第81話 冬休み04

鹿の魔物を仕留めた翌日の夕方。

なんとか日暮れ前に村に辿り着き、さっそく村長に報告に向かう。

角と皮の素材は後で村人が取りに行くことになった。

その日は、喜んで泊めてくれると言う村長宅に泊めてもらう。

私はややゆっくりとお風呂を使わせてもらい、十分に休養を取らせてもらった。


翌朝、さっそくディーラ村を後にする。

私はいったんリコリスの町に戻ることにした。

道中は何事もなく、また半日ほどでリコリスの町に入る。

そして、まずはギルドへ報告に向かった。

ギルドで簡単な報告と換金を終えると、紹介してもらった安宿に入る。

私は部屋に入るなり、ベッドに転がり、

「ふぅ…」

と、ひとつ息を吐いた。


「さて、今日はお待ちかねの蕎麦ね」

と思ってニヤリと笑う。

この辺りで米酒はあまり出回っていない。

しかし、その代わりと言ってはなんだが焼酎が有名だ。

焼酎はそのままでもいいが、気の利いた店なら前割もあるはずだからそれを燗にしてもらって飲むのもまたいいだろう。

そんなことに想いを馳せて、私はしばらくゆったり時間を過ごすと、やや日が傾いてきたのを合図に宿を出てまずは銭湯に向かった。


銭湯でゆっくりと体の疲れを癒し、さっそく蕎麦屋を探す。

最初に寄った時に見つけた何軒かの蕎麦屋を巡り、ほんの少し高そうな店を選んだ。

(臨時収入もあったし、たまにはいいわよね)

と思いながらその店の引き戸をくぐる。

「いらっしゃいまし」

という品の言い給仕さんの声に、

「ひとりだけどいい?」

といういつもの声を掛けると、案内されるがまま2人掛けの小さな席に腰を下ろした。


とりあえず、ビールを頼み品書きを見る。

(冬野菜と茸の天ぷらなんていいかしら。卵焼きもいいし…。あ。鴨があるから、これは決まりね。それに…あ、ワカサギもあるのか…)

と、思っているとそこに、

「お待たせいたしました」

とビールがやって来た。

飲む前にまずは、

「卵焼きと鴨、あとこのワカサギの天ぷらください」

と、品書きを指さしながら食べ物を注文する。

そして、

「かしこまりました」

と言って奥に下がっていく給仕さんを見送ると、さっそくゴクリとビールを流し込んだ。


「っはぁ…」

と息を漏らす。

少し小さめのジョッキを傾けてもう一口。

今度はやや落ち着いて、

「ふぅ…」

と満足の息を漏らした。

そして待つことしばし、

「まずは卵焼きをお持ちしました」

と言う給仕さんに、

「米焼酎の前割なんてありますか?」

と聞くと、

「ございますよ」

という嬉しい答えが聞けたので、私は迷わず、

「じゃぁ、それをぬる燗でください」

と頼んで、とりあえず卵焼きをひと口。

ふんわりとした食感と出汁がしっかりと聞いたやや甘めの味付けを楽しみ、ややあってやって来たお酒をくいっと引っかけた。

ビールよりも強い酒精と燗の温もりが喉を通り胃に落ちていく。

そのすっきりとした味をまさしく五臓六腑で味わいながら、私はまたゆっくりと卵焼きに箸を伸ばした。

次に天ぷらがやって来る。

さくさくの衣の中から現れたほくほくの身とその癖の無い味に冬の醍醐味を感じながらゆっくりとつまみ、またお酒をひと口。

最後にやって来た鴨の甘い脂と意外にもすっきりとして癖の無い米焼酎の組み合わせをじっくりと堪能し、結局2本ほど飲んで、最後にそばを注文した。


まずは蕎麦の香りを堪能し、次にツンとしたワサビの香りを合わせる。

その後は何も気にせず思うがままに「ズッ」とひと息に勢いよくそばをすすり込んで食べ進め、最後に蕎麦湯をもらって程よくお腹を〆た。


ぽかぽかと温かい体を寒風で程よく冷ましながら宿に戻る。

(さて、明日からまたお仕事ね)

と思いつつも、

(まぁ、今日は骨休めなんだから、しばらくはこの心地よさに身を任せちゃいましょう)

と思って、ふわふわと軽い足取りで宿場町の少し荒れた石畳の道を歩いた。


宿に戻り、支度を整えると、なぜかほのぼのとした気持ちで床に就く。

全身から力が抜け切り、ぽんやりとする頭にふとチト村の風景が浮かび、

(もうちょっとで帰れるわね…)

と思いながら目を閉じた。

あっさりと眠気が襲って来る。

布団の中で、まるで体がふわふわと浮いているような感覚を覚えながら私は、自然と意識を手放した。


翌朝。

(やっぱり気分よく飲むお酒は残らないわね)

と思いながらさっさと支度を整える。

早々に宿を出て適当な屋台で朝食を済ませると、さっそくリコリスの町の門を出た。


意気揚々と進む。

目的地はあと2つ。

資料を見る限りではおそらく問題は無いだろう。

そう思いつつも、

(あんまり油断しちゃだめよ)

と、ともすれば仕事の山場を越えて、油断しそうになる自分の心を引き締めた。


軽い足取りで進むこと2日。

次の村にたどり着く。

いつものように祠へと案内してもらい、やや甘い所を調整し直す程度で作業は終わった。

その日は村長宅に泊めてもらい、翌朝ゆっくりと旅立つ。

そして、また2日。

最後の村でも同じように異常が無いことと調整がやや甘いことを確認すると、今回の私の仕事は終わった。


また村長宅に泊めてもらった翌日。

さっそくチト村に向けて出発する。

途中報告書を書いたりするのに2泊ほどすることになるだろうと考えると、チト村までの距離はおおよそ10日ほどになるだろうか。

チト村を出てからそろそろ1か月。

(ユリカちゃん拗ねてないかな…)

と思いながら、

(たっぷりお土産を買っていったら機嫌直してくれるかしら?でも、田舎の町が多いから珍しいものってあんまりないのよねぇ)

と、お土産の心配をし、いつものように田舎道から裏街道へと入っていった。


帰路は順調に進み、いつものようにチト村の手前で野営にする。

途中、いくつかの宿場町でお土産になりそうなものを物色したが、これと言って珍しい物は見つからなかった。

(はぁ…。がっかりされちゃうかも)

と思いつつ、エリーの背に積んである、食料やら香辛料がたんまりと入った箱を見る。

食料品の他にも民芸品のおもちゃなんかもいくつか買った。

中にはチト村では見かけないようなものがあったけど、それらはどちらかと言えば幼児向けのおもちゃで、

(あれは、ユリカちゃん向きじゃないわよね…。村の子供たちに配ろうかしら?いや、そこまでの数はないし…)

と考えを巡らせる。

そこでふと、

(あ。ジミーに渡して、似たようなものをたくさん作ってもらえばいいじゃん。そしたら村中の子供に行き渡るだろうし、来年のお祭りの景品にもできるからちょうどいいわ)

と思いついた。

(木彫りの熊よりはきっと喜ばれるわ。きっと来年、ジミーの輪投げ屋は今年より繁盛するわね)

と、どうでもいいことを考えて微笑む。

いろんなおもちゃが並び、それを狙って楽しそうに輪投げをする子供たちの笑顔が目に浮かんだ。


(いよいよ、明日ね)

そう思うと、自然と顔が綻ぶ。

(これからどんなに楽しい日々が待ってるのかな?雪遊びもするし、リリトワちゃんごっこもするって約束したわよね。あとは、一緒にお鍋も食べるし、編み物なんてどうかしら?私はできないけどアンナさんは得意だから、ユリカちゃんと一緒に習ったら楽しそう)

そんなことを妄想しながら焚火の火を見つめた。


ゆっくりと温かいお茶を飲む。

冷えた体にじんわりとその温もりが広がっていった。

ぱちぱちとはじける薪の音をききながら、しばしぼんやりとする。

今回の仕事で気が付いた聖女の質の低下に胸を痛めながらも、

(それは教会長さんに任せましょう)

と、それは心の中で割り切ることにした。


次に自分のことについて振り返ってみる。

今回の冒険では、ザインさんに教えを受け、ジミーとやっているあの対人戦の稽古の手ごたえを感じることができた。

自分で言うのもなんだが、着実に前に進んでいる。

これまであった自分の型の弱点というものを見つけてそれを修正することができた。

しかし、あのアインさんが使っていた強化魔法につながる成果はまだ出ていない。

もう少しで何かが掴めそうな感覚はある。

だが、あと一歩という所で足踏みをしているという感覚を持っていた。

なんとなく忸怩たる思いに近い感情が湧いてくる。

そんな気持ちでうつむきかける自分に、

(だめよ。焦っても何も解決しないわ)

と言い聞かせた。

ひとつ深呼吸をする。

ふと気が付くと、私の側でエリーがこちらを心配そうに見つめていた。


私はまたエリーに心配をかけてしまったと思って少し反省しながら立ち上がると、

「大丈夫よ。ごめんね」

と言いながらその首筋を撫でてあげる。

すると、エリーは少し安心したのか、

「ぶるる…」

と小さく鳴いて、気持ちよさそうな目になった。

そんなエリーを微笑ましく見つめながら、

「そうよね。私はこれからよね」

とつぶやく。

また、エリーが、

「ぶるる」

と鳴いた。

私はその声がまるで私を応援してくれているかのように思えて、

「ありがとう」

とお礼の言葉を伝えた。

私の気持ちもエリーに伝わったのだろうか、しきりにエリーが甘えてくる。

そんなエリーの温もりを頬で感じて私は、

「うふふ。ありがとう」

と、またお礼を言った。


私は、ひとしきりエリーと戯れると、

「さぁ、明日に備えて寝ましょうか」

と言って、寝袋を取り出した。

エリーが私の側で膝をつく。

「あら。今日は一緒に寝たいの?」

と聞くと、エリーが、

「ぶるる」

と、まるで返事をするかのように嬉しそうな声で鳴いた。

私は、

「うふふ」

と笑って寝袋に包まりエリーにもたれかかる。

その夜は温もりに包まれ、楽しさのうちに更けていった。

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