第82話 冬休み05

翌日。

お昼を少し過ぎたところで、チト村の門が見えてくる。

私もエリーも晴々とした気分でその門に近づくと、まずは詰所の中にいるだろうジミーに向かって、

「帰ったわよ」

と声を掛けいったんエリーから降りた。

「おう」

と気の抜けた返事が返ってきたので、

「あんたにもお土産があるから取りに来なさい」

と声を掛ける。

するとややあって、

「お。なんだ?酒か?」

と言ってジミーが詰所の中から出てきた。

私は苦笑いで、

「違うわ。おもちゃよ」

と言って民芸品のおもちゃが入った麻袋をジミーに渡す。

「はぁ?おもちゃ?」

と訝しがるジミーに、

「田舎の方の民芸品をいくつか買ってきたの。真似できそうなのがあったら、作って村の小さな子供達に配ってやってちょうだい」

と私の真意を伝えた。


「ああ。そういうことか」

と苦笑いで袋の中からおもちゃを取り出して見つめるジミーに、

「頼んだわね」

と言って再びエリーに跨る。

「ははっ。人使いが荒いな」

と苦笑いするジミーを私は、

「そのくらいの仕事はしなさいよ。どうせ私のいない間どうせサボってたんでしょ?」

と冗談っぽく問い詰めた。


「おいおい。これでも一応まともに働いてたんだぜ?」

と、ジミーは抗議の声を上げるが、私はそれを流して、

「明日からまたよろしくね」

と、明日からまた稽古を再開させると宣言してエリーに前進の合図を出す。

そんな私の後から、小さく、

「…おいおい」

というため息交じりの声が聞こえたが、私はその声も軽く流し、後ろ手に手を振りながらアンナさんの家を目指した。


いつものように裏庭に回る。

するとさっそく勝手口の扉が開いて、

「おかえりなさい、ジルお姉ちゃん!」

という声とともにユリカちゃんが駆け寄ってきた。

私もいつものように、

「ただいま!」

と声を掛けてユリカちゃんを抱き上げる。

そして、その光景を微笑みながら見ているアンナさんにも、

「ただいま」

とにこやかに声を掛けた。


「おかえりなさい。外は寒かったでしょう」

と言ってくれるアンナさんに、

「うん。今夜はシチューがいいかも」

と冗談めかして、今夜のご飯の希望を伝える。

すると、アンナさんはおかしそうに笑って、

「うふふ。そうね。今日はクリームシチューの日ですものね」

と答えてくれた。

私の腕の中でユリカちゃんも、

「やったー!」

とはしゃぐ。

そして、いつの間にか私の肩の上に乗っかってきていたココも、

「きゅきゅっ!」

と嬉しそうな鳴き声を上げた。


「あはは。ココはシチューじゃなくてクルミでしょ?」

とおかしそうに言うユリカちゃんと一緒に私も笑ってさっそく荷物を降ろし始める。

その最中、私が、

「あのね、ユリカちゃん。今回は田舎の方を回って来たからお土産は食べ物だけなの」

と少し悲しいお知らせをすると、ユリカちゃんは、

「ううん。あのね。ジルお姉ちゃんがちゃんと帰ってきてくれたからそれでいいの!」

と満面の笑顔でそう言ってくれた。


そんな優しい言葉に感極まって、ユリカちゃんを抱きしめる。

「もう…。ジルお姉ちゃん、ちょっと苦しいよ」

と言って笑うユリカちゃんに私は頬ずりをしながら、

「ありがとう。嬉しいわ」

と自分の気持ちを正直に伝えた。

「うん。私も嬉しい!」

と笑うユリカちゃんと一緒に微笑み合う。

「あらあら。仲良しさんね」

と笑うアンナさんも交えてみんなの顔に笑顔が浮かんだ。

「きゅきゅっ!」

と楽しそうに鳴くココが乗った荷物を持って家の中へと入っていく。

勝手口をくぐった瞬間、あのまるで実家のような、安心する匂いが私を包み込んだ。

「ただいま」

と誰もいない家に向かって言葉を掛ける。

すると、その声にユカリちゃんとアンナさんが、

「おかえりなさい」

と笑顔で答えてくれた。

またみんなで笑い合いながら、あの小さなリビングを目指す。

そして私は、今回の冒険も無事に終わったことを心の底から実感した。


翌日から、午前中は稽古に出掛け、午後はユリカちゃんと一緒に過ごすという日々が始まる。

近所の子供達との雪合戦は白熱し、

「おい、ジルねえちゃんちょっと『おとなげねー』ぞ」

と、近所のガキ大将に文句を言われてしまった。

しかし、あれはあの子が悪い。

なにせユリカちゃんに思いっきり雪玉を当てのだから。

私としてはユリカちゃんの敵が討てて満足のうちにその激戦は終了した。


次の日は、リリトワちゃんごっこをする。

最初は私たち2人で遊んでいたが、興味を持った女の子たちがいたので、その場で急遽、朗読会を開くことになった。

そこで私は普段からユリカちゃんとやっているリリトワちゃんごっこで培った実力をいかんなく発揮する。

身振り手振りを交えてリリトワの活躍を芝居がかって語り、女の子たちを熱狂させた。

それがきっかけになったのだろう。

翌日にはさっそく村の女の子たちの間でリリトワ旋風が巻き起こる。

そのおかげで私はしばらくの間リリトワの読み聞かせに引っ張り出されることになってしまった。

私はユリカちゃんと遊ぶ時間が減ってしまうことを寂しく思いもしたが、当のユリカちゃんは、

「みんなで一緒にお話を聞くのって楽しいね」

と言って楽しそうにその輪に加わっている。

私はそんなユリカちゃんの優しい気持ちが嬉しくてついつい頑張ってしまったが、それがいけなかったのだろう。

しまいには大人も聞きに来てしまったのはちょっと、いや、かなり恥ずかしかった。


(今度王都にいったらリリトワの他にも子供が好きそうな本を何冊か買ってきて学問所に置いておいてもらおう)

と、楽しそうにお話を聞いている子供たちを見てそんなことを考える。

村には娯楽が少ない。

いつもお世話になっている村に新しい娯楽が出来るなら、本を何冊か買うなんて安いものだ、と思いながら、私は密かに子供たちが楽しく本を読む姿を想像した。


私がそんな決意をした日の夜。

ユリカちゃんと2人でアンナさんに編み物を習う。

私はどうやら不器用だったらしく、糸を絡ませただけで終わってしまった。

(ユリカちゃんにマフラーとか手袋とか編んであげたかったのに…)

と悔やむ私の横で、ユリカちゃんはどんどん難しい編み方を覚えていく。

どうやらユリカちゃんはものすごく器用だったらしい。

その器用さにはアンナさんも少なからず驚き、

「まぁまぁ、この分だとそのうちマフラーくらいなら自分で作れるようになるかもしれないわねぇ」

と言って目を細めていた。

その言葉が嬉しかったのかユリカちゃんは、

「今度ジルお姉ちゃんに編んであげるね」

と楽しそうな顔で編み物に夢中になっている。

私はその姿を微笑ましく思いながらも、自分の不器用さを少しだけ呪った。


幸せな日々が続いていく。

みんなで食べるお鍋の味は美味しく、毎日ユリカちゃんと一緒に入るお風呂もベッドも信じられないほど温かく感じられた。

その日も、ユリカちゃんの温もりを感じながらベッドで横になる。

私の腕にぎゅっとしがみついて嬉しそうな寝顔を浮かべているユリカちゃんを心から愛おしく思いながらその髪をそっと撫でてあげた。

(まるで本当に娘が出来たみたい…)

と年齢的にはあり得ない事を思って苦笑いを浮かべる。

(でも、お姉ちゃんってだけじゃないような気がするのよね…。なんだろう。その中間かな?うふふ。本当に家族になったみたい)

そう思って私はふと考えた。

私はこの家のなんなんだろう?

居候?

お客様?

それとも仲のいい知人?

そんなことを考えると、ふと寂しさを感じてしまう。

私はこの家に、アンナさんやユリカちゃんにどう思われているのだろうか?

私の心の中に一気に不安が広がった。

(…私どうしちゃったんだろう)

自分で自分がわからなくなる。

そう思って戸惑う私の心にふと、

(私はどうしたいのかな?)

という疑問が生まれた。


私はそのなんとなか生まれた疑問に対する答えを考えてみる。

私はこの家が好きだ。

最初は美味しいご飯と居心地の良さに惹かれた。

そして、アンナさんやユカリちゃんの人柄に触れるうち、そこに安らぎを求めるようになった。

それだけじゃない。

私も2人のために何かしたいと思っている。

その関係をなんと言えばいいのだろうか?

私の中でまた不安が広がる。

鬱々とした感情が私の心を支配仕掛けたその時、

「お姉ちゃん…」

とユリカちゃんがひと言寝言をつぶやいた。


その言葉にハッとする。

そして、また嬉しそうに私の腕をぎゅっと抱きしめてくるユリカちゃんの温もりを感じて、

(友達でもいい。居候でも、なんでも。とにかく私はこの家が大好きで、ユリカちゃんのこともアンナさんのことも大好き。その気持ちがあればいいじゃない…)

と思いまたユリカちゃんの頭を優しく撫でて目を細めた。

(バカなことを考えちゃったわね)

と思って苦笑いする。

おそらく今のこの私たちの関係に名前を付けることは困難だろう。

だが、それで構わない。

私は素直にそう思った。

私たちは信頼で結ばれ、互いが互いを必要としあっている。

それを何と呼ぶかは人の自由だ。

私たちは私たちだ。

他の誰かが決めた定義に当てはまらなくてもいい。

私たちは私たちで私たちの正解を決めればいいのだろう。

そう思うと、私の心は一気に軽くなり、また温かさを取り戻していった。


(明日もたくさん遊ぼうね)

と心の中でユリカちゃんに声を掛けその髪の毛を優しく撫でる。

すると、ユリカちゃんがくすぐったそうに微笑んだ。

私はその笑顔に安心して目を細める。

そして、私の隣から聞こえる小さな寝息を聞きながら、安らかな気持ちでそっと目を閉じた。

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