第50話 ラフィーナ王国へ05

虎の魔物と戦った翌朝。

「…おはよう」

「うん。おはよう」

と、やや打ち解けた感じで朝の挨拶を交わす。

私は手元にあったポットからお茶を注いでベルに渡した。

「ありがとう」

と言ってベルがお茶を受け取り口に運ぶ。

私も、ゆっくりとお茶を飲みながら、

「今日もよろしくね」

とベルに声を掛けた。

「…ええ」

と少しはにかみながらベルが答える。

まだ若干の照れくささみたいなものはあるけど、最初に比べて私たちの距離はずいぶんと縮まった。

そんなことを嬉しく思いながら、私もお茶を飲み、朝食代わりの行動食をかじった。


やがて、手早く出発の準備を整える。

今日から目指すのはエレリ村。

途中、念のために魔素の流れを見ながら進むことになるが、基本的には地図に沿っていけばいいはずだ。

そう思いながら、私はベルの後を付いて歩き始めた。


予定通り順調に進むこと2日。

夕方前になってしまったが、無事エレリ村についた。

さっそく村長宅に向かい宿を借りる。

村長は快く迎え入れてくれて、私たちは久しぶりに温かい布団で眠りに就くことができた。


翌朝。

たっぷりとエリーを甘やかしたあと、祠へと向かう。

この村に設置してあった浄化の魔導石はそこまでダメな状態では無かったが、やはり多少雑な点があったので、そこを修正しておいた。

しかし、まだ流入してくる魔素の量自体はやや少ない。

(やっぱりか…)

と軽くため息を吐く。

だが、そこで落ち込んでいる場合じゃない。

私は気合を入れなおし、きっちりと調整し終えると、さっそく村長にエリーたちのことを頼んでまたベルと一緒に森に向かった。


ここ、エレリ村から最終目的地トトス村の間にある森はここまでよりもやや深い。

地図にもやや大雑把な部分がある。

(これは昨日までよりも気合を入れていなかいとね…)

そんなことを思いながらベルの後に続いた。


やがて、村人が普段から立ち入る辺りを少し過ぎた所でその日は野営にする。

その日は村で分けてもらった新鮮な野菜を使ってポトフを作った。

温かいものは心を落ち着けてくれる。

おそらくここから2、3日は気の休まらない日が続くだろう。

これからの冒険が少しでも順調に行くように。

そんな思いを込めて優しい味のポトフに仕上げてみた。

「美味しいわね…」

とベルがつぶやく。

「お口に合って良かったわ」

と私が返すと、ベルが、

「なんだか故郷の味に近い気がする」

と言ってくれた。

私はそんなこと意識していなかったが、そう言われると嬉しい気持ちが湧き上がって来る。

「よかった…」

私はもう一度そうつぶやくと、嬉しいような照れくさいような気持ちでそのポトフを口に運んだ。


翌朝。

目覚めた私が、

「おはよう」

と声を掛けると、ベルが、

「おはよう」

という言葉と共にお茶を差し出してくれる。

「ありがとう」

と言って受け取り、しばらくゆっくりと飲んで体を温めると、私は携帯型の浄化の魔導石を取り出し、魔素の流れを読み始めた。

なんとなくの感覚だが、淀みが奥の方にあるように感じられる。

(ちょっと時間がかかるかもね…)

と、なんとなくの感想を抱きながら、ベルに方向を示し、簡単に地図でその方向の地形を確認すると私たちはさっそく準備を整えて森の奥へと歩を進めた。


これまで通り、時折魔素の流れを読みながら進む。

魔素の淀みは次第に濃くなり、私たちの緊張も高まっていった。


簡単な食事と張り詰めたような緊張感の中見張りを代わりながらの野営。

それを2度繰り返した朝。

(いよいよね…)

と思いながら、携帯型の浄化の魔導石に魔力を流す。

そこからは思った通り、濃い淀みとその中心が近づいていることが読み取れた。

「近いわ」

という私の短い言葉にベルが重々しくうなずく。

「痕跡と気配に注意して進みましょう」

と、私が前回の虎の魔物のことを頭に入れながら、そう言うと、ベルもまたうなずいて、

「今度は任せて」

と言い、先に立って歩き始めた。

その背中には気迫がみなぎっている。

私はその背中を頼もしく思いつつも、自分も負けていられないと思って、その背中を追った。


やがて、空気がより一層重たくなる。

肌にまとわりつくような、ねっとりとした気持ちの悪い空気で私たちはその時が近いことを覚った。

何かの痕跡にふと足を止める。

ほぼ同時にベルも足を止め、

「ゴブリン…。多いわね」

とつぶやいた。

「ええ」

と私もつぶやき返す。

獲物でも運んだ跡だろうか。

痕跡はかなりはっきりとしている。

その痕跡の大きさからして、数はかなり多い。

3、40、いや、それでは済まないかもしれない。

下手をしたらジェネラル級がいることだって考えられる。

(2人でいけるか?)

そう思って、ベルに目を向けると、ベルは力強く私に向かってうなずいた。

その力強い視線に私も真っすぐな目を向けてうなずき返す。

そして、私たちはその痕跡を辿って、決戦の地を目指し進み始めた。


慎重に進み、ちょっとした崖の下に広い窪地がある場所に出る。

そこには予想以上のゴブリンがいた。

ぱっと見た感じ5、60はいるだろうか。

そのちょっとした崖がえぐれて屋根のようになっている部分がありそこには大きな個体が2匹いる。

「ジェネラルね…」

とつぶやくと、ベルが、

「2人なら問題ないわ」

と答えた。

「2人なら」という言葉を聞いて無性に嬉しくなる。

私が、

「背中は任せて」

と言うと、ベルも、

「ええ。こっちも任せて」

と力強く答えてくれた。

軽く装備を確認し、うなずき合う。

私は薙刀の革鞘を取り、ベルは剣を抜いた。


「「よし」」

どちらからともなく声がかかり、私たちはいっせいに駆けだす。

そして、お互いに手近にいたゴブリンを倒しながら、その窪地の中心に向かい、背中合わせになってお互いに武器を構えた。


「グギャァッ!」

という叫び声に取り囲まれる。

私が、

「行くわよ!」

と声を掛けると、

「ええ」

というやや落ち着いたベルの返事が返って来て、私たちはそれぞれ、前方相手に飛び掛かっていった。

突きを入れ、続けざまに薙ぐといういつものと言えばいつもの動きを繰り返す。

まずは正面を突き、次は、左に袈裟懸け。

素早く返して右にいたゴブリンを横なぎに倒すと、また正面を突いた。


私の後でも気配が動いている。

しかし、私は構わず前に出た。

(後はベルが何とかしてくれるはず。だから、私はベルの後をまもらなきゃ)

ただそれだけを考えて周りにいるゴブリンたちの動きを牽制しながら無心で薙刀を振るい続ける。

すると、しばらくして、私の目の前にやや大きな個体が現れた。

(リーダー…)

そう思うが、構わず突っ込んでいく。

リーダーはなにやらこん棒か枝のようなものを振り回して向かってきたが、軽くいなして突きを入れた。

(なんだか妙に体が軽い…)

と、ふと思う。

きっと仲間に後ろを任せられる安心感が私にそんな感覚を与えてくれているのだろう。

そんなことを感じながらも私は集中して無心で薙刀を振った。


徐々にゴブリンたちが数を減らしていく。

そして、ひと際大きな個体、ジェネラルが私たちの前に現れた。

まずは目の前の敵に集中する。

私が睨みつけるとそいつは、

「グギャ!」

と気持ちの悪い声を上げながら粗末なこん棒を振り回してきた。

(やっぱり速いし強いわね…)

と、やや手こずりながらもその打撃をなんとかいなし、隙を窺う。

やがて、出来たわずかな隙をついて薙刀を突き入れた。

(浅いか…)

やや、悔やみながらもさっと退きまた隙を窺う。

ケガのせいだろうか、先ほどよりも打撃が軽くなってきた。

(軽い)

そう感じて今度はこちらから攻勢に出る。

私に攻められて焦ったのか、そのジェネラルは滅茶苦茶にこん棒を振り回してきた。

(そこっ!)

その滅茶苦茶な攻撃でジェネラルに一瞬の隙が生まれる。

私はそれを逃さず、下から跳ね上げるように薙刀を振ってジェネラルのこん棒を跳ね飛ばした。

その勢いのままくるりと回転してジェネラルの胴を薙ぎ払う。

薙刀の刃がジェネラルの腹を確実に捉えた。

ジェネラルが声も無く、ドサリと音を立てて倒れる。

すると、次の瞬間、私の後でも、ドサリと音がした。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る