第45話 夏祭り03

やがて、楽しい時間はあっという間に過ぎ、昼のお祭りが終わる。

晩ご飯の時間が近づき、ちょっと拗ねるユリカちゃんを連れてアンナさんが家に戻って行った。

ここからは大人の時間になる。

ユリカちゃんには少し申し訳ないと思いつつも、私は宴会場へと向かった。

昼間、踊りを踊っていた場所にテーブルやイスがいくつも置かれている。

その周りには炊き出しのテーブルもあり、いろいろな料理が置かれていた。

まずはお酒を取りに行く。

ワインと少し迷ったけど、とりあえず最初はビールをもらった。

そして、今度は適当なつまみを取りに炊き出しの列に並ぶ。

すると、そこでジミーと隣り合った。


私が、

「あら。『駐在さん』の仕事はどうしたの?」

とジト目で聞くが、ジミーは、

「一杯くらいなら仕事に影響はないさ」

と悪びれもせずにそう言う。

「あんたねぇ…」

と私がため息を吐くと、ジミーは、

「お。あの煮込み美味そうだな」

と言って話を逸らした。

私は苦笑いでため息を吐く。

そして、私も顔見知りの給仕係のおばさまに、

「あ。そっちの焼き鳥の盛り合わせちょうだい!」

と言って笑顔で焼き鳥を受け取った。


「「乾杯!」」

とジョッキを合わせる。

なぜか流れでジミーと飲むことになってしまった。

「で。最近どうよ?」

という適当な言葉で会話を切り出す。

「…どうよもなにも、相変わらず平和なもんだ」

と、こちらも適当に返してくるジミーに、

「まぁ、それならいいけど…」

と返すと、そこで会話が途切れた。

私は、なんとも気まずい空気になったように感じて、

「そう言えば、あんたいくつ?」

と、どうでもいいことを聞く。

「ん?ああ、そろそろ27だな」

という答えに、

(まぁ、見たまんまね)

と思いつつも、

「へぇ。そうなんだ」

と答えて、また会話が途切れた。

しばし沈黙が続く。

すると、ジミーが、

「この間はすまんかったな。村長にはきちんと言っておいた」

と軽く頭を下げてきた。


「ん?ああ。あれね」

と今度は私が適当に返す。

「ちなみに、あの後魔物は出てない」

「そっか。それは良かったわ」

そして、また会話が途切れかけた時、今度はジミーが、

「そっちはどうだ?」

と聞いてきた。

「ん?相変わらずよ」

と答えてジョッキを傾ける。

「ほう。冒険者様ってのは忙しい商売だな」

と、こちらもジョッキを傾けながらいうジミーに、

「あんたが暇すぎるのよ」

ちょっとした嫌味を返してやった。

「はははっ。そりゃ違いねぇ」

とジミーが笑う。

私は呆れたような表情を浮かべつつも、

「あんたねぇ」

と言って、苦笑いした。


ほんの少し、空気が和んだところで、焼き鳥を頬張る。

大ぶりに切られた肉からじゅわりと脂があふれ出し、タレの甘味と混じって私の喉にビールを求めさせた。

たまらずジョッキを傾け、グイッとビールを飲んだところで、

「ところで、あんたなんでこの村に来たの?」

と、これまで気になっていたことを思い切って聞いてみた。


すると、ジミーの顔がやや曇る。

その表情を見て私は、

(あ。聞いちゃいけないことだったのかしら…)

と感じたが、口から出てしまった言葉はひっこめられない。

私は、咄嗟に、

「ああ、いや、その、…ごめん」

と謝った。

するとジミーはどこか自嘲気味に、

「いや」

と笑ってまたジョッキを傾ける。

そして、「ふぅ…」とひと息吐くと、

「ちょっと休暇をもらってな」

と言った。

「休暇?」

私はその意外な答えに思わず聞き返してしまう。

「ああ。騎士団を辞めると言ったらこの村に回された。もちろん断ったが、世話になった団長に押し切られてな…。その時団長が、『休暇みたいなものだからのんびりやれ』って言ったもんだから、その命令通りのんびりやってるってわけさ」

そう言ってジミーはいかにも適当な感じで煮込みに手を付け、

「お。美味いな。やっぱり大鍋で煮ると味が変わるもんだ」

と、呑気な感想を口にした。


「へぇ…。あんたも『はぐれ』なのね」

とつぶやく。

私は騎士団になんて縁がない。

だから、どういうことがあったのかも全く想像できない。

ジミーの言い方からするときっと良くないことがあったんだろう。

それをここで根掘り葉掘り聞くことはできない。

しかし、私はなんとなく、それが今の自分、「はぐれ聖女」というものになってしまった自分の境遇と重なる所があるような気がして、つい、そう口走ってしまった。


「はぐれ?」

とジミーが聞いてくる。

私は、なんとなく照れながら、

「実は私聖女なの」

と言ってバッチを見せた。

「え!?聖女ってあれか?あの、いけ好かな…。ああ、すまん」

とジミーが驚きついでに普段聖女に抱いている印象を漏らす。

「ええ。その聖女よ」

と私はその言葉に苦笑いを返した。


苦笑いを浮かべたまま私は、

「でも、私は『はぐれ』聖女って言ってね、普通の聖女とはちょっと違うの。ああ『はぐれ』っていうのは、教会に属さない聖女って意味ね。あと、出世街道から外れて『ドサ回り』をやらされる聖女の悪口みたいにも使われてるけど…。まぁ、とにかく、そんな変な立場になっちゃったものだから、冒険者業の傍ら教会からもこき使われてるってわけよ」

と簡単に自分の置かれた状況を簡単に説明してあげる。

するとジミーが、

「ははは」

と笑い、

「なるほど『はぐれ』か…」

と、しんみりとした口調でそうつぶやいた。

その場にしんみりとした空気が流れる。

私はなんともいたたまれないような気持ちになって、とりあえず目の前にあった焼き鳥をつまんだ。

すると、横でジミーが、

「お前はいいな…」

とつぶやいた。

「え?」

と返す。

「いや…。なんていうか、あるんだろ?『やりがい』ってやつが」

と言って、私になんとなく視線を向けてくるジミーに向かって、私は、

「ええ。…あんたは無いの?」

と聞き返した。


「どうだろうな…」

とジミーは苦笑いで曖昧に答える。

そして、

「この村は気に入ってる。だからこれでも一応全力で仕事はしているつもりだ…。しかし、それが果たして自分の望んだ生き方なのかと問われればわからん。…まったく、いい歳して情けないもんさ」

と言うと自嘲気味に笑った。

ジミーが一気にジョッキをあおる。

そして、空になったジョッキをドンとやや勢いよくテーブルに置くと、

「ぷはぁ…。すまんな。変な話をしちまって。…んじゃぁ、ちょいと仕事でもしてくるわ」

とやや照れ隠し気味に言い席を立ち、後ろ手に手を振りながら、すたすたと会場を出て行ってしまった。

私はその後ろ姿を見送りながら、自分もジョッキを傾ける。

そして、なんとも上から目線なのかもしれないが、

(大丈夫、これからよ)

という言葉を心の中でそっとジミーに贈った。


夏の夜空に星が輝く。

私はそんな星空を見上げて、

(南はあっちか…)

と、どうでもいいことを思った。

そして、ジョッキを傾けるが、ビールがもう入っていないことに気が付く。

私は空になったジョッキを見て、

(さて、次はワインかしら)

と思いお酒をもらいに席を立って行った。


スモークチーズをつまみにワインを飲む。

そして、ぼんやり、さきほどジミーが言った「やりがい」というものについて考えてみた。

確かに、私は自分の未熟さを実感して、目の前の課題を知り、そこに責任のようなものを感じて今の仕事に取り組んでいる。

しかし、それがそのまま「やりがい」という物につながるのだろうか?

ジミーが言うように、目の前に与えられた仕事にただ向かっているだけで、それが本当に自分の望んだ道かどうかなんてわからない。

(冒険者になるのは私の夢だった。だから『はぐれ聖女』って肩書がついてきたけど、今の仕事には満足してるしやりがいも感じているんだと思う。でも、その感じてるやりがいって本当に私が望んだ道なのかしら…。本当はもっと自由な冒険を望んでいたはずだけど…)

そんな考えを巡らせ、ワインをひと口飲む。

そして、結局私は、

(…よくわかんないや)

と心の中でつぶやいた。


これからどんな道が続くのか、自分はどの道を選択すればいいのだろうか?

それに答えが出ないなんてことはよくわかっている。

しかし、未来という物はどうしてもやって来てしまうのだから、それについて考えざるを得ない。

わかるはずがない問いを考え続けるというなんとも言えない不条理な現状にまた苦笑いを浮かべた。

(人間って因果な商売ね)

と、シニカルな言葉をそっとつぶやく。

また夜空を見上げて、ため息を吐いた。


(はぁ…。こんな時は、とりあえず明るく飲んでパッと寝るのが一番ね)

と、ややしんみりとしてしまった自分の心に言い聞かせる。

そして、私はワインのお替りをもらうべく席を立っていった。

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