第34話 希望

エント村を発ち、2日。

海沿いの町トルースカに着く。

馬房にエリーを預け安宿をとると、さっそく私は市場へと繰り出していった。

港町らしくガヤガヤと賑わう人の間をすり抜けながらお土産を物色する。

(やっぱり魚の形がよくわかるやつのほうがいいわよね。そのほうがユリカちゃんが驚いたり喜んだりしてくれそう)

と思いながら、干物を見て、タイ、アジ、イワシの丸干しなんかを買った。


一応、目的の物を買ったところで、

(さて、他にも何かあるかしら?)

と考えながら市場を歩く。

すると、雑貨屋の店先に小瓶が並べてあるのが目に入った。

いくつかの大きさのガラス瓶でコルクの栓がついている。

普通に塩とか砂糖を入れたりする瓶だ。

私はそれを見て、

(砂と貝殻なんていいかも!)

と思いついた。

さっそく手頃な大きさのものを1つ買って海岸へ向かう。

砂浜に降り立ち、まずは潮風を胸いっぱいに吸い込んで、遠く波が来る方向を眺めた。

(この海の先にはまた国があって、知らない言葉と知らない食べ物があるのかな…)

とぼんやり思う。

この世界の海洋交易はそこまで盛んではない。

せいぜい少し離れたところにある小さな島国や、周辺国とのやり取りをするくらい。

だから、小さな船で海岸沿いにいくつもの港をつなぐいで航海するのが一般的だ。

(どこかに新しい大陸があったりしたら面白いのに)

とそんな冒険小説を読む子供みたいなことを思い、ちょっと苦笑いすると、私はさっそく小瓶に砂を入れ、貝殻を集め始めた。


小さな桃色の貝殻を見て、ユリカちゃんが目を輝かせる姿を思い浮かべる。

(喜んでくれるかな?アンナさんはどうだろう?海っていうのは湖よりも大きいとか、この大陸をぐるりと囲っていて水がしょっぱいってことは知ってると思うけど…。それがどのくらいしょっぱいかは実際に舐めてみないとわからないし、波の音も想像しにくいよね…。なんとかそれを伝えてあげたいけど、こればっかりはしょうがないか…)

と思いながら、海の砂といくつかの貝殻が入った小瓶を見つめた。


やがて、海岸から上がり宿へ戻る。

お土産を置き、手早く身支度を整えると、潮風に吹かれてややべとついた髪を流しにまずは銭湯へと向かった。


風呂上がり、いつものように町をぶらつきながら店を探す。

港町と言ったらやはり魚だ。

そう思って、何軒か覗いてみて、少し綺麗な感じの、でも、どこか大衆的な匂いのする店を見つけると私は、その店を今日の晩酌の店に決めた。


「ひとりだけどいい?」

「へい。どうぞ!」

と陽気な声に迎えられて店内に入る。

店に入った瞬間、磯の香りが胸いっぱいに入り込んできた。

「熱燗、ちょっとぬるめにつけて」

と言いながらカウンターに座り、店内を見る。

客は勤め人が多いだろうか。

少なくとも冒険者は私だけのようだ。

市場で魚を売っているらしき明るい声のおっちゃんや、荷下ろしをしているのだろうか、やたらとごっついおっちゃんらが楽しそうに飲み食いしているのを見て、

(ああ、この店も当たりっぽいわね)

と、ひとりほくそ笑みながら壁に懸けられているメニューに目を移した。


(えっと。とりあえず刺身はいくとして、あとは、あ、げそ焼きなんかいいわね。あと、〆は出汁茶漬けにするから…、あとは煮物かな?)

と今夜の料理を頭の中で組み立てていく。

「あいよ。おまち!」

という威勢のいい声に、

「ありがとう」

と返し、さっそく、

「とりあえず、刺身と煮物をつまみたいんだけど、おススメはなに?」

と聞いてみた。

私の質問に大将はよどみなく、

「そうっすね。今日はアジとクロダイ、ヒラメなんかがおすすめでさぁ、盛り合わせもできやすぜ。あと煮つけはサバですね」

と答える。

私も迷うことなく、

「じゃぁ、それで。あとげそ焼きもちょうだい!」

と手早く注文を出した。

お通しに出てきた昆布の佃煮をちびちびとつまみながらぐい吞みをゆっくりと傾ける。

お酒が喉を通り過ぎると、じんわりとした温かさが広がって、徐々に体に沁みていくのがわかった。


(くぅーっ)

と心の中で叫び、

「はぁ…」

と思わず至福の息を吐きながら、ぼんやりと今回の旅で感じたことを振り返ってみる。

結局、私は未熟者で、未熟者の癖に強がっているただの子供だった。

上には上の冒険者がいたし、教会に物申そうとしても私だけの言葉じゃ誰も耳を貸してくれないだろう。

それに、ひとりで何でもできる気になっていたが、実は心の中では誰かの温もりを求めている。

そんな自分に気が付いた。

(とんだ寂しがり屋の甘えん坊じゃない…)

そう思って自嘲気味に微笑み、またゆっくりとぐい吞みを傾ける。

(私これからどうしたらいいんだろう…)

ふと湧き上がって来る不安を打ち消すように、もう一度ぐい吞みを傾けると、お酒の味が少し苦く感じられた。


「あいよ。まずは刺身ね!」

という大将の声でふと我に返り、

「ありがとう」

と言ってそれを受け取る。

(…いけないわね。こういう味がするときは良くないお酒の時だわ。そうね、ここで落ち込んでてもしょうがない。それに決めたじゃない。前を向いて自分にできることをしっかりやろうって…)

そう思って気持ちを切り替え、ひとつ息を吐くとさっそく刺身をつまんだ。

ツンとくるワサビの刺激に耐え、その奥にある甘味を探す。

しばらく味わっていると、クロダイのコリコリとした身の食感の奥から、さっぱりとして、しかし、濃厚なうま味が口の中に広がり始めた。

またお酒をちびりとやる。

(やっぱり刺身には米酒よね)

と思いながら、また一つまみ。

アジの強い味にお酒を合わせると、今度はそのうま味同士が複雑に絡み合って舌の上に新たなうま味を作りだした。


やがてやって来たサバ味噌とげそ焼きをパクつきながらゆっくりとお酒を楽しむ。

先程までの落ち込んだ気持ちはいつの間にか晴れていて、周りのガヤガヤとした雰囲気も楽しく感じられるようになってきた。

(私はまだまだこれからよ)

とサーシャさんが言ってくれた「大丈夫ジルはこれからよ」という言葉を思い出す。

そんな言葉を思い出して、

(そう。これから。これから冒険者としても成長して、教会にも文句が言えるようになっていけばいい。きっといい仲間にも出会えるだろうし、チト村での生活ももっと楽しくなるわ。だから前を向かなくっちゃいけないのよ)

と、自分を鼓舞するようにそんな言葉を自分に投げかけた。


そんな言葉のおかげだろうか。

お酒の味が甘くなる。

私はその甘い味を、

(今はちょっとだけ甘えててもいいのよ。そのうち誰かに甘えてもらえるような存在、大人になれればいいんだから)

と思ってひとり静かに微笑みながら心行くまで堪能した。


やがて、温まった心と体を抱えて宿屋へ戻る。

そして、幸せな気持ちでベッドに寝転んだ。

窓から差し込む月明かりが、窓辺に置いた小瓶を照らしている。

小瓶の中で小さくキラキラと輝く砂や貝殻を見て、

(楽しみに待っててね)

とつぶやくと、私はそのまま心地よい眠りに落ちていった。


翌朝。

さっそくトルースカの町を発つ。

ここからチト村はまでは何も無ければ15日ほど。

私とエリーはいつものように裏街道を進んで行った。


穏やかな旅路が続く。

本当に平和で何事もない旅路を進むこと14日。

予定よりも1日早く私たちはチト村の入り口の門に辿り着いた。


「ただいま。なにもなかったわよね?」

という私の声に、詰所の奥から、

「ああ。平和なもんだ」

というやる気のない声が返ってくる。

(まったく。いつも通りね)

と苦笑いしながら、

「たまには仕事しなさいよ」

と声を掛けた。

すると、

「ああ、暇だったらな」

というなんとも言えない答えが返って来る。

私はそれにまた苦笑いをすると、私はさっさと門をくぐりアンナさんとユリカちゃんが待つ家へと向かった。

いつものように裏庭に入ると、そこにはすでにココを肩に乗せたユリカちゃんとアンナさんが待っていてくれた。

「おかえり、ジルお姉ちゃん!」

「おかえりなさい」

「きゅきゅっ!」

という3人の出迎えに思わず涙が出そうになる。

私は慌てて目元を袖で拭うと、満面の笑顔で、

「ただいま!」

と声を掛けた。


エリーから降りると、すぐに駆け寄ってくるユリカちゃんを抱え上げ、いつものように抱きしめる。

すると、ココも私の肩の上に乗って来て、

「きゅきゅっ!」

と頬ずりをしてきた。

2人の可愛らしい出迎えで旅の疲れがどこかへ飛んでいく。

「今度のお土産は海のお魚だよ!貝殻も持って帰って来たから、あとで一緒に見ようね」

と私が明るく告げると、ユリカちゃんの目がキラキラと輝いた。

「海!」

という短い言葉に、

「ええ。海よ」

と微笑んで返す。

「早く見たい!」

と私の腕の中でもぞもぞしだすユリカちゃんを地面におろし、頭を撫でてあげた。

私が中腰になって、ユリカちゃんの顔を見ながら、

「じゃぁ、荷物を運びこんだら、さっそく見てみようか!」

と言うと、ユリカちゃんから、

「うん!」

といつものように元気な返事が返って来る。

そんなユリカちゃんと一緒に荷物を運び込み、さっそくいつもの小さなリビングを目指した。


旅で感じた悔しさや羨ましさがどこかへ消えていく。

私の心は温かいもので満たされ、希望だけに満たされた。

おそらく、次も大変な旅になる。

でも、大丈夫だ。

私にはこの家があって、やるべきことに気が付くこともできた。

(あとはやるだけよ)

と、力強い言葉が浮かんでくる。

しかし同時に、

(まぁ、でもちょっとの間はまたアンナさんに甘えてユリカちゃんと遊びたいけどね)

という少し甘えた言葉も浮かんできて、心の中で苦笑いもした。


「早く!」

と言って私の手を引くユリカちゃんの小さな手が温かい。

「うふふ。今晩のおかずはお魚ね」

というアンナさんの優しい声もいつもの通りだ。

(帰ってきたんだな…)

その実感が湧いてくる。

「ただいま」

もう一度、私がつぶやくよういうと、ユリカちゃんは一瞬きょとんとした顔を見せたが、すぐにニッコリと笑って、

「うん!おかえり!」

と言ってくれた。

きっと私の冒険はこれからが本番なんだろう。

でも、その先にはきっと楽しい未来が待っている。

私はなぜかそう確信できた。

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