第49話 ラフィーナ王国へ04
また同じように交代で眠って迎えた翌朝。
念のため、もう一度魔素の流れを読む。
当然、魔素の淀みは濃いままだった。
「うん。やっぱり近いわね」
という私にベルもうなずいて、
「ここからは痕跡にも注意して進みましょう」
と言い、さっそく歩き始める。
私も辺りを慎重に観察しながら、その後に続いた。
やがて、空気が重たくなり始める。
しかし、妙なことに痕跡がない。
私がそのことを不思議に思っていると、ベルが立ち止まって私を手で制した。
「たぶん、猫よ…」
という言葉にドキリとする。
猫というのはネコ科の魔物の総称で、あいつらは気配を消すのがやたら上手い。
私は1メートルくらいのヤマネコの魔物しか相手をしたことがないが、どこから襲って来るかわからない相手にやたらと長い時間、緊張を強いられたことを思い出した。
「少しでも見通しが良い所を探しましょう。ここは不利よ」
というベルの言葉にうなずいて移動を開始する。
しかし、そこで不意に空気が揺らぐのを感じた。
ベルが慌てて剣を抜く。
私もやや乱暴に薙刀の革鞘を取った。
また、空気が動く。
先程よりも近いようだ。
「ちっ」
というベルの舌打ちが聞こえた。
(これは…)
と私が息を呑んだ瞬間、
「グルル…」
と唸り声が響く。
声のした方に視線を向けるがどうやらまた回り込まれてしまったようだ。
気配が掴めない。
私は焦ってベルに視線を送った。
しかし、ベルは振り返らず、
「背中は任せたわ!」
とやや強い口調でそう言って剣を正眼に構えている。
私はその姿にハッとして、
「わかった!」
と答えると、ひとつ、
「ふぅ…」
と息を吐いて集中を高めながら薙刀を構えなおした。
どれくらい時間が経ったのだろうか。
じりじりとした時間が続く。
そして、その瞬間は突然やって来た。
私の左から大きな気配が襲って来る。
私は咄嗟に反応し、薙刀を突き入れようとした。
しかし一瞬、遅かったようだ。
私の視界一杯にもう牙を剥いた虎の魔物の姿がある。
(遅かった!?)
と思うがもうどうしようもない。
私は相打ちを覚悟した。
だがそこで虎の動きが一瞬止まる。
私の突きは虎の魔物の牙よりも早くあちらの首元に届いた。
ドサリと音を立てて虎の魔物が地に落ちる。
(なにがあったの!?)
そう思って、ふと見ると、私の斜め前方には剣を振り抜き、残身を取るベルの姿があった。
「ふぅ…」
と息を吐いて、ベルが残身を解く。
私はまだあっけに取られて、剣を納めるベルの方を見ていた。
「ありがとう。助かったわ」
とベルは言ってくれるが、
(助かったのは私の方…)
と思うだけで私は言葉を出せない。
そんな私にベルが心配そうな目を向けてくる。
私はそれでハッとすると、ようやく、
「いえ。…助けられたのはこっちよ」
と答えることができた。
しかし、ベルが軽く首を横に振る。
そして、倒れている虎の魔物の方に視線を落とすと、
「私のは浅かったもの…」
と少し悔しそうにつぶやいた。
そのつぶやきを聞いて、私も虎の魔物に視線を落とす。
たしかに言われてみればその腹についた刀傷は浅いと言えば浅かった。
しかし、それでも一撃目であれだけの手傷を負わせたのだから、次の一撃で仕留められたのは確実だろう。
それをベルは悔しいと感じている。
私はそのベルの目を見て、
(そうか、ベルは目指すべき高みが見えているんだ…)
と直感的に思った。
(…いいな)
そんな言葉がふと浮かぶ。
私は自分の未熟さを知って、前に進もうとは決めた。
しかし、どこを目指していいのかはまだよくわかっていない。
だが、ベルにはそれがわかっている。
そう思うと、急に羨ましいという気持ちが湧いてきた。
(情けないな…)
という言葉が湧いてくる。
自分の未熟さも情けない。
他人を羨むばかりの自分も情けない。
そしてなにより、まだまだ目指すべきものすら見つけていない今の自分を情けなく思った。
「大丈夫?」
というベルの言葉で一瞬沈みかけた気持ちを何とか立て直す。
(そう。今は落ち込んでる場合じゃない)
自分にそう言い聞かせて、私はあえて明るい声で、
「ええ。大丈夫よ。さっさと解体してしまいましょう」
と言うと、さっさとナイフを取り出して魔石を取り出しにかかった。
やがて魔石を取り出し終わり、ベルに渡す。
私は、また笑顔で、
「じゃぁ、浄化するから私の近くにいてね。お洗濯いらずで便利よ」
と冗談めかして言うと、携帯型の浄化の魔導石を地面に突き立てた。
いつものように青白い線が不規則に広がって、辺りを照らす。
(集中。集中…)
と自分に言い聞かせながら丁寧に魔素の淀みを解きほぐしていった。
一連の作業が終わる。
それまで辺りに漂っていた重たい空気がなんとなくすっきりとして、森の中に爽やかさが戻ってきた。
「聖女の魔法ってすごいのね…」
とベルが感心したようにつぶやく。
私はその声を素直に喜べないように感じながらも、笑顔を作って、
「でしょ?」
と、いたずらっぽく答えた。
その言葉にベルが、
「ふふっ」
と笑う。
思えばベルの笑顔を見るのは初めてだ。
そう思った私は、
「笑うと可愛いのね」
と、わざとらしくからかうようにそう言った。
「なっ…ちょ…」
と言ってベルの顔が赤くなる。
そんな姿がおかしくて、私は、
「ふふふっ」
と笑うと、なんだかさっきまでの重たい気持ちがずいぶんと軽くなったように感じた。
(一本取ったからかな?)
と心の中で冗談を言う。
そして、
「さぁ、少し進んで野営にしましょう」
そう言うと、私は、
「え、ちょ…」
と、まだ慌てた様子のベルの先に立って歩き始めた。
先程の一件があったからだろうか。
少し打ち解けた雰囲気で森の中を歩く。
「ジルって意外と意地悪なのね」
とちょっとふてくされたように言うベルに、
「ははは。ごめん。ちょっとからかい過ぎた」
と軽く謝り、
「今日も美味しいご飯作るからそれで勘弁して」
と冗談を言った。
「…もう。しょうがないわね」
と、苦笑いするベルの笑顔を見て、私は、
(やっぱり笑うと可愛いじゃん)
と思い心の中で微笑む。
そして、
(ふふっ。今日は美味しいご飯作らないとね)
と思って、自然と顔を綻ばせた。
そんな一幕を挟んで野営地を見つけると、設営をベルに任せ、私はさっそく調理に取り掛かる。
(さて。ああは言ったものの何を作ろうかしら?)
と考えて材料を見るが、日持ちのするものしかない。
私は苦笑いを浮かべながら、よく作っている茸とベーコンが入ったチーズリゾットを作り始めた。
米とベーコンを炒め粉スープと茸の戻し汁で作ったスープを少しずつ加えて煮込んで行く。
程よく米に火が通ったところで、チーズを入れて溶かす。
徐々にとろとろとしてきたリゾットの状態を見極めて、皿に取った。
「できたよ」
と声を掛けると、さっそくベルがやって来る。
「いつも作ってるやつだから特別ってわけじゃないけど、けっこう上手に出来た方だと思う」
そう言って、ベルにリゾットを私、私も自分の分を取り分けると、
「「いただきます」」
と声をそろえて食べ始めた。
「…あふっ」
という声が聞こえてベルがはふはふしている。
(なんかかわいいな)
と思いながら私は慎重にふーふーと冷ましてリゾットを口に運んだ。
(…あふっ)
と思わず心の中で声を漏らす。
すると、となりから、
「…おいしい」
とつぶやくような声が聞こえた。
「美味しかった?」
と聞くと、
「…うん」
と照れたような返事が返ってくる。
そんなベルの様子をなんとも微笑ましく思って、私は微笑みながら、
「よかった」
とひと言答えた。
ベルがまたはふはふしながらリゾットを食べる。
私はその様子を、
(なんか、小動物っぽい)
と思いながら、また微笑ましく見つめた。
「…なに?」
とベルが私に視線を向けてくる。
その視線に私は、
「ううん。うれしかっただけ」
とだけ答えた。
「………」
ベルは無言だが、明らかに照れている。
(なるほど、これがツンデレってやつなのね)
と思いながら、私も同じようにはふはふしながらまたリゾットを口に運んだ。
黒く静かな夜空に焚火の灯りが溶けていく。
パチパチとはじける薪の音を聞きながら、私たちは笑顔でリゾットを食べ進めた。
食後。
お茶を飲みながら、明日からの予定を確認する。
この辺りの魔素の淀みはあらかた解消出来た。
明日はエレリ村に向かうことになる。
もちろん油断していいわけではないが、ここまでの道のりよりは幾分か気が楽だ。
私たちは簡単に地図を確認しながら、行程を確かめ、2日でたどり着くだろうという目算を立てると、その日も交代で体を休めた。
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