み込めたのか、その後は大騒ぎとなった。
私たちはそんなギルドを出てとりあえず宿を取る。
そこで話し合った結果。
チト村よりも先にまず王都で武器の整備をすることにした。
ユナは大丈夫だろうが、アイカの盾は整備が必要だろう。
ベルの剣も研ぎ直しが必要だろうし、もしかしたら私の薙刀も何か異常があるかもしれない。
そう思って、私たちは翌日、進路を真東にとった。
ニルスの町から王都までは10日ほどの旅になる。
私は出発前に、チト村にいるアンナさんに少し帰還が遅れるが心配無いという手紙と、教会長さんに簡単な事情の説明と面会を申し込む手紙を出しておいた。
急ぎの旅は順調に進み9日目の夕方。
少し早めに王都に着く。
手紙は早便で出しておいたから、もう着いていることだろう。
そう思いつつ、いつものように安宿に入った。
まずは銭湯でゆっくりと旅の疲れを癒す。
酒場で一杯とも思ったが、その日は一応体をゆっくり休めた方がいいだろうと思って、定食屋で適当にご飯を済ませた。
翌日。
バルドさんに武器を預け、
「早ぇな…まぁ、いい。見たところ、剣は研げばいい。あと、盾はちょいとへこみを直す。明日来い」
という返事をもらい、さっそく教会長さんを訪ねる。
案の定、手紙は届いていたらしく、すぐにいつもの執務室へと案内された。
「お手紙読みましたよ」
と、さっそく話を切り出してくる教会長さんに、
「ありがとうございます。事は重大です」
と言うと、教会長さんは大きくうなずき、
「村に直接の被害が無いにも関わらず…、となると、厄介ね」
と言って、顎に手を当てる。
そんな教会長さんを見て、
「全ての浄化の魔導石について緊急に点検を行う必要があると思います。そのうえで異常があったものが設置されていた付近の森には必ず冒険者が調査に入る、というのが妥当かと」
と進言するが、教会長さんはやはり悲しげに首を横に振った。
「言いたいことはわかるわ。でも、それには時間も予算も人手も足りない…。体制を整えるだけで、どんなに早くとも5年はかかるでしょう」
と言う教会長さんに、
「では?」
と詰め寄る。
そんな私に教会長さんは、困ったような笑顔を浮かべると、
「辺境に近い所を中心に浄化の魔導石の検査を進めていきましょう。その情報は村やギルドと共有する…。現時点ではそれが精一杯ね」
と優しく諭すような声色で私にそう言ってきた。
「しかし…っ」
と言いかけて言葉を呑む。
きっと教会長さんだって同じ気持ちだ。
だが、立場上現実を見なければならないということなのだろう。
そのことはわかるが、どうにも釈然としない。
私はそんなジレンマを抱えて暗澹たる気持ちになった。
そこで、後ろから、アイカが、
「しばらくの間は私たちに頑張れってことだ…ですね」
とその会話に入って来る。
私がその声に驚いて振り向くと、
「仕方ないんじゃない?」
とユナが肩をすくめながら苦笑いを浮かべ、ベルも同じような表情でコクリとうなずいてくれた。
そんなみんなの言葉や表情に思わず胸が熱くなる。
(いい仲間に出会えた…)
そのことだけが私の胸に広がっていった。
「みなさん。ありがとう」
と言って教会長さんが頭を下げる。
「い、いえ、とんでもってやつです」
「ええ。こちらこそ恐縮ですわ」
「…今更といえば今更です」
とアイカ、ユナ、ベルが、それぞれに少し慌てたような感じで、教会長さんに頭を上げてくれるよう伝える。
すると、教会長さんはいつものように柔らかく笑って、
「こちらも『大人』の仕事を頑張るわ。一緒に頑張りましょう」
と言ってくれた。
「「「「はい!」」」」
と全員の声がそろう。
私たちと教会長さんはそこで握手を交わすと、来た時よりは晴れやかな気持ちで教会本部を後にした。
教会本部を出たところで私は、
「ねぇ。ちょっとした用事を済ませてきたいの。先に宿に戻っててくれる?昼までには戻るわ」
と告げて、王宮の方へ足を向ける。
目的はリリエラ様に浄化石を届けること。
浄化石はここまで来る途中、狼の魔石を使い、昔のことを思い出しながら、簡単に作っておいた。
いつもの門まで急ぎ足で向かう。
そして、そこにいた顔見知りの衛兵さんに、
「これをエリオット殿下に。リリエラ様には今回は時間が無いのでお会いすることはできませんが、近いうちに必ず、とお伝えください」
と言って浄化石を渡すと、私は少し後ろ髪を引かれるような思いでその小さな門を後にした。
「ごめん、待たせた?」
と、宿の1階でくつろいでいたみんなに声を掛ける。
「いえ。意外と早かったのね」
というベルに、
「ええ。ちょっとしたお土産を渡すだけだったから」
というと、
「ああ、例の浄化石ね」
と、なんとなく事情を察してくれた。
「さて。お昼だね。どうする?」
とアイカがいつもの明るい声を掛けてきたのをきっかけに宿を出る。
そして、私たちは、大衆向けのレストランに入り、ユナ熱望のオムライスをたっぷり堪能すると、冒険道具なんかを見に、王都の町の散策に出掛けた。
よく切れそうなナイフや少し大き目のスキレット、新しいコンロなんかを買い、宿に戻る。
そして、少しゆっくりしたあと、いい時間になったのを見計らって私たちは銭湯に向かった。
その日も、適当に王都の路地を散策し、たまたま見つけた居酒屋に入る。
選んだ店は大衆居酒屋のような雰囲気で、ラフィーナ王国風の料理も出すらしいという所に惹かれた。
「あ。ワカサギのフライがあるわ。美味しそうね」
「ええ。こっちのじゃこが乗ったピザも良さそうだわ」
「いいね。あ、こっちのおろしハンバーグも捨てがたいよ」
「私はこっちの野菜の煮物かしら。ああ、でも少しお腹にたまる物も欲しいから、この醤油味のから揚げも頼みましょう」
という会話をして適当に注文するものを決める。
そして、
「とりあえずビールね」
と言ったあと、ビールを持ってきてくれた店員にサラダとみんなの希望の品を伝えてとりあえずの注文を終えた。
やがて料理が来て、みんなでつまみながら、今回の冒険の話をする。
「ねぇ、ジル。あのミノタウロスってさ。元気なオークとどっちがヤバそうだった?」
と聞いてくるアイカに、
「どっこいどっこいってところかしら…。でも硬さは段違いね」
と答えると、アイカが、
「マジかぁ…」
と半分は予想通りといった表情で驚きとも諦めともつかないような言葉をつぶやいた。
「ってことは、もっと魔法を絞って的確に当てる練習が必要ね」
というユナに、ベルがうなずき、
「私も一撃の鋭さを磨かないと…。まだあの武器の性能を十分に引き出せていないような気がするのよね…」
とうつむき加減にそう言った。
やはり、あの戦闘のあと感じたことをみんなそれぞれに自分の目の前に立ちはだかる壁だととらえているようだ。
私も、やはりあの時と同じような壁を感じている。
ただ、私の場合はもう一つ。
あの聖魔法を乗せた一撃だ。
あれはミノタウロスにも効果があった。
これからの戦いでも必要になってくるだろう。
しかし、これから先、もっと広い範囲の浄化を行ったあと、あの一撃を放てるか。
私の魔力が持つか、という点については、大いに疑問が残っている。
私はそんなことを感じ、
(浄化の後も多少魔力に余裕がある状態にしておかないと…。ということは、ますます、あの瞑想みたいな訓練が必要になってくるわね)
と心の中で考えながら、ゆっくりとビールを飲んだ。
王都の夜がしんみりと更けていく。
私たちは、とりあえず自分の無力を感じつつも何とかそれを振り切って前を向こうというような心持で、静かにその日の晩酌を終えた。
翌日。
朝食の後、少し時間を潰して、さっそくバルドさんの店に行く。
「できてる?」
と店の奥に声を掛けると、
「おう」
という声が返ってきた。
店の奥からベルの剣とアイカの盾を持ってきてくれたバルドさんに、
「相変わらず仕事が早いわね」
というと、バルドさんはいつものように、
「けっ!俺を誰だと思ってんだ?」
という悪態を吐く。
そんなバルドさんに苦笑いしつつ、
「これでも感謝してるのよ」
と返すと、
「へっ。せいぜい感謝しな」
と、ほんの少し、照れを含んだ悪態が返ってきた。
バルドさんにもう一度礼を言い、店を出る。
その日は適当な屋台で昼食のサンドイッチを買うとそのまま王都を発った。
時折小休止を挟みながら、やや急ぎ足で大きな街道を抜ける。
そして、いつもの裏街道に入った辺りで、その日は野営をすることにした。
自分の見張りの時間。
ぼんやりと焚火の炎を見つめながら、これからのことについて考える。
教会長さんは大人の事情というやつの方面で頑張ってくれると約束してくれた。
私たちも、自分たちに出来ることを頑張るしかないだろう。
これから数年の間は大変になるかもしれない。
しかし、希望はある。
そんなことをぼんやりと考えた。
ふと空を見上げる。
南から動かない星は今日も相変わらず動かず南の空にある。
その星を見て、私は、その星から、
いるべき場所にいて、やるべきことをやれ。
と言われたような気がした。
「ふっ」
と一人微笑んで、また焚火に視線を戻す。
パチパチと小さく音を立てる焚火の炎を見ながら、ゆっくりとお茶を飲んだ。
(そうよね。やるべきことをやるしかないんだもの…)
そう、もう一度自分に言い聞かせると妙に心が落ち着いてくる。
私は、
(これが覚悟を決めるってやつなのかな?)
と思って苦笑いを浮かべた。
もう一度空を見上げる。
やはりそこには動かない星が一番明るく輝いていた。
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