第107話 再び「烈火」と04

やがて順調に帰路は進み、無事、ワッチ村に到着する。

宿の手配をみんなに任せると、私はさっそく村長に依頼達成の報告に行った。


「おお…。ありがとうございます!」

と今にも涙を流さんばかりに喜んでくれる村長の顔を見ていると、なんとも言えない達成感が湧いてくる。

当面の間、この村は大丈夫だろう。

そう思うと、心の底から安堵した。


みんなの分の報酬を受け取り、宿に戻る。

ひとり部屋に入って荷物を降ろすとまずは風呂に向かった。

「あ。ジルお疲れ。お先にもらったよ」

というアイカやみんなと入れ違いになり、

「先に初めておいて、すぐにいくわ」

と声を掛ける。

テキパキと服を脱ぎ、洗い場に向かうと、さっと冒険の汗を流した。


「ふいー…」

といつもの通りの声を漏らしながら湯船に浸かる。

何もない風呂場の天井を見上げながら、

「…いい冒険だったなぁ…」

と独り言をつぶやいた。


私の目の前で戦っていた「烈火」の姿を思い出す。

私もみんなも、今回の「烈火」の戦いぶりからは学ぶものが多かったはずだ。

アインさんの剣、サーシャさんの魔法、そして、一応ガンツのおっさんの盾。

それぞれが一流のものであることは間違いない。

私たちの目の前で繰り広げられたあの戦いは、私にまた強烈な印象を植え付けた。

(…まだまだだなぁ)

と心の中でつぶやく。

ここ最近の冒険や稽古でずいぶんと強くなったと思っていた。

いや、確かに私たちは強くなったと思う。

しかし、今回の冒険で、私たちはまだまだ先があることを目の当たりにした。

悔しい気持ちもある。

しかし、これで良かったのだという思いの方が強い。

いい道標が出来たという表現が正しいのかはわからないが、今回「烈火」の圧倒的な戦力を目の当たりにしたことで、私たちはこれからも変な驕りを捨てることができた。

私たちはこれからもこの道を進んで行けばいい。

おそらく、みんなそう思っているはずだ。

少なくとも私はそう確信している。

(…いい冒険になったわね)

と、また先ほどと同じようなことを今度は心の中でつぶやいた。


少し気合を入れるようにパシャンと顔にお湯をかけて、風呂から上がる。

私は、

「さて、打ち上げね」

とウキウキした気持ちで浴場を出ると、さっさと身支度を整えるためにいったん部屋へ戻った。


部屋に戻ると身支度を手早くすませ、すぐ、食堂へ降りる。

食堂に着くと、すでにみんな来ていた。

「ごめん。待たせたわね」

と言って席に着く。

「おう!姉ちゃん、ビールだ!飯もじゃんじゃん持ってきてくれ!」

とガンツのおっさんがやたらと大きな声で給仕係のお姉さんに声を掛けた。

「はーい」

という気安い返事が返ってくる。

しばらくすると、

「お待たせしましたー」

という声とともに7杯のビールが運ばれてきた。


(え!?お姉さん、今片手で持ってきた!?)

と、ややふっくらしてのんびりした感じの給仕係のお姉さんのスゴ技に密かに驚きつつ、ビールを受け取ると、さっそくガンツのおっさんが、

「乾杯!」

と声をかける。

私たちはやや慌てつつもその声に、

「乾杯!」

と返しジョッキを掲げると、楽しい打ち上げが始まった。


打ち上げは楽しく進み、料理もどんどんやって来る。

申し訳程度のサラダに続き、宿の名物だという大ぶりのシューマイに野菜たっぷりのオムレツ、揚げ芋がたっぷり添えられたステーキに極めつけは1羽丸ごとのローストチキン。

「〆はチャーハンにしといたぜ」

というガンツのおっさんの言葉にアイカ以外の私たちはなんとも言えない表情で苦笑いを浮かべてしまった。


「お。なかなかいい食いっぷりじゃねぇか」

「あはは。ガンツのおっさんほどじゃないよ」

「だから、おっさんは止めろつってんだろ」

「あはは。気にしない、気にしない」

と会話をしながらアイカとガンツのおっさんがすっかり打ち解けて、2人で競うように料理を口に運んでいる。

その様子をアインさんとサーシャさんは微笑ましい顔で眺めていた。

しかし、2人とも落ち着いているように見えて、私たちからすればすごい勢いで料理とお酒を減らしている。

「肉は足りてるか?遠慮はいらんぞ?」

とアインさんが少しだけ心配そうな顔でこちらに声を掛けてきた。

どうやら私たちがまだ遠慮していると思っているらしい。

私はそんなちょっと的外れな心配をしてくるアインさんに苦笑いを浮かべ、

「ええ。大丈夫よ」

と答える。

すると、ベルが、

「負けてられないわね」

と言い、とりあえず目の前にあったステーキにかぶりついた。

そんなベルの様子に少し驚きつつ、私も、

「そうね」

と言って、目の前にあったシューマイを口に放り込む。

「あらあら」

とユナが笑いながら、オムレツを口に運んだ。


やがて、〆のチャーハンを何とかお腹に突っ込んで打ち上げが終わる。

私は、満腹過ぎるほどのお腹を抱えて部屋に戻った。

少しふわふわとした心持ちでなんとか寝る支度を整えベッドに転がる。

(やっぱりあの3人はすごいわね…)

と、実力もさることながら、あの食べっぷり、飲みっぷりを思い出し、微笑みながらそう思った。


翌朝。

ニルスの町へ向かう道の途中で「烈火」の3人と別れる。

ギルドへの報告は「烈火」の3人に任せた。

いつものように裏街道へ入る。

のんびりとした道を進んでいると、アイカが、

「…すごかったね」

とつぶやいた。

「ええ。ちょっと圧倒されちゃったわ」

とユナが苦笑いを浮かべながらそれに続く。

ベルは短く、

「ええ」

と答えつつも、表情をやや引き締めた。

私は、

「上には上って感じね」

と率直な感想を述べる。

すると、ベルが、

「ええ。でもいい目標ができたわ」

と引き締まった表情ながらも、どこか嬉しそうにそう答えた。

「そうね」

とユナが微笑む。

アイカも、

「食べっぷりだけだったら負けなかったんだけどなぁ」

と少し冗談めかしつつ答えて、苦笑いを浮かべた。


昨日、私がお風呂につかりながら思ったように、みんなそれぞれ何かしらのものを感じたようだ。

(…いい冒険だったわ)

と改めて思う。

私たちはそれぞれに今回の冒険のことを噛みしめながら、チト村へと続く道を真っすぐに進んで行った。


7日後。

無事、チト村の門に辿り着く。

詰所の奥に向かって、

「ただいま。何も無かった?」

と声を掛けると、ジミーが出て来て、

「ああ。平和なもんさ」

といつものようにのんびりと答えてくれた。

「ちゃんと仕事してたんでしょうね?」

と冗談めかして聞くと、

「ああ。野菜の収穫で使う竹籠の修繕が忙しかったな」

と冗談だか本気だかわからない答えが返って来る。

そんな相変わらずの答えに、

「まったく…」

と苦笑いを浮かべて、私たちは門をくぐって行った。


アンナさんの家に着くと、そこでみんなと別れる。

私はいつものように裏庭に回り、

「ただいま!」

と勝手口から声をかけた。

すると、奥からパタパタという足音が聞こえて、

「おかえり、ジルお姉ちゃん!」

と言ってユリカちゃんが飛びついてくる。

私はそんなユリカちゃんを抱き上げて、もう一度、

「ただいま」

と言って微笑んだ。

ユリカちゃんももう一度、

「おかえりなさい」

と言ってくすぐったそうに微笑む。

「おかえりなさい」

と続いてアンナさんが微笑みながら奥から出てきてそう声を掛けてくれた。

「ただいま」

と微笑みで返す。

「今日はシチューだね」

と私の胸の中でユリカちゃんが嬉しそうにそう言った。

「ふふっ。そうね。クリームシチューの日よね」

と私も微笑み返す。

「あらあら。うふふ」

とアンナさんも笑った。


いつもの光景に心がほぐれる。

のんびりとしたチト村の空気が私を包み込み、じんわりとした温かさが胸の奥から湧いてきた。

私はふと思い立って、

「ねぇ、明日みんなといっしょにまたバーベキューしよっか?」

と、ユリカちゃんに問いかけてみる。

するとユリカちゃんは一気に目を輝かせて、

「やったー!」

と叫び、私の胸にぎゅっと抱き着いてきた。


夏の日差しに照らされた小さな裏庭に笑顔が広がる。

(帰ってきたんだな…)

と私は改めて実感した。

「さぁ、疲れたでしょ?まずは荷物を運んじゃいましょう」

というアンナさんの言葉でいったんユリカちゃんを地面に降ろしみんなで荷物を運び入れる。

勝手口をくぐると、途端に懐かしい香りが私を包み込んだ。

(ただいま…)

と心の中でつぶやく。

私はそのどこか懐かしい匂いに包まれて、今回も楽しい冒険が無事終わったことを改めて実感した。

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