2章 出会い

第35話 チト村の森

エント村から帰って来て数日。

早くも教会からの手紙が来る。

私が手紙を受け取るのを見て、ユリカちゃんの顔が曇った。

私は苦笑いでユリカちゃんの頭を撫でてあげながらさっそく封を切る。

中身は資料と手紙だった。

資料は例の淀みの兆候があるのではないかと思しき地点の情報で、手紙の差出人は教会長さんになっている。

(また出頭要請かしら?)

と思ってさっそく手紙を読んでみると、そこには、切々と言い訳らしき文章が書かれていた。


手紙の内容は、報告に感謝するという序文で始まり、教会の現状についての嘆きが書かれている。

曰く、

現在の情報だけで本部を総動員することはおろか追加で人員を派遣することも難しいだろう。

動かすにはもう少し情報がいる。

ついては、今後の指示を私の一存で出せるようにした。

今後は、直接指示を出すからどんどん情報を送って欲しい。

また追って連絡する。

要望や意見があったら遠慮なく知らせてほしい。

とのことだった。


私は一瞬我を忘れるほどの憤りを感じたが、ひとつ深呼吸をしてそれを落ち着ける。

きっと教会長さんだってこんな手紙は出したくなかったはずだ。

それに怒るのは筋違いというもので、むしろ私は理解を示してくれている教会長さんに感謝しなくてはならない。

そう思って、私は心配そうに私を見つめるユリカちゃんの頭を撫でてあげながら、

「今回はただのお手紙だったわよ」

と告げると、嬉しそうにはしゃぐユリカちゃんを微笑ましく眺めて、さっそくペンを執った。


私もまずは理解を示してくれたことへのお礼から手紙を始める。

そして、2つの要望を書いた。

ひとつは、ドサ回りをさせられる聖女への教育。

そして、もうひとつは新しい道具の作製だ。

はぐれ聖女への教育はすぐにでも取り組んでもらえるだろう。

しかし、道具の方は、もしかしたら予算が下りないかもしれない。

そう思いながらも、私が思いつく限りの仕様を書き連ねる。

私が要望したのは、より広範囲に浄化できる携帯型の浄化の魔導石。

そして、できればそれを組み込んだ薙刀を作ってくれないかというもの。

かなり無茶な要求だ。

技術的にはおそらく実現可能だろう。

時間もそれほどかかるものじゃない。

しかし、金額は相当高額になる。

一介のはぐれ聖女のためにそんな予算が使えるかどうかは甚だ疑問だと思いつつも私は、「私の武器の詳細はバルドさんという武器職人が知っている」と追記して、その手紙を締めくくった。


手紙を書き終え、ふとアインさんのあの強烈な強化魔法を思い出す。

(あれは、体内の魔素を操作して、武器に流すと言っていたわよね…。だったら私が携帯型の魔導石に魔力を流すのと似た感じのもののはず…。もし、そんな武器があれば私もあれを習得できるかもしれない)

エント村からの帰り道、ずっとそんなことを考えていた。

(もし、それが現実になれば…)

私の可能性は一気に開ける。

しかし、一方で、

(使えるようになるかしら?もし使えるようになったとしても、それを使いこなすだけの実力が今の私にあるかしら…)

という不安な気持ちもあった。

私はその場で軽く頭を横に振る。

(大丈夫よ。きっとできるようになって見せる。そして、使いこなして見せるわ)

そう決意を新たに、まずはリビングに向かい、私が手紙を書き終えて戻って来るのをウズウズしながら待っていてくれたユリカちゃんを抱き上げ、一緒にリリトワちゃんごっこに興じた。


その数日後。

教会長さんから来た手紙の内容からして、当分の間依頼は無いだろうと判断した私はほんの少しぐずり気味のユリカちゃんを宥め、数日の予定で家を出る。

目的は村周辺の森の調査とついでに薬草の採取。

この目で見る限り作物の状態もいいし、森が荒れているという話も聞かない。

村の人達も魔物の影は感じていないらしい。

しかし、私はそのことがどうにも気になっていた。

魔物なんていないに越したことはない。

しかし、全くいないというのはどこか不自然だ。

(心配し過ぎかもしれないけど)

と苦笑いをこぼしながら、あぜ道を歩く。

そして、いつも通り慎重な足取りで森の中へと入っていった。


程よく手入れされた林の中を進んで行く。

この辺りはまだ村人の手によって定期的に管理されている場所だ。

(問題は、普段村の人達が立ち入らないような所だけど、さて、どんな感じになってるのかしら?)

と、考えながら進み、やがて森の影が濃くなってきた辺りで、日が傾き始めるのを見て、とりあえず適当な場所を探し始めた。


やがて、小川を見つけたので少し遡っていく。

すると、倒木のおかげで少し開けた草地を見つけた。

しかし、そこで異変に気が付く。

その場所には誰かが野営をした痕跡が残っていた。


冒険者のよく入る森では、こういう痕跡を見つけることは珍しくない。

しかし、ここ数年村に私以外の冒険者は立ち寄っていないはずだ。

(村の誰かが使ったのかしら?)

そう考えて、まずは周囲をじっくりと観察してみる。

焚火の後は丁寧に処理されているが、火の周りを囲む石積みはそのまま残されていた。

さらに、おそらくテントを固定したりするのに使っているのだろう少し大きめの石や、薪まで置いてある。

私の頭に疑問符が浮かんだ。

私は疑問を持ちながらも、その場の観察を続ける。

さらに周辺を丹念に探ると、木の根元にやや大きな洞があるのが見えた。

何気なく覗くとそこには、鍋や道具箱のような箱が置かれている。

私の頭に浮かんだ疑問符はますます大きくなった。

(なんなのかしら…?誰が何のために?)

と考えてみるが何も思いつかない。

私は、慎重にその場を離れると、その場所が確認できる位置で、目立たないように設営を始めた。


その日はその場所を観察しながら野営をする。

しかし、結局、朝まで誰も現れなかった。

疑問符はどんどん大きくなる。

しかし、いくら気になるとはいえ、いつまでもここに張り付いているわけにもいかない。

そう思って私はとりあえず、野営を解くと、まずは予定通り森の巡回に出発した。


簡単な常備薬に使う薬草をいくつか採取しながら森を観察して歩く。

結果、魔物の痕跡も地脈の乱れも全く見受けられなかった。

その日はそのまま森の奥で野営をして過ごす。

そして、翌日の昼ごろ。

再び初日に野営した地点に戻ってきた。

本来なら今日中に村に戻るつもりだったが、あまりにも気になるので、もう一日だけ例の地点を観察してみることにして設営を始める。

(…もし、何も無くても村長に報告ね。なんだったらジミーにでも確認させればいいと思うけど。…あいつ動くかしら?)

そう思いながら例の地点を観察していると、そこに意外な人物が現れた。


(え!?ジミー?)

私は唖然として、そのジミーの様子を見つめる。

するとジミーは慣れた手つきで淡々と準備を始めると、倒木に腰掛けお茶を飲み始めた。

私は慌てて野営を解く。

(え?なんで??)

と疑問は大きくなるばかりだが、こればっかりは本人に事情を聴くしかない。

そう思って私は急いでジミーのいるところへ向かった。


「こんなところで何してんの?」

無造作に掛けられた私の声に、ジミーが驚きの表情を見せる。

「何してんの?」

私はもう一度声を掛けた。


「…バレちまったか」

そう言ってジミーはいかにも「あちゃー」というような表情を浮かべる。

「バレたって何よ?」

私が訝しげな視線を向けると、ジミーは苦笑いを浮かべて、

「お茶でもどうだ?」

と声を掛けてきた。

一瞬の沈黙が流れる。

私は用心しながらも、ジミーの側に寄り、

「とりあえず話を聞かせなさい」

と問いただした。


「話も何も、これも『駐在さん』のお勤めさ」

とジミーがややシニカルな表情でつぶやく。

「お勤め?」

と聞き返す私に、ジミーは、

「ああ。たまにな。散歩がてら森を見回ってるんだ」

と何気なく答えた。

私はそこでようやくひとつ息を吐いて、

「あんたねぇ…」

と言いながらジミーの隣に腰掛ける。

「まぁ、なんだ…。一応俺もまじめに仕事をしてるってことだよ」

とまた苦笑いで言うジミーに、私は、

「で、村のみんなは知ってるの?」

と、ジト目を向けながらそう聞いた。


「さぁ。どうだろうな?」

と肩をすくめながらそう言うジミーに、

「あのねぇ。…私だったからいいものの、他の人が見つけたらちょっとした騒ぎになりかねないわよ?」

と言うとジミーは頭を掻きながら、ひと言、

「すまん」

と申し訳なさそうな顔でそう言った。


ややあって、本当にお茶を淹れてくれたジミーからコップを受け取り、

「で。なんで黙ってたの?」

と聞いてみる。

「ん?ああ。なんていうか。照れくさくてな」

と訳の分からないことをいうジミーに、

「どうしてよ?」

とさらに聞くとジミーは、

「昼行燈じゃなくなっちまうだろ?」

と冗談めかしてそう答えてきた。


「あんたねぇ…」

と、またため息を吐く。

「まぁ、そういうことだから、村のみんなには黙っておいてくれ」

とジミーは言うが、私はきっぱりと、

「村長には報告しなさい」

と、はねつけた。


私の言葉に不満そうな表情を浮かべるジミーに向かって、

「魔物は?」

と聞いてみるとジミーは、

「ん?ああ。たまに狼がいるくらいだ。あと、角ウサギもだな」

と何気ない様子で返してくる。

その答えを聞いて、私は、少しの怒りと呆れを覚え、

「じゃぁ、なおさら村長に報告しなさい。でないと村の人達が魔物はいないと思って逆に油断しちゃうでしょ?あんたは村を守っているつもりかもしれないけど、逆に村を危険に晒してるかもしれないってことよ。覚えておきなさい」

とため息交じりにお説教をした。

ジミーが一瞬呆けたような表情になる。

しかし、ジミーはすぐに真顔を取り戻すと、

「ああ、その発想は無かった。すまん」

と言って私に謝ってきた。


その意外にも素直な謝罪に対して私は少し照れてしまい、

「…わかればいいのよ」

と返してお茶を飲む。

ジミーも照れたのか、自分もお茶を飲み始め、その場に一瞬の沈黙が流れた。


やがて、ジミーがひとつ息を吐き、おもむろに口を開く。

「騎士は民の盾、民の剣だと教わった」

そういうジミーに、私が、

「…なるほど?」

と、なんとなくわかるようなわからないような、という感じで相槌を打つと、ジミーは、

「騎士は見えない所で努力するのが美徳だとも教わったんだ」

と言って苦笑いした。

そう言われると私も何となくジミーのこの行動の意味が分かったような気がして、

「そっか…。村のみんなに余計な心配は懸けたくないって気持ちが強すぎたってこと?」

と、ジミーにその真意を聞いてみる。

すると、ジミーは、

「…まぁ、そんなところだ」

と照れたような苦笑いを浮かべて、またお茶を飲んだ。

私はそんなジミーの横で、

「そっか。あんたも大変ね」

とつぶやき、淹れてもらったお茶を飲み干すと、

「とりあえず、私も見回ったけど異常はなかったわ」

と言って腰を上げる。

するとジミーが、

「そうか。すまんな。一応明日まではここにいるよ。村長には戻ってから報告する」

と言って右手を差し出してきた。

私は、

「念のため言っておくけど、気を付けなさいね」

と言って、その差し出された右手を握り返す。

そして、

「ああ。わかった」

と答えるジミーにさっさと背を向けると私はその場を離れた。


帰り道。

(…なんだ。真面目にやってんじゃん)

と思って微笑む。

ジミーという人物は謎が多い。

しかし、けっして悪い人間ではないということがわかった。

私はなぜかそれを嬉しく思いながらあぜ道を歩く。

気がつけば夕飯時。

(今日のご飯はなんだろう?)

そんなことを考え、私は足早にアンナさんの家へと向かった。


「ただいま!」

私が元気よく帰還の挨拶をすると、家の奥からユリカちゃんが駆け寄ってきて、

「おかえり!ジルお姉ちゃん」

と言いながら飛びついてくる。

「あのね、今日はハンバーグだよ!」

と嬉しそうに言うユリカちゃんに、私も、

「やった!アンナさんのハンバーグって美味しいよね」

と返すと、ユリカちゃんが元気よく、

「うん!」

と笑った。

ユリカちゃんを抱き上げてリビングに入る。

「おかえりなさい」

と微笑むアンナさんに、

「ただいま」

と返すと、

「先にお風呂にしてくださいな。もうちょっとしたら焼きますからね」

という優しい言葉と微笑みが返って来た。

「はーい」

と返事を返して、ユリカちゃんに、

「一緒に入ろっか!」

と言うとまたユリカちゃんが嬉しそうに、

「うん!」

と返事をする。

私はその明るい笑顔に心の底から愛しさを感じながら、

「よし!じゃぁ、行こっか!」

と声を掛けると、さっそく2人で小さなお風呂場に向かった。


温かいお風呂、楽しい食事、優しい笑顔を堪能し、幸せな気持ちでベッドに入る。

私は横でスヤスヤと寝息を立てるユリカちゃんの頭をそっと撫で、その寝顔に微笑んだ。

(今回も無事に帰って来られたのね…)

と心の中でつぶやく。

そして、ユリカちゃんの温もりを感じながらそっと目を閉じた。

私の胸に幸せな温もりが広がる。

私はその幸せをぎゅっと抱きしめると、そのまま優しい眠りに落ち今回の小さな冒険を締めくくった。

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