第44話 夏祭り02
世界一美味しい普通のクリームシチューを心から堪能し、ユリカちゃんと一緒に寝てぽかぽかで目覚める。
昨日の夜からユリカちゃんの頭の中はお祭り一色に染まっているらしい。
今朝も昨日と同じように
「あのね。今日はたくさんお店がでるの。森の神様に踊りも見せるし、お芝居もあるんだよ!」
と私にお祭りがいかに楽しいかを一生懸命説明してくれた。
「そっか、それは楽しみだね」
と私もまた同じように笑顔で答え、
「うん!」
と嬉しそうに返事をするユリカちゃんの頭を撫でてあげる。
すると、ユリカちゃんは少しくすぐったそうにしながら、
「ねぇ、ジルお姉ちゃんも一緒に見て回るんでしょ?」
と、これまた昨日から何度目かの同じ質問をしてきた。
「もちろん。一緒にたくさんお店を見て回ろうね」
と何度目かの約束する。
ユリカちゃんが、
「えへへ…」
と照れ笑いして、私も、
「うふふ」
と微笑んだ。
アンナさんも私たちのやり取りを嬉しそうに眺めている。
ただココだけは朝食のナッツを夢中で頬張っていた。
朝食を済ませると、さっそく、
「早く行こう!」
と言うユリカちゃんに手を引かれて家を出る。
すっかり濃い緑に覆われた村の畑の脇のあぜ道を、ユリカちゃんを真ん中にして3人で手をつなぎなから歩いていると、ユリカちゃんが、
「まずはね。森の神様に見せる踊りをみんなが踊るんだよ。だから、まずはそっちを見て、それからお店を見るの。でね、そこで買ったものを食べながらお芝居を見たり、人形劇を見たりするんだよ!」
と、今日の流れを教えてくれた。
そこにアンナさんが、
「大人たちは夜も宴会になるのよ。ユリカは私が見ていますから、ジルちゃんはそっちにも参加してね」
と追加してくれる。
「へぇ。それは楽しみね」
と、私も話を聞くだけで楽しい気持ちになりながら、ウキウキと会場を目指した。
村人総出で行う祭りだけあって、会場に向かう途中、何人もの顔見知りと会う。
その人たちとも連なって、会場の広場に着くと、もう結構な人数が集まっていた。
私たちもさっそく広場が良く見える場所に陣取る。
すると、ちょうど踊りが始まるところだったらしく、綺麗な衣装を着た村の人達が徐々に集まって来て輪を作り始めた。
女性は、色鮮やかな刺繍や花飾りが付いたエプロンドレスのようなものを身にまとい、頭には花冠を乗せている。
男性は、羽飾りが付いた黒い帽子と赤いチェックのベストを全員が着ていた。
やがて輪が整うと、笛や太鼓が鳴らされて踊りの輪が回り始める。
男性が女性の手を取って回すと、女性のスカートにつけられた、刺繍や花飾りがふわふわと舞った。
それを見た子供たちはきゃっきゃとはしゃぎだす。
大人たちもみんな笑顔で、気が付けば踊りの輪の周りには笑顔の輪が広がっていた。
ユリカちゃんも、
「きれい…」
と、うっとりした様子でその踊りの輪を飽きない様子で眺めている。
「ええ。とってもきれい」
私もアンナさんも同じようにその踊りの輪をキラキラとした目で見つめ続けた。
途中から、曲調が早くなり、踊りの輪も早く回り始める。
(うわぁ…けっこうきつそうね)
と、変なことを思いながら見ていると、やがて周りから一斉に手拍子が熾り始めた。
どうやら踊っている人たちを煽り立てるような意味があるらしい。
私たちも楽しく手を叩く。
すると、踊りの輪はもっと早く回り出し、周囲から歓声が上がった。
踊っている人たちの息は見るからに上がっている。
夏の日差しに照らされて全員の顔に汗が輝いていた。
しかし、みんなの顔には心から楽しそうな笑顔が浮かんでいる。
そんな笑顔と共に、踊りは最高潮を迎え、やがて、万雷の拍手を送られてその輪が解かれた。
「きれいだったね!」
とキラキラした目でいうユリカちゃんに、
「うん。とっても楽しそうだったね」
と返す。
すると、アンナさんが、
「来年は踊ってみたら?」
と、とんでもないことを言ってきた。
思わず、
「え?」
と聞き返す。
「あの踊りは村の独身の人達が踊るの。だから、ジルちゃんも参加できるのよ?」
と、ちょっとイタズラな顔を私に向けてくるアンナさんに、私は慌てて、
「いやいや!私踊りなんてやったことが無いし、それに正式な村人じゃないもの」
と言い、いかにも冗談じゃないといった感じでそう答えた。
「あら、そう?でも、ジルちゃんはもう立派な村の一員だと思うんだけど。違ったの?」
と、またアンナさんがイタズラっぽい顔を私に向けてくる。
私はなんだか急に恥ずかしくなって、
「え、えっと…。あ、そうだ。そろそろお昼でしょ?まずは食べ物を買いにいきましょう!ねぇ、ユリカちゃん。何が食べたい?」
と、強引に話題を変えた。
「あのね。私、綿菓子が食べたい!」
というユリカちゃんの声に、
「よし。じゃぁ買いに行こうか!あ、でもご飯が入らなくなるといけないから私と半分こね」
と言って、ユリカちゃんと手をつなぎ、さっそく屋台が並んでいる方へと足を向ける。
そんな私の後から、
「あらあら、まぁまぁ」
というアンナさんの微笑ましいような声が聞こえてきた。
さっそく綿菓子の屋台に並ぶ。
おじさんがくるくると器用に綿菓子を巻き付ける様子を、楽しそうに見つめるユリカちゃんを見ているうちに、さっきのアンナさんの言葉で少し頬を火照った頬は何とか冷めてくれた。
村の一員。
そう言われて嬉しい気持ちはもちろんある。
しかし、照れくさくて、その言葉を素直に受け取れない自分もいた。
(なにやってんのよ…)
と自分で自分が情けなくなる。
(どうして素直になれないかなぁ…)
そう思って密かにため息を吐いていると、
「ジルお姉ちゃん、どうしたの?」
とユリカちゃんから心配そうな顔を向けられてしまった。
その顔に、ハッとして、
「なんでもないわ。ちょっとお腹が空いただけだから」
と笑顔で返す。
そして、
(ほんと、なにやってんのよ…。子供に心配かけちゃだめでしょ!)
と自分を自分で叱りつけた。
「じゃぁ、綿菓子先に食べていいよ」
と言ってくれる優しいユリカちゃんの言葉に苦笑いしながら綿菓子をひと口かじり、
「美味しい?」
と聞いてくるユリカちゃんに、
「うん。とっても甘くて美味しいよ。ひと口食べたら元気出てきちゃった」
と笑顔を返す。
そして、同じく綿菓子を食べて、
「あっまーい!」
と喜ぶユリカちゃんの頭を軽く撫でてあげながら、
「ご飯までもう少し時間があるから遊べる屋台を見て回ろっか?」
と提案した。
弓矢当て、くじ引き、と回って次に輪投げの屋台に向かう。
すると、そこで店番をしていたのはジミーだった。
「あ、駐在さんだ!」
というユリカちゃんに、
「よう。元気そうだな」
と気軽に答えるジミーへ、
「ちょっと、お祭りなんだから警備とかしなくていいの?」
とジト目を向ける。
するとジミーは、いかにも呑気そうな感じで、
「そういう仕事は酔っ払いが増える夜が本番になるな」
と返してきた。
「まったく、もう…」
と、呆れたような声を返す。
しかし、ジミーは悪びれた様子も無く、
「どうだ?あの木彫りの熊なんて力作だぜ」
と、やや胸を張って言ってきた。
どうやら、その木彫りの熊は自分で作ったらしい。
(子供向けの景品が木彫りの熊って…)
と確かに力作らしく、今にも「ガオォー!」と吠えそうな熊を見て私は苦笑いを浮かべた。
私は、まだ胸を張っているジミーを若干無視して、
「あはは…。ねぇ、あっちのアクセサリーなんて可愛いから、ちょっとやってみようか?」
と言うと、さっそく1回分5つの輪をもらってユリカちゃんに渡す。
「うん!」
と言ってユリカちゃんがさっそく輪を投げるが、その輪は全て外れてしまった。
シュンとするユリカちゃんにジミーが、
「残念だったな。でも、安心しろ。残念賞はこのリスの小さいぬいぐるみだ」
と言って木箱の中から小さいリスのぬいぐるみを取り出して、ユリカちゃんに渡す。
それを見て、ユリカちゃんは一気に喜びの表情を浮かべた。
「ねぇ。見て、ジルお姉ちゃん。すっごく可愛いよ!」
と言って私に満面の笑顔とその小さなぬいぐるみを見せてくる。
「いいのがもらえて良かったね」
と言って、頭を撫でてあげると、ユリカちゃんはくすぐったそうに、
「えへへ」
と笑った。
その後、輪投げ屋ことジミーに別れを告げ、食べ物の屋台を回る。
ホットドッグ、ピザ、サンドイッチに串焼き。
スープにクッキー、綺麗な色の飴玉なんかをたっぷり買って、さっそくお芝居の会場に向かった。
芝居の内容はいわゆる勧善懲悪物で、昔の時代の伝説的な名君が、お忍びで町に繰り出し悪人を懲らしめるという内容。
子供にはあまり響かない内容かと思ったが、意外にもユリカちゃんは楽しそうにしている。
(意外とこういうのも好きなのね…。今度お土産に本を買って来る時は冒険物にしようかしら)
と考えながら、私もアンナさんもそのお芝居を楽しく観た。
やがて大人向けのお芝居が終わり、次は子供向けの人形劇が始まるまでの間、食事にする。
小さな口で懸命にホットドッグにかじりつくユリカちゃんの口元をアンナさんと交代でたまに拭いてあげたりしながら屋外で食べる楽しい食事を楽しんだ。
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