第106話 再び「烈火」と03

翌朝。

さっそく森へ向けて出発する。

森に入ると、

「今日は行ける所まで進んでしまおう。ジル、明日からは頼んだぞ」

というアインさんの言葉を受け、ガンツのおっさんを先頭にやや足早に進んでいった。

小休止を挟みながら進み、夕方。

適当な場所を見つけて野営の準備に取り掛かる。

そろそろ日が沈もうかという時間。

私とユナは急いで夕食の支度をし、簡単なスープを作ってみんなに振舞った。


「お。意外とやるじゃねぇか」

というガンツのおっさんに、

「意外とってなによ」

と言ってジト目を向ける。

そんな視線を受けて、

「…ちっ」

と舌打ちをするガンツのおっさんの横からサーシャさんが、

「ふふ。これでも褒めたつもりなのよ?」

と苦笑いで注釈を入れてくれた。


「な、おい…」

とガンツのおっさんは抗議するが、やや照れているように見える。

私は、

(いい歳したおっさんのツンデレって…)

と苦笑いしながら、

「そうだったのね。失礼したわ」

と一応その誉め言葉らしいものを受け取ってあげた。


無事に食事が終わり、

「頼んでいいか?」

というアインさんの言葉にうなずいて、いつものように魔素の流れを読む。

すると、遠くの方にやや引っ掛かりを覚えた。

「あっちね」

と方角を示すと、アインさんがうなずいて、

「ああ、目撃のあった地点の方だ」

と地図を見ながらそう言った。

「なるほど、距離は?」

「1日とちょっとってところだな…。急げば1日で着く距離だが、無理はせん方がいいだろう」

「そうね。その辺の判断は任せるわ」

「ああ。任せろ」

という簡単な会話を交わして明日の予定を何となく決める。

その後、交代で見張りに立ちながらゆっくりと体を休めた。


翌朝。

またガンツのおっさんを先頭に森の中を進む。

ああ見えて細かい異変に気が付くのが上手いらしい。

(人は見かけによらないものね…)

と若干失礼なことを思いつつ、その後をついていった。


しばらく進み昼頃。

また魔素の流れを読み、方向を確かめる。

やはり目撃のあった地点の方に引っ掛かりがあるらしいことを伝えると、また、迷いなく進んでいった。


やがて夕方、そろそろ日が沈み始めようかという所で、アインさんが、

「今日はこの辺までにしておこう」

と指示を出して、野営の準備に取り掛かる。

明日はいよいよ決戦だ。

そう思ってみんな簡単な食事で腹を満たすと、昨日よりも緊張した空気の中、交代で体を休めた。


そしていよいよ翌朝。

勝負の日。

まずは私が魔素の流れを読む。

「あっちよ。近いわ…」

と方向を示しながら私がそう言うと、アインさんは軽くうなずき、

「わかった。みんな。言うまでも無いが気を引き締めろ。ガンツも頼んだぞ」

と、全員に気を引き締めるよう指示を出した。

それぞれが了解の意を示して慎重に先へ進む。

そして昼頃。

明らかに周辺に重たい空気が漂い始めた。


徐々にはっきりとしてきた猿の魔物の痕跡を辿っていく。

途中、アインさんが、

「浄化で弱体化させられるって話だったな…」

と声を掛けてきた。

「ええ」

と短く答える。

その言葉にアインさんは軽くうなずき、

「ヤツらは数が多い上に、行動範囲が広い。下手に散らばられると厄介だ。まずは縄張りに踏み込んでいったんヤツらをおびき寄せよう。前衛はうちが持つ。だがけっこうな数、漏れるはずだ。そっちは任せる。ある程度集まったところで、サーシャが指示を出すから、ジル、その時は浄化を頼んだぞ」

と今回の作戦の指示を出した。

軽くうなずいて、了解の返事をする。

「よし。行くぞ」

というアインさんの声を合図に私たちは足を速めて、一気に猿の魔物の縄張りの中へと踏み込んで行った。


しばらく歩くと、周りの気配がざわつき始める。

「来るぞ!」

というガンツのおっさんの声が響き、アインさんとサーシャさんが構えを取った。

アイカが私を守る位置に陣取る。

ベルはユナの護衛に付いた。

「ギャーッ!」

とか、

「キーッ!」

とけたたましい鳴き声がして、人間よりも少し大きいくらいの猿がそこかしこから姿を現す。

まずはサーシャさんが魔法を放ち、ガンツのおっさんとアインさんがその群れに突っ込んで行った。

凄い勢いで猿の魔物が倒されていく。

私はその様子に一瞬見惚れてしまった。


(そんな場合じゃないでしょ!)

と自分に言い聞かせ、魔力を練り始める。

みんなは私の周りで構えを取り、集中力を高めているようだ。

「来るよ!」

というアイカの声にまずはユナが反応して弓を放った。


ベルがユナを守りながら動き、近寄って来る猿の魔物を蹴散らしていく。

アインさんはけっこうな数が漏れると言っていたが、それほどでもない。

私たちは落ち着いて猿の魔物の対応にあたった。

やがて、アイカが3匹目の猿の魔物の頭を打ち据えたところで、サーシャさんから、

「ジル、お願い!」

と声がかかる。

私は、

「了解!」

と答えて、薙刀を地面に突き刺すと、聖魔法を発動し、一気に周辺を浄化した。


広い範囲に青白い線が不規則に広がる。

(…くっ)

と、やはり意外と多く魔力を持って行かれるのに耐えつつ、私は地脈の隅々にまで魔法を行き渡らせるように、集中して魔力を流し続けた。

やがて、浄化が終わる。

「…はぁ、はぁ…」

と、やや肩で息をしながら、

「終わったわ!」

とサーシャさんに声を掛けた。


「了解!」

と言ってサーシャさんも前線へと飛び出して行く。

「大丈夫?」

とアイカが私をかばいながら声を掛けてくれた。

「大丈夫、戦える!」

と答えると、私はアイカの横をすり抜けて目の前に迫って来ていた猿の魔物を斬り倒す。

(…やっぱり、弱いわね)

とその手応えの無さから、確実にヤツらが弱体化しているのを感じつつ、アイカと一緒に猿の魔物を狩っていった。


やがて、私も何匹かの猿の魔物を倒し、私たちの周りから猿の魔物の気配が消える。

しばらくすると、「烈火」の3人も戻って来た。

「助かった。ずいぶん楽をさせてもらったよ」

とアインさんが言って右手を差し出してくる。

私はその手を握り返しながら、

「たいしたことはしてないわ」

と、笑顔で返した。


「けっこう汚れちまったし、さっそく洗濯してくれ」

と無神経なことを言って来るガンツのおっさんを軽くにらむ。

すると、サーシャさんがすかさずその頭を叩いて、

「ごめんなさいね」

と呆れたような、申し訳なさそうな苦笑いを浮かべて謝ってくれた。

「…ちっ」

と舌打ちをしたガンツのおっさんの頭に今度はアインさんのげんこつが落ちる。

「すまん。後で良く言って聞かせるから、今のは俺の顔に免じて許してやってくれ」

と、言ってアインさんは軽く頭を下げてきた。

「大丈夫よ。そろそろそのガサツっぷりにも慣れてきたころだから」

と苦笑いで返す。

私の言葉にムスっとして軽くにらんでくるガンツのおっさんに、サーシャさんが、

「ガンツ?」

と微笑みながら声を掛けた。

「ひっ…」

とガンツのおっさんが一瞬悲鳴のような声を上げて、顔を青ざめさせる。

私たちも、アインさんもその様子を見て、苦笑いを浮かべた。


やがて、小休止を挟みながら、各自剥ぎ取りの作業に入る。

猿の魔物からは魔石以外の素材は獲れない。

面倒な上に、儲けの少ない仕事だ。

それを引き受けているということは「烈火」というパーティーはただ単に目先の利益だけを考えるようなパーティーではないということなのだろう。

私はそのことをなんとなく嬉しく思いながら、みんなが剥ぎ取りを終わらせて集まって来たところで、「お洗濯」をした。


その日はその場から少し離れて野営にする。

一緒に戦ったからだろうか。

私たちの間にあった妙な緊張感はいつの間にかずいぶんと薄れていた。

簡単な食事の後、お茶を飲みながら、話をする。

アイカはあのガンツのおっさんのガサツさを気にしないらしく、ずいぶんと打ち解け、

「ねぇ、おっさん。あの防御魔法のコツ教えてよ」

「はぁ!?誰がおっさんだ!」

「えー?おっさんはおっさんじゃん」

「…まぁ、いい歳なのは認めるけどよ。せめてガンツさんって呼べ」

「うん。ガンツのおっさん」

「だからおっさんは余計だ!」

と楽しそうに会話をしている。

ユナとベルもそれぞれ、サーシャさんやアインさんにいろいろとコツやこれまでの経験なんかを質問しているようだ。

「烈火」の3人もその質問に快く答えてくれ、和やかに食後のお茶の時間が過ぎていった。

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