第108話 成長の兆し01

楽しいバーベキューから一夜明けて翌日。

朝から稽古をする毎日が始まる。

私はいつものように型で体を温めたあと、ベルやジミーと軽く手合わせをし、その後は聖魔法の循環を試すということを繰り返していた。

魔力を溜めて一気に放出するというやり方は何となくできるようになったが、まだまだ効率が悪いように感じる。

(もっと、こう、私の体の中で聖魔法が循環して、こう…、ドバっと溢れるんじゃなくて、連続して、流れ出てくるような感じになればいいんだけど…)

と思いながら、「瞑想」の稽古を繰り返した。

ちなみに、朝から青白い光が辺りを照らす光景はすっかり村人に受け入れられている。

午後も稽古をしていると、子供達が見物に来て、青白い光を放つ私をきゃっきゃと笑いながら見るのはちょっとした遊びの一環になっていた。


「ジル姉ちゃん、光るのもう一回やって」

と子供達にせがまれて苦笑いを浮かべる。

(なんだか妙なことになったわね…)

と思いながらも、ユリカちゃんや村の子供たちの求めに応じてその日も聖魔法の稽古を繰り返した。


そんな私と同様、アイカ、ユナ、ベルもそれぞれ課題に取り組む毎日を送っている。

まず初めにアイカが何やらコツをつかんだらしい。

「こう、なんていうのかな…。魔法が『ぐわー』って広がる感じがつかめたっぽい」

と言ってその感覚を説明してくれた。

ユナも、

「私もなんだか魔力がずいぶんと上がったような気がするわ。…でも制御はまだちょっと甘いわね」

と言っているからきっといい方向に進んでいるのだろう。

ベルに関しては、ジミーが、

「本当にうかうかしてられなくなっちまったな…」

とぼやいていたから、かなり上達しているようだ。

私はそんなみんなの成長を嬉しくも羨ましくも思いつつ、自分も、

(何かをつかまなくっちゃ)

と思って、稽古に打ち込む。

私たちはそんな充実した日々を送っていた。


そんな日が、1か月ほど続いただろうか。

チト村の夏はそろそろ終盤に差し掛かり始めている。

そんな穏やかな日の午後。

また、いつものように教会長さんから手紙が届いた。

さっそく中身を見てみる。

教会長さん曰く、今回の候補地を決めるのに少し手間取ってしまったらしい。

指示が少し遅くなって申し訳ないという軽い謝罪が書かれていた。


私は、

(そのおかげでたっぷり稽古できたから別にどうでもいいんだけどなぁ)

と思いつつ、場所が書かれた指示書の方を見る。

今回の目的地はラフィーナ王国の東側。

ここチト村からはずいぶんと離れた場所だ。

(あちゃー…)

と思いながら地図を開き、場所を確認していく。

今回巡る村は2か所のようだ。

私は、

(…行って帰ってくるだけで、50日くらいはかかりそうね…。冒険も入れたら2か月くらいかしら?)

と若干どんよりした気持ちになりつつも、さっそく地図と手紙を持ってみんなの家へと向かった。


「こりゃまた、遠いねぇ…」

とアイカが素直な感想を述べる。

私は苦笑いしつつ、

「まぁ、2か月ちょっとってところね」

と、おおよその日数を伝えた。

すると、

「じゃぁ、さっそく準備して出発しましょう。明日…は、さすがに早いから明後日でどう?」

とユナがやや前のめり気味に聞いてくる。

きっと、やっと決まった新しい冒険にウズウズしているんだろう。

ベルも、

「そうね。出来るだけ早い方がいいわ」

と言ってユナの意見に同意した。

「そうだね。秋祭りに間に合わなくなったら大変だもん」

と冗談めかしてアイカが言う。

私たちはそのいかにもアイカらしい言葉に笑ってしまい、

「じゃぁ、明後日。また門の前に集合ね」

と言うと、さっそくそれぞれ準備に取り掛かった。


翌日はユリカちゃんとたっぷり遊び、翌々日。

いつもの名残惜しさを胸にエリーに跨る。

私はエリーにゆっくりと前進の合図を出し、村の門へと向かった。

「おはよう、ジル!」

というアイカの元気な朝の挨拶に、こちらも笑顔で、

「おはよう」

と答える。

ユナやベルともにこやかに挨拶を交わし、ちょうど詰所の中から出てきたジミーに、

「頼んだわよ」

と声を掛けた。

「ああ。頼まれた」

と、のんびりと答えるジミーに、みんなで苦笑いを向ける。

そして、私たちはいつも通りの軽い足取りで村の門をくぐっていった。


久しぶりの旅に嬉しそうなエリーを、

「今回は長いんだから、最初っから飛ばしちゃだめよ」

と笑顔でなだめながら、裏街道を進む。

それでも、馬たちの足取りは軽い。

きっと私たちのワクワクとした気持ちがエリーたちにも伝わったんだろう。

みんなも、それぞれの馬をなだめるように撫であげていた。


旅は順調に進み14日目。

国境の宿場町ミリスフィアに到着する。

ここまで王都でも1日小休止を取ってのんびり進んできたが、ここミリスフィアの町でも補給と馬たちの休憩を兼ねて半日のんびりと過ごすことにした。


銭湯でゆっくりと湯船に浸かり、

「ふいー…」

と声を漏らす。

木の香りがする浴槽に浸かって全身の力を抜くと、ここまでの疲れが一気に抜けていくような気がした。

「あはは。ジルってば相変わらずだね」

とアイカが笑う。

「いいでしょ。気持ちいいんだから」

と私がちょっとふてくされたふりをして答えると、みんなが笑った。


その後、楽しくご飯を食べて、ゆっくりと宿で体を休める。

(あと、6日くらいかな…)

私は宿の狭いベッドにごろんと横になって、これからの行程のことをなんとなく思い描いた。

(今回の冒険はどんな感じになるのかしら…)

そう思うと、どこか胸がワクワクする。

きっと、このところの稽古でそれぞれが何かを掴み始めているのを目の当たりにしてきたからだろう。

そのことを思って私は、

(なんだかみんなにとっていいきっかけになりそうな気がするわ)

と思って今回の冒険に心の中で密かに期待を寄せていた。

しかし、同時に、

(私も何かつかめるかしら?)

と、不安というか、自分だけ置いて行かれるのではないだろうか?という変な焦りのような気持ちも湧いてくる。

私は、そんな不安定な気持ちを抱えた自分に、

(大丈夫。目の前のことに集中して全力を出しなさい。きっと大丈夫よ)

と励ましの声を掛け、

「ふぅ…」

と一つ深呼吸をすると、心がやや落ち着いたところで、ゆっくりと目を閉じた。


翌朝。

早くに宿を出て裏街道を進む。

半日ほどでラフィーナ王国領内へ入り、順調に進んでいると、段々と辺りの風景に田んぼが目立つようになってきた。

薄く色づいた稲穂の波が晩夏のそよ風に揺れている。

そんな風景を眺め、

「もう少ししたら収穫ね」

とベルが目を細めてそう言った。

「美味しいお米に育ってね!」

とアイカが冗談交じりに田んぼへ向かって声を掛ける。

「まぁ、アイカったら」

とユナが笑って、その笑顔が私たちに全員に広がった。

のんびりとした風景の中、私たちの旅もどこかのんびりとした気持ちで進んでいく。

そこにはなんの不安も無いように感じられた。


そこからもまた旅は順調に進む。

そして、チト村を出てから21日目。

ついに最初の目的地、フリエ村に到着した。


さっそく村の門をくぐり、村長宅へ向かう。

この辺りは地理的に東の辺境と言っても過言ではない地域だが、豊かな穀倉地帯だけあって、村も広い。

村の門をくぐってから村長宅に辿り着くまでに2時間近くかかってしまった。

「広いね…」

と苦笑いで言うアイカに私も苦笑いを返すと、私たちはさっそく村長へ挨拶に向かった。


「ようこそおいでくださった」

と歓迎してくれる村長にまずは今夜の宿をお願いし、村の話を聞く。

ここまで見てきた感じでは豊かな村に見えたが、実情は少し厳しかったようだ。

米の生育が悪いらしい。

一見豊かに実っているようだが、米の粒が小さかったり中には空っぽになってしまっているものもあるとのこと。

ここ数年、その比率は徐々に増えてきており、収穫量は最盛期の7割弱という所まで落ち込んでしまっているそうだ。

そんな話を聞いて胸を痛めつつ、私はさっそく浄化の魔導石が設置してある祠へと案内してもらった。


いつものように浄化の魔導石に軽く触れ、ゆっくりと魔力を流していく。

しかし、あまり反応が芳しくない。

(どういうこと?)

と思って丹念に探っていくと、魔素の流れの所々に、極々小さな淀みのようなものが感じられた。

(ちょっ…これ…)

と心の中で驚きの声を上げてしまう。

これまでのように流れが悪いとか流量が減っているという話ではない。

すでにその段階を通り越し詰まり始めているという事実に、驚きを感じながらも、私はさらに集中力を高め、急いでその淀みを解消するように浄化の魔導石を調整していった。


一通りの作業が終わり、

「ふぅ…」

とひと息ついて、額の汗を拭う。

丹念に仕事をしたせいでずいぶんと疲れてしまった。

「あの…」

と心配そうに声を掛けてくる村長の方を振り返ると、外はすでに暗闇に包まれていた。

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