第31話 地脈の異変05
「あ、あの…」
サーシャさんの魔法に驚き、まともに声が出せない私に向かってまたサーシャさんは困ったように微笑みながら、
「この程度ならけっこういるわよ。できる人」
と言う。
(いやいや…)
私は心の中で両手を顔の前で振りながら否定する。
すると、ガンツのおっさんが、
「そりゃ、エルフの、しかも、腕の良い風魔法使いならって話だろうが。ったく。こんなバカげた魔法使いがそうそういてたまるかよ」
と、苦々しいような表情でつっこんでくれた。
そこへアインさんが、
「さて、終わったがどうする?かゆくなるの覚悟で魔石を取るか?」
と声を掛けてくる。
「私はいいわ」
とサーシャさんが即答し、ガンツのおっさんも、
「ああ、ありゃ面倒だからなぁ」
と渋い表情をした。
そんな中私は、やっと気を取り直し、
「ああ、それなら大丈夫よ。心配ないわ。さっさと取り出しちゃいましょう」
と提案する。
『烈火』の3人全員が「?」という顔をするのに対して私は、
「聖女の力ってものを見せてあげるわ」
と、ややドヤ顔でそう言った。
「…なんだかわからんが、信じるぜ」
と真っ先にガンツのおっさんが私を信用して、皮手袋を付け、さっさと解体に取り掛かってくれる。
私も、
「あ。剥ぎ取り終わったらなるべく1か所にまとめてね」
と言いながら、それに続いた。
やがて、アインさんも手伝いに入ってくれる。
しかし、サーシャさんは、
「小さい頃、ひどい目に遭ったことがあるから…。ごめんね」
と言って作業を遠慮した。
きっとなにかのトラウマでもあるのだろう。
もちろん私は無理強いするつもりは無いので、3人で作業を進めていく。
そして、あっと言う間に解体が終わりいよいよ私の出番となった。
「じゃぁ、私の近くにいてね」
という私の言葉に、アインさんとガンツのおっさんが半信半疑で近寄って来る。
私はいつものように携帯用の浄化の魔導石を地面に突き立てて、周辺を一気に浄化した。
地脈が整い、淀みが解消されたのを確認して集中を解く。
軽く自分で確かめてみたが、魔物の血はきれいさっぱり消えていた。
(うん。いつもどおり洗濯いらずね)
と苦笑いしつつ、横を見ると、アインさんとガンツのおっさんがぽかんとした表情をしている。
「どう?血は取れてるでしょ?」
と声を掛けると、2人は慌てて自分の手やら服を見て、
「これは…」
「おいおい…」
という感想を漏らした。
その様子を遠くで見ていたサーシャさんも近づいてきてアインさんとガンツのおっさんの手や服を確認している。
「さて、行きましょうか」
私は『烈火』の3人にそう声を掛けると、少し胸を張って荷物を取りに戻って行った。
ややあって、森の奥を目指しながら、
「しかし、聖女ってのはあんなことまできるんだな」
と感心したように言うガンツのおっさんに向かって、
「たまたま発見しただけよ。あと、聖女なら誰でもできるってわけじゃないわ。ちょっとしたコツっていうか、細かい操作が必要になるから、今の所私だけの特技よ」
と、やや自慢げに教えてあげる。
すると、それを横で聞いていたアインさんが、
「ほう。それはすごいな。いや、しかし助かった。冒険中は些細なかゆみでも集中力の妨げになる可能性があるからな。あれが無いのは嬉しい」
と素直に感謝してくれた。
そのお礼の言葉に、私は、
「たいしたことじゃないわよ。…ああ、ゴブリンとかも同じだから浄化の心配はないわ」
と答えるが、その瞬間、自分が少しだけ調子に乗っていたことにここでようやく気付き、なぜだかわからないが急に恥ずかしさを覚える。
「ふふっ。お掃除いらずで楽ちんね」
というサーシャさんの言葉に、私は、
「まぁ、そうね」
と、やや気まずい感じで答え、
「さぁ、急ぎましょう」
と照れ隠しに少し早口でそう言うと、さっさと先行して歩き始めた。
順調に進み、その日の野営。
地図を広げてランタンの灯りを囲む。
「現在地はここだ。で、さっきの話じゃ明日はこちらの方向だと言ったな」
というアインさんの言葉に、私が、
「ええ」
と短く答えると、アインさんは軽くうなずき、
「見ての通り、この先は簡単な地図しかない。草原らしい開けた所があるらしいが、それもどうだかわからん。この先の行動はより規律が求められるが、どうだ?」
と私の方に視線を送ってきた。
私は、その視線をしっかり受けて止めて、
「了解したわ」
と、うなずく。
こういう場合の団体行動には統率が必要だ。
リーダーが判断しその指示通りに動く、アインさんは私にそれができるかと問うているのだろう。
私もここでうなずかないほどバカじゃない。
そこからは、アインさんがいざという時の陣形を決め、基本的に私は自分の身を護る以外の戦闘は行わないことになった。
簡単な食事を済ませ、交代で見張りに着く。
(仕方ないわよね…)
と、一緒に見張りをしてくれているサーシャさんの横で焚火に当たりながら、自分の実力の無さを思い、心の中でそうつぶやいた。
今回、私はあくまでも護衛対象でしかない。
それに完璧に連携の取れた『烈火』の3人の戦闘に私が加わることは足手まとい以外の何者でも無いだろう。
それはわかっている。
わかっているが、それでも込み上げてくる悔しさに少し胸が痛んだ。
はぜる薪の音を聞き、揺らめく炎を見ながらなんとなく火の番をする。
すると、私の横に座ってお茶を飲んでいたサーシャさんが、
「大丈夫?」
と声を掛けてきてくれた。
「え?」
と少し間の抜けた感じで答える。
「ふふっ。何か悩み事があったらお姉さんが聞いてあげるわよ?」
といたずらっぽい顔でいうサーシャさんの微笑みに私は苦笑いを浮かべ、
「大丈夫よ」
とだけ答えた。
「そう?ならいいんだけど…」
サーシャさんはそう言ったあと、ふと思い出したように、
「聖女って本来は大変なお仕事なのね」
と、つぶやくように私に聞いてきた。
「え?」
と私がまた聞き返す。
すると今度はサーシャさんが苦笑いを浮かべて、
「私の知ってる聖女ってもっとお役所的な感じの子ばっかりなのよ。それに無駄に偉そうなの」
と、ため息を吐きながらそう言った。
私は、
「まぁ、普通はそうかもね…」
と困ったような笑顔で答える。
確かに、最近の聖女はそう言われても仕方がないのかもしれない。
私はここ最近痛感している聖女の形骸化とまではいえないが、確実に質が低下し、本来の役割を十分に果たせていない現状を思って、ため息を吐いた。
そんな私を見て勘違いをしてしまったのだろうか。
サーシャさんは少し慌てたような感じで、
「ああ。ごめんね。聖女の悪口を言ったつもりはないの。ただ、ジルを見てると、何て言うか、ああ、聖女にもこんな子がいたんだなってちょっと嬉しくなっちゃってね」
と、まるで言い訳のように言ってくる。
しかし、私は軽く首を横に振り、
「いえ。確かに最近の聖女はおかしいわ。でも、なぜか誰も何も言わない…。理由はよくわからないけど。…なんていうか、ヤな感じだわ」
と自分の正直な気持ちを語った。
「ふふっ。よかったわ」
とサーシャさんがつぶやく。
また、「え?」という顔をする私にサーシャさんは、
「ジルみたいな子がいてくれればきっとこの先いい方向に変わっていく。そうでしょ?」
と言って微笑んでくれた。
その言葉にハッとする。
そう。
この先変えて行けばいい。
今の私はあまりにも無力だ。
冒険者としても聖女としても、なんの実力も無い。
しかし、私はそれに気が付いた。
自分の弱さ。
思い上がり。
そんなことを思い出すとまた恥ずかしさが込み上げてくる。
しかし、この恥ずかしさはきっと悪いことじゃない。
私をこの先へ連れて行ってくれる恥ずかしさだ。
私はまだ自分ひとりの力じゃ何にもできない。
いや、弱い私が自分ひとりの力でなんとかできることなんてこの先もたかが知れているだろう。
それでも、私は成長を願った。
すると、
目の前にある問題は解決したい。
気の置けない仲間を作って、そんな仲間と一緒に冒険をしてみたい。
という自分の素直な欲求に気付く。
(私はまだまだ子供だ…)
と自分の未熟さを痛感した。
しかし、悪い気はしない。
(これから変えて行けばいい)
そう思って私は、
「ええ。そうね」
と、サーシャさんに向かって微笑みながらそう答えた。
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