第83話 新しい春01
初春。
ここチト村では薄く積もっていた雪が溶け、あぜ道に小さな花がちらほらと咲き始めている。
そんな春の訪れを待っていたかのように教会長さんからの手紙が届いた。
いつものように不満そうな顔をするユリカちゃんの頭を苦笑いで撫でてやりながら、さっそく封を切る。
中身は呼び出し状だった。
今回は日付指定がしてある。
添えられていた手紙を見てみると、どうやらみんなの新しい武器が出来たらしい。
みんなにもそれぞれ書状を出しておいたとのこと。
私は、
(なんだか、みんなに会うのは久しぶりね)
と思いながら、手紙を閉じ、ユリカちゃんに、
「出発までもう何日か余裕があるみたいだから、今日も一緒に遊べるよ」
告げた。
「やったぁ!」
と無邪気に喜ぶユリカちゃんに、
「じゃぁ、なにして遊ぼうか?」
と訊ねてみる。
するとユリカちゃんは少し考えてから、
「みんなと鬼ごっこ!」
と元気に答えた。
「よし。じゃぁ、いつもの空き地にいってみようか」
とユリカちゃんを誘ってさっそく外に出る。
そして、私は夕方まで子供達と一緒に走り回って泥んこになり、アンナさんに苦笑いで出迎えられた。
数日後。
どこか寂しそうなユリカちゃんに、
「いってきます」
と声を掛ける。
頭を撫でてあげると、ユリカちゃんはほんの少し笑顔を取り戻して、
「いってらっしゃい。ジルお姉ちゃん」
と、はにかみながら言ってくれた。
さっそくエリーに跨り前進の合図を出す。
そして門のところで、いつものジミーへの挨拶に、
「サボっちゃだめよ」
という一言を付け加え、苦笑いの返事を聞いてから門をくぐった。
小さな花が揺れる田舎道を進む。
今回は割と日程に余裕がある。
王都に着いたその日はゆっくりできるだろう。
(たまにはほんの少しお洒落な店にでも行こうかな?…いや、いつも通り居酒屋がいいわね。なんていうか高い所って美味しいけど気軽に飲めないから、中途半端になっちゃうのよねぇ…)
と、昔ほんの少し背伸びをしてお洒落な店に入ったはいいものの、なんだか飲んだ気がしなくて、結局、もう1軒居酒屋に寄って帰ったことを思い出しながら、のんびりとした気持ちでエリーの背に揺られた。
いつものように野営を挟みながら進むこと5日。
王都の門に続く列に並ぶ。
どうやら一時期の盗賊さわぎは収まったらしく、すんなりと門をくぐることが出来た。
さっそくエリーを馬房に預けいつもの安宿に入る。
時刻は夕方前。
私はここ最近、お決まりになっているように適当に道具を取り出すとまずは銭湯に向かった。
ずいぶんと早い時間。
開いたばかりの銭湯で一番風呂に浸かる。
「ふいー…」
と声を漏らすと、全身の力が一気に抜けた。
(今日はちょっとゆっくり浸かっていこうかな…)
と思いながら、湯船から出たり入ったりを繰り返し、のんびりとお湯を楽しむ。
やがて徐々に他のお客さんが入って来て、ほんの少し混んできた所で私は風呂から上がった。
ほかほかと温まった体を初春の風で少し冷ましながら王都の路地をぶらぶらと歩く。
特にあては無い。
途中の露店で冷やかしに髪飾りを覗いたりしながら適当に歩いた。
やがて、なんとなく気になる路地を見つける。
その狭い路地には飲食店が並んでいて、いくつかの店では店の外にも机と椅子が置いてあった。
(大衆酒場の匂いしかしないわね)
と思ってニヤリとしながら立ち並ぶ店の中でも比較的小奇麗な店を選んで入る。
「らっしゃい!」
「ひとりだけどいい?」
「へい、どうぞ!」
といういつものやり取りを挟んで、私は狭い店内のこれまた狭いカウンターの席に陣取った。
「とりあえず、ビールね。あと、早いのって何?」
と注文をする。
「そうっすね。鶏皮ポン酢ならすぐですよ」
というお兄さんに、
「じゃぁ、とりあえずそれ」
と言うと、本当にそれはビールと一緒にすぐに出てきた。
(乾杯)
と心の中で小さくつぶやいてから、ジョッキを傾ける。
「ぷはぁ…」
と、息を漏らしさっそく鶏皮ポン酢をひと口つまんだ。
(うん。意外と美味しいじゃない)
と思いながらネギのシャキシャキと皮のムニムニの食感を楽しむ。
(これは後で焼酎ね)
と思いながらとりあえず店内を見渡した。
私以外の客はいかにも常連といった感じのおじさんたちが数人。
やはり小鉢系をつまみながらちびちびと飲んでいる。
私はそんな様子を確認しつつも壁に貼ってある品書きを眺めた。
(へぇ。鶏系が充実してるのね。あ、でも焼肉もある。ちょっと美味しそう。そうね。今日は先にご飯系をいって、そのあと混み具合を見ながらちびちびって感じにしようかしら)
と何となく今日のお腹具合を見ながら流れを考える。
そして、
「タンとロース、あとハラミをちょうだい。あ、ご飯の並盛も」
とまずは焼肉とご飯を注文した。
「あいよ」
と声がかかりまずは小さな七輪が目の前に置かれる。
そして、しばらく間を置くと、
「まずはタンと並盛っすね。タンはネギ塩でどうぞ」
と言って、肉がやって来た。
網が温まっているのを確認してさっそくタンを焼く。
すると、肉が、
「じゅっ」
という魅惑的な音を網の上で奏でた。
さっと焼き、たっぷりのネギ塩を巻き込むようにたっぷり乗せる。
そして、大きな口を開けてひと口に頬張った。
(ああ、大盛りにしとけばよかったかしら)
と思いつつも、
(いやいや。このあとまだつまむんだから)
と思って控え目にご飯を口に入れる。
(これよ、これ)
と感想とも言えない感想を心の中でつぶやきながら次のタンを焼いていると、
「あいよ。ハラミとロースね。タレはそっちの壺から適当にどうぞ」
と言って、お兄さんが結構な量のお肉を私の前に置いてくれた。
(あら。けっこう大盛りね)
と思いつつ、
「あ、ビールもう一杯」
と追加でビールを頼み、まずはロースから焼く。
(えっと、タレは壺の中って…。ああ、これか)
と思いつつカウンターに置かれていた小さな壺からこれまた小さな柄杓で小皿にタレを注いで、肉が焼けるのを待った。
(お。良い感じ)
と、肉がちょうどよく育った所で、さっそくタレをたっぷりとつけてひと口に食べる。
(ん!このタレ美味しい!)
私は思わずそう心の中で叫びながら、その塩辛いだけじゃなく、きちんと甘味と香味野菜の香りが効いたタレの味でビールを思いっきりあおった。
(しまった。これは止めろと言われても止められやいやつだわ)
と思いつつも、喜んで肉を頬張りビールを飲む。
結局私は、ビールを5杯飲んだところで、ようやくその沼から脱出することができた。
(ちょっと飛ばし過ぎたわね…)
と反省しながら再び壁の品書きを見る。
店の中には徐々に人が入ってきて、割と混雑し始めていた。
(長居は無用って感じだけどもう少し飲ませて欲しいわね)
と思いながら品書きの中からさっぱりめのものを選ぶ。
そして、
「鶏わさちょうだい。あと、麦焼酎のお湯割りも」
と注文を出すと、やがてやってきたそれらをつまみながら、ちびちびと焼酎を楽しんだ。
都合、7杯のお酒を飲み、たっぷりと満たされたお腹を抱えて店を出る。
(あー、明日は朝から教会長さんに会うっていうのに、ついつい飲みすぎちゃったなぁ…)
と思いつつも、
(反省はしても後悔はしない)
という父さん直伝の教えを胸の中でつぶやき、苦笑いを浮かべた。
ぼんやりとした王都の月灯りの下、石畳の道を歩く。
熱くなった頬を夜風で冷ましながら、いつもよりちょっとだけふわふわとした足取りで宿を目指した。
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