第32話 地脈の異変06

翌日。

冒険中とは思えないほど爽やかな気持ちで目覚める。

しかし、ここからは気が抜けない。

装備を確認し終え、

「よし。いいか?」

というアインさんの言葉に、全員がしっかりとうなずくと、私たちは森の奥を目指して進み始めた。


またいつものように携帯型の浄化の魔導石を使いながら進んで行くが、進むにつれて淀みが濃くなっていく。

(近いわね…)

私も、『烈火』の3人もはっきりとそう感じ始めた時。

ついに一目見てわかる魔物の痕跡を発見した。

「…オークか」

というアインさんのつぶやきに私の緊張が一気に増す。

『烈火』の3人の表情も一気に引き締まった。

アインさんはまず私に目を向けて、

「ジル。サーシャの側を離れるな」

と指示を出す。

私はその気迫に若干押され気味になりがならも、

「…わかった」

と、しっかりうなずいて答えた。


「よし。ガンツ。ここからはお前が先行してくれ。接敵したら護衛を頼む」

「おうよ!」

「サーシャ。ジルを頼む」

「ええ。任せて」

アインさんが明確に指示を出し2人が短く答える。

そして、各々が軽く装備を確認すると、私たちはその痕跡を追って進み始めた。


やがて空気が重くなる。

体にべったりとまとわりついてくるような空気の中を進み、私たちは荒れ果てた草原地帯に出た。

いや、きっとここは少し前まで豊かな森林だったのだろう。

所々に立ち枯れた木がある。

今や見る影もなく荒れ果てたその場所一帯の空気は淀み、なにやら腐臭のようは嫌な臭いまでが漂っていた。


「ガンツ!」

「おう!」

という声とともにアインさんとガンツのおっさんが前に出る。

すると、向こうからものしのしと影が近寄って来た。

3体。

毛むくじゃらでやたらとデカい2足歩行のイノシシ。

色は黒ずみ、長い牙と赤い目がいかにも魔物といった様相で、

「ブオォォッ!」

と醜い声を上げてやってくるオークにアインさんとガンツのおっさんは迷わず突っ込んでいった。


私の目の前でサーシャさんの魔力が爆発的に上がる。

側にいるだけで威圧感を感じるその魔力にあてられながらも私は前線に向かう2人の動きを追った。

実際にオークを見るのは初めてだ。

その実態がどういう物なのか、どう対応すべきなのか、それを知るまたとない機会になる。

そう思って私は、その戦いぶりをしっかりと目に焼き付けるように見つめた。

アインさんとガンツのおっさんが1体に突っ込んでいく。

すると別の1体の太もも辺りが突き破られた。

サーシャさんの魔法だ。

アインさんとガンツのおっさんは、つんのめるその個体には目もくれない。

そして、サーシャさんの次の攻撃が残り1体に向かう。

今度は肩の辺りを撃ち抜いた。

攻撃を食らったそのオークが、

「ブオォォッ!」

と奇声を発しその場にしゃがみ込む。

そこへすかさず次の一撃が襲い、頭を打ち抜いた。

「ふぅ…」

私の目の前でサーシャさんが息を吐く。

おそらく、魔力を練り直しているのだろう。

あれだけの攻撃を3回も連続で放てば無理もない。

いや、あれだけの攻撃を3回も連続で打てること自体が凄い。

私はその一瞬の出来事に圧倒されながらも、無傷の1体と戦うアインさんとガンツのおっさんに目を移した。

オークがこぶしを振り下ろす。

ガンツのおっさんはそれをまともに盾で受けた。

ガンツのおっさんの足が地面を削り、少し押される。

しかし、ガンツのおっさんは踏ん張ってその攻撃を受け止め切った。

(なんなの、あれ…)

私は思わず愕然とする。

おそらく防御魔法だ。

しかし、あの威力を受け止め切る防御魔法なんてそうそう使える物じゃない。

(本当になんなの、あれ…)

と私が思っていると、今度はアインさんが攻撃を受け止められて一瞬隙を作ってしまったオークの懐に飛び込んだ。

「ふんっ!」

という声とともにオークの足が斬り飛ばされる。

(一撃!?)

私はまた唖然とした。

アインさんの剣がわずかに魔力を帯びている。

(強化魔法…いや、それにしたって…)

多少剣を強化した所でオークの足を一刀両断なんてできるものじゃない。

おそらく、剣技と魔法が合わさって初めて可能になる技だ。

その恐ろしい切れ味に目を奪われていると、ガンツのおっさんが倒れ込んだオークの頭に強烈な一撃を叩き込んだ。

オークが声も無く沈黙する。

(オークを一瞬で…)

私がさらに驚いていると、また私の目の前でサーシャさんの魔力が増大した。

サーシャさんの視線の先には最初に太ももを撃ち抜かれたオークがいる。

(え?もう立ち上がってるの!?)

と、驚く間もなく、今度はわき腹の辺りがえぐられ、オークがまた醜い声を上げながら倒れ込んだ。

すかさずアインさんが首筋に一撃を入れる。

そして、戦いはあっと言う間に終了し、辺りは静けさを取り戻した。


「ふぅ…」

サーシャさんが構えを解く。

私はまだ唖然として、戦いが終わった光景を眺めていた。

(私があれに到達なんて…)

そんな無力感が湧いてくる。

今、私の目の前にあるのは圧倒的な実力差。

ただそれだけだった。


「さて、次はジルがお仕事をする番ね」

とサーシャさんがいつものように優しく微笑みながら声を掛けてくる。

私はその言葉でハッと我に返り、

「え、ええ。そうね…」

と声を絞り出した。

一度、

「ふぅー…」

と息を吐き、自分の心を整える。

(まずは、目の前の仕事!)

自分を叱咤するようにそう心の中で叫ぶと、私はゆっくりとオークが倒れている方へと向かっていった。


「よう。洗濯、頼むぜ」

と無神経な声を掛けてくるガンツのおっさんを軽くにらんで携帯用の浄化の魔導石を地面に突き立てる。

そして、魔力を流すといつものように青白い線が不規則に広がっていった。

(…なにこれ)

先程から何度目かわからない言葉を胸の中でつぶやく。

淀みがひどい。

おそらく、ここが今までに感じ取っていた淀みの中心なのだろう。

魔力を流す度に黒い何かに引っかかって邪魔をされる。

私はいつにも増して集中力を高めると、その淀みをひとつひとつ解きほぐすように、地脈の奥深くまで魔力を通し、丹念に浄化を行っていった。


どのくらい時間が経ったのだろうか。

気が付くと、私の周りに『烈火』の3人が座り、呑気にお茶を飲んでいる。

「お疲れ様」

と言って、サーシャさんが私にコップを差し出してくれた。

とりあえず私は、

「ありがとう」

と言って、そのコップを受け取ると、すっかり冷めてしまっているお茶を一気に飲み干す。

「ふぅ…」

と息を吐いて、周りを見渡すと、そこにはすっかり解体されて荷造りされているオークの牙と皮があった。

「すまんが、帰りは荷物持ちを手伝ってくれ」

とアインさんから声を掛けられたので、

「え、ええ。かまわないわ」

と答える。

「はっはっは。これで帰ったらうまい酒が飲めるぜ!」

と笑うガンツのおっさんに、サーシャさんが、

「まったく…。仕方ないわね。ただし、また飲み過ぎたらただじゃおかないから気を付けなさいよ」

と、ため息交じりに声を掛け、アインさんが苦笑いをした。


「さて、少し戻ってから野営にしよう」

そうアインさんが声を掛けると、みんながそれぞれに荷物を背負う。

私も行きよりずいぶんと重たくなった荷物を背負うと、さっそく来た道を引き返し始めた。


帰り道は地図を片手に順調に進む。

オークとの戦いを終えてから2日半。

私たちはようやくエント村にたどり着いた。

「さて。まずは風呂だな」

とアインさんが言うと、

「そうね。まずは落ち着きたいわ」

とサーシャさんが応じて、ガンツのおっさんが、

「ああ。そしてビールだ」

と言って笑う。

そんな光景を見て私は、楽しい気持ちと寂しい気持ちの両方を感じた。

(ふふっ。楽しそうね)

という微笑ましい気持ちと、

(結局、私は何もできなかった)

という悔しさ。

その両方が私の胸に湧き上がって来る。

そんな私に、

「大丈夫よ」

とサーシャさんが声を掛けてきた。

「え?」

と思わず驚いて聞き返してしまう。

「大丈夫。ジルはこれからよ」

とサーシャさんが微笑んだ。

(私、そんなにわかりやすかった?)

私の顔はきっと一瞬で赤くなったのだろう。

そんな私の顔を見て、サーシャさんが、

「うふふ。とりあえずお風呂ね」

と言って微笑む。

私は、それに苦笑いで、

「うん!」

と答えて、宿の玄関をくぐった。

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