第36話 アイカとユナ01

ジミーの意外な一面を知った日から10日余り。

私は相変わらず休日を謳歌している。

村の子供たちと遊び、薬草を作って本を読む。

そんな毎日に終止符を打ったのは、いつもの通り教会からの手紙だった。

私が手紙を受け取るところを目撃してしまったユリカちゃんが、

「…また、お仕事なの?」

と悲しそうな顔をする。

私はそんなユリカちゃんの顔を見て、困ったような笑顔を浮かべると、

「うん。たぶん…」

と言って、優しく頭を撫でてあげた。


私の足に抱き着いてくるユリカちゃんを抱え上げて、リビングに向かう。

そこで、問題の手紙を開封した。

中に入っていたのは、いつもの指示書と教会長さんからの手紙。

まずは教会長さんの手紙を読む。

ざっと目を通していくと、どうやら新しい武器の予算を付けてくれたらしい。

バルドさんにも確認したらしいが、魔道具の職人との合作になるから半年ほどかかるそうだ。

出来上がり次第また連絡するからその時は王都まで出てくるようにと書いてあった。

(マジで!?)

と心の中で喜びの声を上げながら、次に指示書に目を移す。

そちらは今までの物とほとんど同じ事務的な内容だった。


これまでとの違いがあるとすれば、指示を出してきた人物の名前が教会長さんの名前になっていることくらいだろうか。

次の目的地は2か所。

ライナス子爵領ルッツ村とサイス村という所を指定された。

2つとも同じ領内ということだし、それほど離れていないのだろう。

今回はそこまで危険は無さそうだと思ったが、また護衛の冒険者を付けてくれたと書いてある。

前回と違い私はそれを素直な気持ちで受け入れた。


(さて、今度はどんな冒険者と会えるのかな?)

と楽しみに思う気持ちさえある。

おそらく、こんなふうに思えるようになったのも、あの「烈火」との出会いがあったからだろう。

私は、そんな自分の心境の変化を少し恥ずかしく、しかし、嬉しく思いながら、何となく今回の旅の行程を思い描いた。


(ライナス子爵領までは確か10日もかからないから、そんなに長くはならないかな?いや、2か所だからやっぱり1か月はかかっちゃうか…。途中、何も無ければいいけど…。そう言えば、あの領って小さな町ばっかりだけど、たしか牧畜が盛んだったわよね。ということは今回のお土産は畜産物かしら?)

と思いながら、私はまだ足にしがみついているユリカちゃんに、

「今度のお土産はお肉かチーズにするね」

と言って、微笑む。

するとユリカちゃんはちょっとふてくされたような、悲しそうな顔で渋々、

「うん…」

とうなずいてくれた。


ユリカちゃんのことをアンナさんに頼み、さっそく準備に取り掛かる。

慣れた感じで荷物を詰め込み、簡単に地図で目的の村の位置を確認した。

地図で見る限り2つの村の間は馬で2日ほど。

冒険の日数も加えると、やはり最低でも1か月くらいはかかりそうだ。

「はぁ…」

とため息を吐く。

しかし、

(この仕事は私にしかできないことなんだから、責任持って勤めなきゃね)

と気を引き締めた。


夕方。

お風呂の中でも寂しそうにしているユリカちゃんに、

「あのね」

と話しかける。

「なぁに?」

と聞き返してくるユリカちゃんに私は今、自分がどんな仕事をしているのかをなるべくわかりやすく説明してあげた。

私が聖女であること。

聖女というのはみんなのために村の土地を元気にしてあげる仕事だということを話す。

そして、冒険者もしていて、森の中まで入って土地を元気にしてあげることができるのは今の所私しかいないということを話すと、ユリカちゃんは驚きの表情を見せた。


「ジルお姉ちゃんってすごい人だったんだね!?」

というユリカちゃんのキラキラと輝く真っすぐな瞳に私は照れ、

「すごいかどうかはわからないけど…。そういう訳だから、今のお仕事は私がどうしても頑張らなくちゃいけないんだ」

と、はにかみながら答える。

するとユリカちゃんは何やら考え込むような仕草を見せ、

「あのね。私、寂しいよ。でもね、ジルお姉ちゃんにはお仕事頑張って欲しい。だって、それってみんなに喜んでもらえるお仕事なんでしょ?だから応援するね!」

と言ってくれた。

その言葉を聞いて私の胸と瞳に熱いものが込み上げてくる。

私は思わずユリカちゃんを抱きしめた。


「ありがとう…」

そう言う私の胸元から、

「もう、ジルお姉ちゃん、暑いよ」

とくすぐったそうなユリカちゃんの声が聞こえてくる。

しかし、私はそれでもかまわずユリカちゃんをさらに強く抱きしめた。


「うふふ」

「あはは」

とおでことおでこをくっつけて笑い合う。

そして、

「私お仕事頑張ってくるね!」

「うん。応援してる!」

と言葉を交わすと、寂しさの代わりに嬉しさが込み上げてきた。


お風呂から上がり、アンナさんの作ってくれたご飯を食べる。

いつもの出発前夜とは違い、ほんのりと温かい雰囲気で食事は進み、その日はみんな笑顔で床に就いた。


翌朝。

やはり寂しそうながらも、しっかりと私を見つめて、

「いってらっしゃい!」

と言ってくれるユリカちゃんに、

「行ってきます!」

と元気に答えてエリーに跨る。

手を振りながら何度も振り返るのはいつもといっしょ。

でも寂しさはいつもよりも少なく感じた。

笑顔を浮かべてあぜ道を進む。

そして、門の所で意外と真面目なやつだと判明したジミーに、

「頼んだわね」

と声を掛けると、

「おう」

と短く返事をするジミーの声を聞いて私は意気揚々と村の門をくぐっていった。


村から伸びる細い道を通り、いつものように裏街道へ入っていく。

初夏の日差しが眩しい。

ひと頃に比べてずいぶんと濃くなった木々の緑の間からこぼれてくる光に目を細めた。

(そろそろ夏ね)

そんな当たり前の感想を持ちながらエリーの背にのんびりと揺られる。

木立の間を抜けてそよ風が吹き、優しく私の髪を撫でていった。

「ぶるる」

と鳴いてエリーもどこか機嫌が良さそうだ。

足取りもどこか軽いように感じる。

(また新しい冒険が始まる)

そう思うと私はウキウキとした気持ちになっていつの間にか微笑みながら木立の中を通る細い道を進んで行った。


それからいつものように野営を挟み、小さな宿場町を経由しながら進むこと8日。

昼を少し過ぎたくらいの時間。

ライナス子爵領の領都メイの町の門をくぐる。

一応、領の中心だから領都ということになるのだろうが、実際は少し大きな宿場町といった雰囲気の町だ。

そんな町に入ると、私はさっそく宿をとり、ギルドへと向かった。


今回の護衛の冒険者とはこの町のギルドで待ち合わせることになっている。

(さて、どんな人達だろう?)

と思って受付に行き、教会から依頼が入っているはずだが、その冒険者は来ているかと訊ねた。

「ああ。それなら昨日着いてますよ」

という受付のお姉さんに、

「よかった。ちなみに、どんな人達?」

と聞いてみる。

すると受付のお姉さんは、

「はい。アイカとユナっていうドワーフとエルフの女性2人組なんですけど、どちらも元々ソロで5、6年はやっていたと思います。その2人が最近になって組んだみたいですね」

と答えてくれた。


(へぇ。私よりちょっと先輩ね)

と思いながら、2人のいる宿を聞き、さっそく向かう。

(いてくれればいいけど)

と思いながら受付係に聞くと、2人は上手い具合にいてくれて、すぐに呼んできてもらえた。

ややあって、受付係と一緒に2人の女性が階段を降りてくる。

「やぁやぁ初めまして…って、えっと、聖女さん?」

と聞いてくる小柄で少しがっしりとした、しかし、なんとも愛嬌のある感じの女性が、右手を差し出しながら、こてんと首を傾げた。


「ええ。一応そうよ」

と言いながら差し出された右手を軽く握り、

「ジルよ。これでも一応聖女」

と名乗る。

「へぇ…。ああ、ごめん、ちょっと驚いちゃったよ。私アイカね。見ての通りドワーフ」

と、名乗ってくれたアイカに短く、

「よろしく」

と言うと、次に隣にいたおっとりした感じのエルフの女性に、

「ジルよ。よろしく」

と自己紹介しながら、右手を差し出した。

そのエルフの女性は、見た目の通りおっとりとした口調で、

「はい。ユナっていいます。こちらこそよろしくお願いしますね」

と言って優しく右手を握り返しくる。

そんな簡単な自己紹介を済ませると、私たちはさっそく食堂へ向かった。


昼を過ぎた頃で、食堂には数人の冒険者しかいない。

適当に窓際の明るい席に腰掛ける。

「お茶でいい?」

と聞いてくるユナに、

「ええ」

と答えると、アイカが、

「お姉さん!お茶ちょうだい!」

と奥にいた店員の女性に向かって元気よく声を掛けた。

(なんだか良いコンビね)

と思いながら2人を見つめる。

すると、ユナが、「どうかした?」というような顔でこちらを見てきた。


私は少し焦って、取り繕うように、

「いや、さっきギルドで2人はまだ組んで間もないって聞いたんだけど、なんか馴染んでるなって思ってね」

と言いながら苦笑いする。

そんな話に横からアイカが、

「あはは!それギルドのお姉さんにも言われたよ。『2人はもう組んで長いの?』ってね。私たちが組んだのは最近だし、冒険者になったのも5、6年前だって言ったらすっごい驚いてた。…なんでだろうね?」

と言って加わってくると、ユナもおかしそうに「ふふっ」と笑いながら、

「初めて会った時もなんだか初めて会った気がしなかったわねぇ」

と言った。

私はそんな2人の様子を見て、

(ふふ。今回も楽しい冒険になりそうね)

と密かに楽しい気持ちを心に抱いた。

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