第48話 ラフィーナ王国へ03
やがて昼過ぎ。
予定通りルルク村に着く。
まずは村長宅へ向かい、さっそく浄化の魔導石が設置されている祠に案内してもらった。
やはり、地脈を通して流れ込んでくる魔素の量が予想以上に少ない。
それに調整もあまり上手くいっていないようだ。
(あのねぇ…)
と、いつもの状況に密かに嘆息しながらもなんとか平静を保って調整をし、いつものように村長に話を聞く。
村長の話では、ここ最近魔物の出現が多く、村民は森に入れず困っているのだとか。
そのうち大変なことにならなければいいがと心配する村長に、
「大丈夫ですよ。今日ちゃんと調整しましたし、教会にも冒険者ギルドにもちゃんと報告しておきますから」
と、なんとか誤魔化してその日は村長宅に泊めてもらった。
一晩ゆっくり休ませてもらって、翌朝。
ちょっと寂しそうに甘えてくるエリーやベルの乗って来た馬のことを頼み、さっそく森に向かう。
森へ向かうあぜ道にはチト村では見かけない白く小さな花が咲き乱れていた。
田んぼの稲穂は青々として風にそよいでいる。
(初めて見るけどなんだか懐かしい風景ね)
と思いながら、私は、ややのんびりとした気持ちでベルの後に続いて歩いた。
やがて森に入る。
森の第一印象は爽やか。
エルバルド王国とは違い木の皮がやや白っぽい木が多いせいだろうか。
なんとなくそんな印象を持った。
梢を通して明るい光が適度に入る森の中を進む。
藪も少なく比較的歩きやすいように感じた。
夏ということもあって、時折生っている木の実を適当につまんで小休止を取りながら順調に進んで行く。
そんな休憩の折、ベルが、
「この辺りは鹿の魔物が多いけど、たまに牛の魔物が出るわ。あとは、小物ね。トカゲはいないけど角ウサギとイノシシの魔物は多い感じかしら」
と、この辺りの魔物の状況を教えてくれた。
その話を聞いて、私はうなずきつつも、
「昨日、浄化の魔導石を見た感じだと、おそらく油断できない状況になってるはずよ。普段出ないような魔物が出る可能性もあるから、気を付けて行きましょう」
と念を押すような感じで声を掛ける。
「ええ。わかっているわ」
と引き締まった表情で答える、ベルの顔に油断は無い。
きっと私が昨日説明したことをきちんと理解して、なおかつ、信じてくれているのだろう。
どうやら、彼女がまじめな性格らしいという私の第一印象は当たっていたようだ。
私はそのことを妙に嬉しく思い、微笑みながら、
「背中は任せたわね」
とベルにひと言告げると、うなずく彼女にこちらもうなずき返してまた森の奥へと歩を進めた。
やがて日暮れの時間が迫って来る。
私たちは、地図を頼りに適当な場所を見つけると、そこで野営の準備に取り掛かった。
今日も私が料理を作る。
村でたっぷり分けてもらった米を粉スープで炊き、簡単なピラフを作った。
ベルは相変わらず黙々と食べている。
しかし、時折表情が緩むからきっと美味しいと思ってくれているのだろう。
私は密かにそんなことを思い、心の中で微笑みながら、ピラフを口に運んだ。
淡々と食事を終え、軽くお茶を飲むと、まず先に私が休む。
ここへ来る途中の話し合いで、見張りは数時間おきに交代ですることにした。
その時、これまでにどんな冒険をしてきたのか、とか、どの程度の相手なら戦えるのかなどの意見を交わしている。
ベル曰く、ちょっとした強化魔法が使えるからゴブリンの群れ程度なら問題ないそうだ。
本人は遠慮がちにそう言うが、おそらく実力は私よりも上だろう。
もう7、8年ほどソロで活動しているのだそうだ。
私は『烈火』のアインさんのことを思い出し、
(なにか勉強になることもあるだろうから、しっかり見させてもらわないとね)
と思いながら軽くブランケットを羽織って目を閉じた。
2度ほどに分けて眠り、迎えた朝。
ここからはいつものように携帯型の浄化の魔導石を地面に突き立て魔素の流れを読む。
初めて見る光景にベルはややぽかんとしていたが、それでも、私が、
「こっちよ」
と方角を指さすと、さっと気を取り直して先導してくれた。
途中、小休止を兼ねてまた魔素の流れを読む。
するとやはり魔素の淀みはいっそう濃くなっていた。
私はさっそく、
「この先、もっと注意が必要になるわ。慎重に進みましょう」
と伝える。
その言葉にベルは、
「わかったわ」
と深くうなずいてくれた。
ベルは決して言葉数の多い方ではない。
しかし、その真面目な姿勢というのは随所に見られる。
私を気遣うように歩く優しさ、私の言葉の一つ一つを真剣に聞いてくれる姿勢。
そういう所に私は好感を持った。
(ほんと、まじめな子よね…)
と、おそらく少し年上であろうベルに私はなんとも言えない微笑ましさを感じる。
私のそんな思いに気が付いたのか、ベルは少し不思議そうな視線を私に送って来たが、私は苦笑いで、
「なんでもないわ。ちょっと頼もしいと思っただけよ」
と答えて、
「…なにそれ」
と照れるベルに、私は、
「さぁ、行きましょう」
と声を掛けて先に進み始めた。
簡単な昼を挟んで夕方前。
そろそろ空にオレンジ色が混じり始めてきたところで、もう一度魔素の流れを読む。
やはりずいぶんと淀みが濃くなっていた。
「近いわね…」
とつぶやく私に、
「無理はしない方がいい」
とベルが忠告しくれる。
私も、
「ええ。勝負は明日ね」
と短く答えて、その日はその場で野営をすることにした。
行動食をお腹に入れて、お茶を飲む。
緊張で固くなった心とお腹にお茶の暖かさが嬉しい。
穏やかな沈黙の中私はふと思って、
「ねぇ。ベルはパーティーを組んだことはある?」
と聞いてみた。
「…無いわ」
と一瞬間を置いて答えたベルに、
「組んでみたいと思ったことは?」
と、さらに聞く。
すると、ベルは少し笑って、
「…私不器用だから」
と、寂しそうにそう答えた。
私はそんなベルの言葉になぜか親近感を覚える。
(ああ。この子、私と一緒なのかも…)
そう思った私は、
「…私もね、ずっとソロでいいって思ってたの」
とつぶやくようにそう言った。
「?」
とベルが疑問の視線を私に向けてくる。
私はその視線にまた苦笑いを返すと、
「あのね。ここ最近、他の人達と行動することが多かったの。そしたら、今まで自分に足りてなかったものとか、いろんなものが見えるようになって…。それまで『なんでもひとりで出来るようにならなくちゃ』って思ってたのが、なんだか逆に子供っぽい考えだったんじゃないかとか、そういうことを思うようになってさ…」
と、拙いながらも、今自分が思っていることをなんとか言葉として紡ぎ出した。
一瞬の沈黙が流れる。
そして、
「そうなんだ…」
とベルが答えて少しうつむいた。
私は慌てて、
「ごめん。そういうんじゃなくて、なんていうか…。その、うまく言えないんだけど、私もつい最近そういうことを考え始めたから、つい、同じようにソロで活動してるベルの意見が聞いてみたくなったっていうか…」
と言い訳をする。
しかし、そんな私に対して、ベルは、
「ううん。なんとなく…、なんとなくだけどわかるような気がするわ」
と少し困ったように微笑みながらそう答えてくれた。
「…なんかごめんね」
「ううん」
という短いやり取りでまた沈黙が流れる。
気まずいような気恥ずかしいような、なんとも言えない空気の中で、私たちはそれぞれにひと口お茶を飲んだ。
やがて、
「じゃぁ、今日も先に寝て」
というベルの言葉に甘えて、
「じゃぁ、適当な所で起きるから」
と言い、ブランケットに包まる。
パチパチと薪が弾ける音を聞きながら、私は、
(なんであんなこと言っちゃったんだろう)
と、反省しつつ目を閉じた。
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