第46話 ラフィーナ王国へ01

夏祭りの夜。

少し飲み過ぎた私が、ユリカちゃんから、

「お酒臭い」

と言われて落ち込んだ日から1週間ほど。

私は今日も村の子供たちに勉強を教えたり追いかけっこをしたりして楽しい毎日を過ごしている。

そして、またいつものように教会からの手紙を受け取った。

ユリカちゃんがちょっと悲しそうな顔をしている。

そんなユリカちゃんの頭を微笑みながら軽く撫で、私は手紙を開封した。


教会長さんからの指示書によると、今回の行先はラフィーナ王国。

(あちゃー…)

と思いながら、同封されている資料に目を通す。

幸い行先はここエルバルド王国との国境に近い村で、片道おおよそ15日ほどの所だった。

しかし、回る村は3か所。

(ねぇ…。段々私の扱いがひどくなってない?)

と思いながら、地図と資料に目を通す。

幸いと言っていいのかどうかわからないが、今回の目的の村々は、同じ森に面しているらしく、順にたどっていくことができそうだ。

(なるほど。それで一気に3か所ってわけね…)

と教会長さんは教会長さんなりに気を遣ってくれているんだろうということを感じて、私は資料を閉じ、さっそく荷づくりに取り掛かった。


翌朝。

「…お仕事頑張ってね」

と、アンナさんのスカートをぎゅっと握り、涙をこらえながらも、気丈に振舞ってくれるユリカちゃんを思いっきり抱きしめてからエリーに跨る。

「いってらっしゃい」

というアンナさんに、

「いってきます」

と笑顔で答え、まだ少し寂しそうにしながらも、

「いってらっしゃい」

と言ってくれたユリカちゃんにも、

「うん。いってきます。なるべく早く帰ってくるからね」

と声を掛けてエリーに前進の合図を出した。


村の門まで来ると、いつものようにジミーに声を掛ける。

「また長いの。頼んだわよ」

と言うと、いつものように、やや真剣な顔で短く、

「おう」

と答えてくれたので私は安心して門をくぐった。


ラフィーナ王国へは一度しか行ったことがない。

その時に感じた印象は、ここエルバルド王国とは違って、少し牧歌的な雰囲気といえばいいのだろうか?

やはり、長寿でヒトの倍以上生きるエルフのことだけあって、どこかのんびりとした雰囲気だと感じたのを覚えている。

料理はエルバルド王国に比べて米をよく食べるのが特徴だろうか。

豊かな穀倉地帯だけあって、ご飯が美味しい。

味付けは茸や肉のうま味を上手に引き出した優しい味わいが特徴的だろうか。

私はなんとなくそんな印象を持っていた。

そこでふと、

(あ。あと、ラフィーナと言えば米酒じゃない!)

と思い出す。

(各村で味が違うって話だったけど、どんな感じなのかしら?王都で出回っているのとどう違うのか、ぜひとも味わってみたいわね)

と考えながらいつものように裏街道へと入っていった。


順調に進むこと12日。

当初の予定より1日早く進んでいる。

そこでその日は早めに小さな宿場町に入り宿を取った。

「今日はゆっくり休んでね」

とエリーに声を掛け、食料なんかの補給に向かう。

小さいとはいえ、宿場町だけあって冒険者や旅人向けの食料や雑貨は充実していた。

米やパスタ、乾燥野菜を買い込んでついでにギルドに顔を出す。

一応、急ぐ旅でついでに依頼をこなすという気は無い。

しかし、どうせ遠出をさせられるのだから、各地の様子を見ておきたい。

そう思って、依頼が張られている掲示板を眺めた。


角ウサギ、ゴブリン、オオトカゲ、鹿…。

相変わらず小物の依頼はあるようだが、大規模な発生を思わせるものや、放置されている依頼はないようで、ひとまずほっとする。

ついでに受付で最近の状況を聞いてみたが、大物が出たということは無いとのことだった。

ただ、最近はラフィーナ方面で依頼が増えているらしい。

少し前には牛の魔物の討伐隊が組まれたそうだ。

また、あくまでも噂話だがという前置き付きで、南の方で猿の魔物の討伐があったという話も聞く。

(そういう依頼が出されること自体は無いことじゃないけど…。でも、なんだか気になるわね…。これはちょっと現地で実情を把握しておいた方がいいかもしれない)

そんなことを思いながら私はギルドを後にした。


宿に戻り、晩ご飯を堪能する。

献立は米の生産が盛んなラフィーナに近いだけあって、みそ汁に炊き込みご飯、そこに川魚の焼き物や野菜の煮物が付くというシンプルながらもなかなか味わい深いものだった。

(たまにはこういうのもいいわね…。なんだか胃がほっとするわ)

としみじみ思いながらゆっくりと食事をとり、風呂に浸かる。

私は数日ぶりに屋根の下で眠り英気を養うと、翌日、再び気を引き締めてラフィーナ王国を目指した。


また裏街道を行き、2日目の午後。

やはり予定よりも1日ちょっと早く、目的のラフィーナ王国の西部、エルバルド王国との国境に近いミリスフィアの町に着いた。

さっそく馬房にエリーを預け、ギルドに向かう。

「教会からの聖女の護衛の依頼が出てたと思うんだけど、依頼相手は来てる?」

と受付で聞くと、受付の女性は、

「少々お待ちください」

と言って、奥に下がり、依頼票らしきものを持って来ると、それを見ながら、

「何かのお間違いじゃないですか?」

とやや怪訝な顔で聞いてきた。


私は、一瞬、

(は?)

と思うが、すぐに、

(ああ。なるほど)

と思い直して、

「私が依頼主の方ね」

と言って苦笑いでバッチを見せる。

すると、その受付の女性は、驚いて、

「失礼しました!」

と言って頭を下げた。

「いや、最初に聖女だと名乗らかなった私も悪いわ。ごめんね」

と、私も軽く頭を下げながら、

(そろそろ学ばなくちゃね…)

と心の中で苦笑いをする。

そして、気を取り直すと、

「で。依頼相手は?」

と再度聞いた。


「え。ああ、はい。まだお着きになってません。あ、ちなみに依頼を受けているのはララベルさんという剣士ですね」

と依頼票を見ながら答える受付の女性に、

「ありがとう。宿はこの近くの『銀砂亭』って所だから来たら伝えてちょうだい」

と簡単に伝えてギルドを出る。

(剣士か…。女性みたいだけど、どんな人かな?)

と少し楽しみなような不安なような思いながら、私は宿に戻って行った。


宿に戻ってまずは銭湯の場所を聞く。

ついでにおすすめの飲み屋も聞いてみた。

ミリスフィアの町は国境の宿場町らしく適度に栄えていて、飲み屋もけっこうな数があるらしい。

そんな情報を聞き、

(さて、この町ではどんなお酒と肴に出会えるかしら)

と思いながら、ワクワクとした気持ちで銭湯へ向かった。


エルバルド王国とは違い木で出来た浴槽に浸かると、いつものように、

「ふいー…」

と声を漏らす。

(ああ、木の香りがするお風呂ってのもいいわねぇ…)

と思いながらゆったりとした気持ちで湯船に浸かりここまでの旅の疲れを癒した。


風呂から上がり、

(さて、まずはビールかしら)

と思いながら宿屋で教えてもらった飲み屋を探す。

宿で聞いた通りに歩いていくと、その『楠屋(くすのきや)』という飲み屋は意外と簡単に見つかった。

(ほう…。よさそうね)

と思いながら、木でできた引き戸を開ける。

「いらっしゃいまし!」

という女の子の声に、

「ひとりだけどいい?」

と聞くと、

「どうぞ!」

と言われたので、案内されるがままカウンターの席へと向かった。


「とりあえずビールね」

と椅子に座りながらさっそく注文を出し、壁に懸けられたメニューを見る。

(うーん。とりあえずお漬物はいっときたいわね。この辺りは野菜が美味しいし。お。肉ジャガがあるじゃん。ちょっとお腹にたまりそうだし。今の気分に持ってこい。…あ。油煮もある!えっと?茸とベーコンか。いいね。いかにもおつまみって感じだし。よし、とりあえずそれね)

と手早く注文を決めて、

「お待ちどう様です!」

と言ってビールを持ってきた給仕の女の子に、

「お漬物と肉ジャガ、それに油煮もちょうだい」

と、さっそく注文を出した。


「かしこまりました!」

と言って給仕の女の子の声を聞くや否や私はひとり心の中で、

(乾杯!)

と声を上げるとさっそくジョッキをやや豪快に傾ける。

そして思わず、

「ぷっはぁ…」

と豪快に息を漏らした。

やはり、風呂上りだからだろうか、ビールが全身を心地よく駆け巡っていく。

見ればビールはもう3分の1ほどの量になっていた。


(あんまり飛ばし過ぎは良くないわね…)

と、自分に言い聞かせつつもまたジョッキを傾ける。

(でも、やっぱり夏はビールよねぇ…)

としみじみ思っていると、

「お漬物と肉ジャガお待ちどうです!」

という声と共に、ほかほかと湯気を上げる肉ジャガとナス、キュウリ、ニンジンの漬物の盛り合わせがやって来た。

(お。やっぱり。これってぬか漬けってやつよね)

と、米の栽培が盛んなこの国ならではの漬物が出てきたことにちょっとした喜びを感じる。

まずはその漬物をポリっとやって、

(あー。これは後で麦焼酎と合わせるやつだわ…)

と思いながら、とりあえずビールを口にした。

(よし)

と謎の気合を入れて肉ジャガを口に運ぶ。

(あっふ…)

肉ジャガは予想以上に熱々だった。

それをはふはふしながら食べる。

ほくほくの食感とじんわりとしみてくる優しい出汁の味がふんわりと口の中に広がって、またビールを進ませた。

甘めのお出汁と肉のうま味が沁み込んだ、ニンジン、タマネギなんかもつまみつつ、またジョッキを傾ける。

すると、あっと言う間にビールがなくなり、私は、

「おかわり!」

と勢いよく注文した。


(ちょっと飛ばし過ぎかな?)

と反省しつつお替りを待つ。

やがて、先ほどと同じ女の子が、

「お待ちどうです。ビールと油煮です!」

と、お待ちかねのビールと油煮を持ってきてくれた。


(そうそう。これこれ)

と思いながら、中に入っていたマッシュルームを今度は慎重にフーフーしてから口に運ぶ。

しかし、それでも、かなり熱々だったマッシュルームに思わず、

「あっふ」

と小さく声を漏らしてしまった。

茸のうま味とベーコンのうま味、その両方が口の中に一気に広がる。

(ああ、もうペースなんて気にしてらんないわ…)

と心の中で何かを諦めた私は、また豪快にジョッキを傾けた。


結局、油煮と肉ジャガで5杯のビールを飲み、さすがに明日に響くといけないと思って、そこからは麦焼酎のお湯割りに切り替え、ゆっくりちびちびと飲み始める。

肉ジャガと油煮に付いていた小さなバゲットでそこそこ満たされたお腹を休めるように、ポリポリとぬか漬けをかじり麦焼酎のお湯割りの甘く香ばしい香りを楽しみながらしっとり2杯ほど飲むと、〆にお茶漬けを食べて店を出た。

(いけない。ちょっと飲み過ぎたかしら…)

と思いつつも笑顔で初めての町の道を歩く。

ほんのりと温かい夜風がそっと撫でていった。

(さて、明日から頑張らなくちゃね)

と思いつつも、足元がふわふわとする。

私はふと立ち止まって、

「ふぅ…」

と深呼吸するように息を吐くと、また、気を取り直して宿へと戻っていった。

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