第37話 アイカとユナ02

ややあって、お茶が来ると、飲みながら今回の冒険の話に移る。

「えっと、聞いてると思うけど、今回、お願いしたいのは私の護衛。って言っても見ての通り、足手まといにならないくらいには動けるからそこまで心配しないで。ああ、ちなみに得物は薙刀ね」

と言って私が簡単に、自己紹介の続きをしながら話を切り出すと、

「へぇ。薙刀っていうのは珍しいね。たしかに、教会からの依頼書には冒険者としても活動してるって書いてあったけど、予想以上にちゃんと冒険者でびっくりしちゃったよ」

とアイカがどこか感心したような表情を私に向けてきた。

私はなんだか照れてしまって、

「といっても、まだ3年ちょっとしかやってないからひよっこだけどね」

と謙遜する。

するとそこへユナが、

「うふふ。それでもとってもすごいことだわ」

と言って微笑んだ。


そのユナの柔らかい微笑みに私はまた照れてしまって、

「ま、まぁ、とにかく。今回の目的は私の仕事、つまり、地脈の浄化が最優先だから、無茶はせずに撤退もあり得るわ。その点は頭に入れておいて」

と、やや強引に話題を変える。

「了解」

と短く、しかし、明るい声で答えるアイカと、

「うん。わかったわ」

とやはり微笑みながらおっとりとした口調で答える2人を頼もしく思いながら、次は戦術の話に移った。


アイカは盾と短剣。

防御魔法が少し使えるらしい。

ユナは弓と魔法。

ただし、魔法は広範囲型の火魔法が得意らしく乱戦や森の中の戦闘には向かないそうだ。

私がただの護衛対象であるという前提で2人が想定していた作戦は、ユナが魔物を牽制しながら、アイカが私を連れて逃げるというもの。

まともに戦うという選択肢は最初から消していたそうだ。

だが、私がゴブリンや熊、角ウサギ程度ならソロで相手をしてきたとなれば話は違って来る。

そこで私たち3人は話し合って、私とアイカが前衛でユナが後衛、また、ユナに護衛が必要な場合は、アイカが務めるというのを基本にすることにした。


基本的な戦術が決まると、次に行程の話に移る。

さっそく明日から行動を開始することにした。

まず向かうのはここメイの町から近いルッツ村。

距離は馬で1日といったところだろう。

そこで、まずは村に設置してある浄化の魔導石を確認して森の中へ入る。

そして、2日ほどかけてサイス村に移動し、また同じように行動するという予定を立てた。

大まかな予定を立ててまずは各々部屋に戻る。

話の流れでその日の夕食をともにすることになった。


部屋に戻りひとりになると、なんとも言えない嬉しさが込み上げてくる。

「烈火」のような圧倒的な存在でもなく、「アイビー」のような後輩でもない。

同じくらいの経験がある冒険者との旅。

私にとっては初めての経験だ。

ドキドキするようなワクワクするような。

なんとも言えない不思議な高揚感で私の胸に広がった。


手早く風呂に入り、簡単に身支度を整えて食堂へ降りていく。

すると、食堂の奥の方から、

「おーい。こっちこっち!」

とアイカが手を振りながら私に呼びかけてきた。

「ごめん。待たせたかな?」

と言う私に、ユナが、

「いいえ。私たちも今来たばっかりよ」

と微笑んでくれる。

「あのね。ここの宿ハンバーガーが美味しいんだよ!」

と笑顔でおススメを教えてくれたアイカの提案を素直に受け入れて、その日の晩ご飯はみんなでハンバーガーを食べることになった。


分厚いパティが2枚挟まり、周りにチーズがとろりとこぼれる大ぶりのハンバーガーにみんなで一斉にかぶりつく。

かぶりついた瞬間に、じゅわりと肉汁が溢れ、チーズの濃厚な香りが私の鼻腔をくすぐった。

うま味が口いっぱいに広がっていく。

トマトの酸味とレタスのシャキシャキとした食感もいい。

野菜の瑞々しさが口の中で肉とチーズの脂を少しさっぱりさせ、私は思わず何個でも食べられそうな錯覚を覚えてしまった。

(さすがに、この量を何個もってのは無理よね)

と自分で自分に苦笑いをしていると、私の正面から、

「お姉さん!お替り!」

というアイカが明るい声を上げる。

私は思わず目を丸くして、

(え!?)

というような顔をすると、ユナが、

「この子とってもよく食べるのよ」

と言っておかしそうに笑った。


「え?なによ、その言い方。まるで私が食いしん坊みたいじゃない」

と少しむくれるアイカにユナが、

「あら。違ったの?」

と笑顔でつっこむ。

すると、アイカが、

「…まぁ、よく食べるのは認めるけどさ。…これでも一応乙女なんだからね」

と少し恥ずかしそうに言いって、それをユナが、

「うふふ。ごめんね。でも、その食べっぷりはいつ見ても気持ちがいいわ。私好きよ」

と言って宥めた。

私はその会話をなんとも楽しく聞きながら、

「あははっ。いいコンビだね」

と2人につっこんだ。

「まぁ、そうだね」

「ええ。そうみたいね」

と2人が笑う。

私もさらに笑顔になって、さらにみんなで笑い合った。


そんな笑顔で距離が縮まったからだろうか。

そこから話に花が咲く。

アイカは王都の外れで野鍛冶をしている家に生まれたらしい。

両親と兄と弟の5人家族。

毎日、よく食べよく笑う楽しい家だったというのがその話ぶりから十分に伝わってきた。

ユナはエルフの国ラフィーナ王国の出身だが、小さい頃からエルバルド王国に住んでいて、なんとあのクレインバッハ侯爵領が実質的な故郷らしい。

実家は絹織物を中心に扱う商家で、侯爵家お出入りの大店なんだそうだ。

4人兄弟の末っ子で、今のおっとりとした雰囲気からは想像できないが、家族全員の反対を押し切って冒険者になったのだとか。

(意外と芯の強い子なのね)

と感心しながら話を聞く。

もちろん私の話もして、なんで聖女なのに冒険者になったのかという話をしたら、そうとう驚かれた。


そんな私の話を聞いて、アイカが、

「ねぇ。その『はぐれ聖女』って初めて聞くけど、ジルの他にもいるの?そういう教会に属してない人って」

と、単純な疑問を口にする。

その疑問に私はなんとなく昔教会長さんが、

『聖女の称号っていうのは、教会に長年勤めてたけど、…いろいろあって教会を去らなくてはならなくなってしまった人たちへの功労賞として贈ったり、研究の道で功績があった人なんかに名誉職として贈ったりすることもあるのよ』

と言っていたこと思い出しながら、

「うーん。いわゆる名誉職って感じで、実際に聖女の仕事をしている人はいないかな?…まぁ、なんにしても、冒険者として各地を巡りながらってのはたぶん私だけね」

と答えた。


「へぇ。じゃぁジルはとびっきりの変わり者ってことなんだね」

とアイカが驚いたような感心したような顔を私に向けてくる。

私は、それを否定することもできず、とりあえず、

「…まぁそうなっちゃうかな?」

と答えた。

「あはは。否定しないんだね」

とアイカが少しからかうような目を私に向けてくる。

しかし、私はそれに対して、

「ええ。自覚してるもの」

と肩をすくめて苦笑いでそう答えた。

そんなやり取りがおかしくて、またみんなで笑い合う。

そして、その笑いが一段落したころ、ユナが、

「うふふ。でも、とっても素敵なお仕事ね」

と、意外な感想を言ってきた。

「そう?」

私は何がそんなに素敵に感じるのだろうか?というような疑問を浮かべてそう聞き返す。

すると、ユナは優しい微笑みで、

「ええ。だって、今ジルがやってることって、誰もやりたがらないけど、大事な仕事ってことでしょ?だから私はとっても素敵だと思うわ」

と少し恥ずかしいセリフを真っすぐ私にぶつけてきた。


私は本当に照れてしまって、

「…たまたま私が最初に気付いたってだけよ」

とややうつむきながらそう答える。

しかし、今度はアイカが、

「ううん。それでもすごいよ。だって、放っておいたら大変なことになりそうじゃん?」

とこちらも真っすぐな目を私に向けてきた。

「そうそう。そんな大切なお仕事のお手伝いが出来て私もうれしいわ」

と、ユナも微笑む。

私はますます照れてしまって、

「だから、そんなたいしたことじゃないんだって…」

と消え入りそうな声でそう答えた。


「うふふ。照れてると可愛いわね」

「あははそうだね!」

と2人が笑う。

「え、ちょ、なによそれ。あんまりからかわないでよね!」

と、私の笑顔でちょっと怒ったふりをすると、また2人が、

「あははっ」

「うふふ」

と笑った。

「…まったく、もう…」

と、私は呆れて苦笑いを返す。

そして、その日の夕食は三者三様に笑顔のまま終わった。


部屋に戻りベッドに転がる。

(なんか嬉しかったな。少し恥ずかしかったけど…)

そう心のなかでつぶやくと、自分の仕事を認めてもらえた嬉しさと、アイカとユナの真っすぐな視線に対する恥ずかしさで、なんともいえないふわふわとした気持ちになった。


「さて。明日から忙しくなるわよ」

私はそのふわふわした気持ちを振り払うようにわざとらしい言葉を口にする。

(なんか仲間って感じがするなぁ…)

そう思うと、また嬉しさが込み上げてきた。

「ふふっ」

と少し身もだえる。

おそらく生まれて初めて感じるくすぐったい感情に嬉しさとほんの少しの戸惑いを感じながら、その日は楽しい気持ちで床に就いた。

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