第30話 地脈の異変04

翌朝。

早朝、食堂に集合して荷物の確認を行う。

『烈火』の3人の役割はガンツのおっさんが盾とメイス、アインさんは剣で、サーシャさんは弓と風魔法が使えるらしい。

機動力、攻撃力ともにバランスのいい配置で、長年やっているからおそらくコンビネーションもいいのだろう。

装備も初心者ではとても手が出ないような逸品で、なるほどさすがはベテランだと思わせる風格が漂っていた。

私は、

(教会長さんの差配なんだろうけど、ずいぶん奮発したんだろうな…)

と彼らへの依頼料の高さを思って余計な心配をしつつ、『烈火』の3人のすごい装備を見る。

すると、昨日感じた悔しさがまたほんのちょっと首をもたげてきたが、

(勉強できるいい機会じゃないの)

と前向きに捉えて彼らの後に続き、いつものように気を引き締めて森の中へと入って行った。


ここエント村近郊の森は隣領との境をなしていて、かなり深い。

人跡未踏という訳ではないが、奥の方は詳細な地形図が無く、なんとなく大きな山があるとか川が流れているといった大雑把な状況しかわかっていないのが現状だ。

今回は最奥まではいかないが、それでも3日くらいは奥に進まなければ現状把握はできないだろう。

つまり、これまで私が行ってきた冒険とは違い経験と勘が頼りになる部分も多くあるはずだ。

(自分ひとりで出来ると思っていたけれど…)

と、あの教会からの手紙を受け取った時、護衛を付けるという文字を見て、

(余計なことを)

と思ってしまった自分を振り返り恥ずかしさが込み上げてくる。

(思い上がりもいいとこよね。私はこれまで、順調に来ていたし、自分の腕前だってそれなりだと思っていた。完全に過信じゃない…。たった3年しか冒険者をやっていないのに、なんて私は…)

と考えると、余計に恥ずかしさが湧いてきた。


若気の至りと言えばそれまでかもしれない。

でも、冒険と無茶は違う。

「アイビー」の3人にもお姉さん風を吹かせていったはずだ。

「おうちに帰るまでが冒険だ」と。

私はまだ始まってもいない冒険の冒頭から自分の力の無さを痛感し、落ち込んでしまう。

そんな私に、サーシャさんが、

「大丈夫よ」

と一声掛けてくれた。

そのまるで私の気持ちを見抜いたかのようなその言葉にハッとする。

(今はそんな事考えてる場合じゃない。とにかく目の前の事態になんとか対応しなくっちゃ)

私はそんなふうに気を取り直すと、再び前を向いて歩き始めた。


1日目は順調に歩き、普段村人も入るような場所よりもやや奥という場所まで到達する。

適当な水場を見つけると、

「まぁ、今日はこの辺でいいだろう。嬢ちゃん、仕事ってのはいいのか?」

とガンツのおっさんが聞いてきた。

「…なに、その『嬢ちゃん』って。気持ち悪いからやめて」

と冷たく返事をする。

すると、ガンツのおっさんは、

「おいおい。…まぁ、いい。で、ジル。聖女様のお仕事ってやつはいいのか?」

と、ため息交じりに再び同じことを聞いてきた。


「野営の準備が終わったらやるわ。それによって進む方向が変わるかもしれないから、そのつもりでいてちょうだい」

と、みんなにも聞こえるように言う。

すると、ガンツのおっさんではなく、

「ああ。了解だ」

とアインさんが答えて、私たちはさっさと野営の準備を整えた。


手慣れたもので、準備はすぐに終わる。

その様子を確認して私はさっそく仕事に取り掛かった。

携帯型の浄化の魔導石を地面に突き立てて魔力を流す。

(慎重に。いつもよりも慎重に読め)

と自分に言い聞かせながら、じっくりとその流れを見定めていった。

聖女が行う仕事の一つ一つに優劣なんかない。

しかし、その時、なぜだかわからないけれど、この仕事が私のこれからを左右する。

そんな感じを覚えていた。


やがて不規則な青白い線が地表に現れ、私の周りが青白く照らされる。

小さく別れ複雑に絡み合う地脈。

それをひとつひとつ丹念に追い、淀みが伸びていく方向を探った。


ややあって、

「ふぅ…」

と、ひとつ息を吐く。

いつもより慎重に作業したからだろうか、額にはうっすらと汗をかいていた。

私が、作業が終わったことを告げようと思って振りかえると、『烈火』の3人がぽかんとした目でこちらを見ている。

私はなんと声を掛けていいのかわからなかったが、とりあえず、

「明日はあっちの方角に進みましょう」

と言って、淀みを感じた方向を指さした。


「あ、ああ…」

とアインさんが慌てて地図とりだし、方角を確認し始める。

サーシャさんはなぜかうっとりしたような表情を浮かべ、

「まぁ、これが…」

と、つぶやいた。

そこへガンツのおっさんが、

「初めて見るが、こりゃぁ夜でも灯りいらずだな」

とアホなことを言って来る。

そんなガンツのおっさんに私はジト目を向けただけでその言葉を流すと、焚火の前に座り込みさっさとお茶の準備を始めた。


「初めて見たけど、聖女さんたちってこんなこともできるのね」

と私の横に座りながらそう聞いてくるサーシャさんに、

「いや。たぶんこんなことしてるのは私だけよ」

と苦笑いで答える。

「あら?そうなの?」

と不思議がるサーシャさんに、

「こんなふうに地脈の乱れというか魔素の淀みを読んで魔物の居そうな場所を探そうなんて発想、聖女兼冒険者の私くらいしか思いつかないわね」

と苦笑いで答えた。

「あら…。それはもったいないわね」

と真顔でいうサーシャさんに、今度は私が「?」という視線を向ける。

するとサーシャさんは、

「だって、そうでしょ?私たち冒険者からしたらこんなに便利な魔法はないもの」

と笑いながら言った。

私はふと笑い声を漏らす。

「ふふっ。そうかもね」

すると、サーシャさんも笑った。

「ええ。そうね」

おかしそうに笑う2人のささやかな声が焚火の灯りに照らされて夜空に響く。

そして、その夜は静かに、しかし明るく更けていった。


翌朝。

昨日までとは違い、ここからは時々魔素の流れを見ながら進んで行く。

進む度に淀みは濃くなり、私の中で

(そろそろ…)

という思いが強くなっていった。

それは『烈火』の3人にとっても同じだったらしく、彼らはこれまでの経験からやはり、

(そろそろ…)

という感覚を持ったようだ。

作業を終えて私が3人を振り向く。

私がアインさんに視線を向けてうなずくと、アインさんも、

「たぶんトカゲだろう。ちょっと多いかもしれない」

と、うなずきながらそう言った。


大トカゲの魔物、通称トカゲは、体長2メートルほどで、単独であればさほど難しい相手ではない。

おそらく初心者でも大丈夫だろう。

気を付けなければいけないのは、血液に毒が含まれることくらいだ。

しかし、その毒も長時間触れているとかぶれるとか、間違って口にすると腹を下す、というくらいのものだから、よほどのことが無い限り大事には至らない。

ただし、アインさん曰く、今回は数が多いかもしれないという。

そうなると多少は厄介だ。

私は、

(一応、塗り薬の準備はしてきたけど、4人分だと足りるかしら?)

と余計な心配をしつつも『烈火』の3人に続いて、その気配があった方向へと進んで行った。


しばらく進むと、先行していたガンツのおっさんの足が止まる。

「…けっこういやがるみたいだぜ」

と苦々しい声がして、私もガンツのおっさんの視線が向く方に目をやると、森の中にぽっかりと空いた空き地のような場所に20匹ほどのトカゲがたむろしていた。

(…面倒だけど、4人ならそこまでの数じゃないわね)

そう思って私は薙刀の革鞘を外す。

すると、私の肩に突然手が置かれた。


「大丈夫よ」

と微笑むサーシャさんが、ガンツのおっさんとアインさんに軽く目配せをする。

すると、ガンツのおっさんとアインさんはすっとサーシャさんの前に陣取って護衛するような陣形を取った。

サーシャさんが弓を取る。

しかし、矢は無い。

(え?どういうこと?)

と思っていると、サーシャさんが聞こえるか聞こえないかくらいの小さな声で何やらつぶやき始めた。


(何を…あ。魔法?)

と私が気付いた瞬間、サーシャさんから一気に魔法の気配が爆発するように広がっていく。

そして、トカゲたちが次々に何かに射抜かれていった。

異変に気が付いた何匹かのトカゲがドシドシと足音を立ててこちらに向かってくる。

しかし、それも次々に倒され結局、護衛をしているガンツのおっさんとアインさんのもとにすらたどり着けずに全てのトカゲが沈黙させられてっしまった。

「ふぅ…」

と息を吐くのが聞こえる。

攻撃魔法は何度か見たことがあるが、こんなにすごいものは初めて見た。

普通は矢に風の魔法を乗せて威力や飛距離を伸ばすのがせいぜいだろう。

しかし、今サーシャさんが打ち出したのは矢ではなく、おそらく魔法そのもの。

(しかもあの数の魔法の制御って…)

と私は思わずあっけにとられ、サーシャさんの後でぽかんとする私に、

「あれって触るとかゆくなるから嫌いなのよね」

とサーシャさんが困ったような笑顔で振り向きながらそう言った。

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