第29話 地脈の異変03
リッツ村を出るとやや足早にエント村を目指す。
予定よりもずいぶん遅れてしまった。
補給を最低限にして野営を繰り返しながら進む。
しかし、結局エント村に着いたのはチト村を出てから17日後のことだった。
(すっかり遅くなっちゃったけど、護衛の冒険者怒ってないかしら。ていうか、護衛の冒険者ってどんな人達なんだろう?)
といろんなことを考えながら村に唯一あるという宿屋に向かう。
とりあえず受付で、待ち合わせがあることを告げると、受付係の少女は急いで2階に上がっていき、やがて3人の冒険者を連れて戻ってきた。
「「あ」」
そのうちの1人と目が合う。
そこにいたのはなんと、あのアイビーたちと角ウサギを狩ったドルトネス伯爵領の領都ルシアの町でガンツとか呼ばれていたスキンヘッドのおっさんだった。
ということは、と思って見ると、あのアインと呼ばれたひげ面のおっさんもいる。
(なんてこった…)
と思ってため息を吐いていると、そのアインというおっさんが、
「失礼。我々は『烈火』。聖女ジュリエッタ殿の護衛と聞いているが、そちらは?」
と聞いてきた。
(ああ、いつもの展開か)
と私はちょっと辟易しながら、
「ああ、そのジュリエッタっていうのが私よ。ちなみにジルって呼んで」
と言いながらバッチを見せた。
「それは…。いや、失礼した」
と意外にも理知的な対応を取ってくれるアインさんに、
「いえ。それよりも遅くなってしまってごめんなさいね」
と遅れてしまったことを詫びる。
すると、
「ええ。ちょっと心配しちゃいましたよ」
と奥からおっとりとした感じの女性の声が聞こえた。
(ああ、確かお説教がどうとか…えーと…)
と思っていると、
「よろしくね。聖女さん。私はサーシャ。見ての通りエルフよ」
と言って髪を少しかき上げてくれる。
たしかに、そこにはたしかにエルフ特有のヒトよりやや長い耳があり、伝統的で綺麗な飾りがいくつもつけられていた。
(うわー。綺麗な人だなぁ…)
と感心しつつ、
「ジルよ。よろしく」
といって右手を差し出す。
「うふふ。よろしくね」
と柔らかく微笑むサーシャさんとにこやかに挨拶を交わしていると、次に、
「…そうか。たしか、酒場でひと悶着あった時にいたお嬢さんだったな。あの時はすまんかった。アインだ。改めてよろしく頼む」
とアインさんがこちらに右手を差し出してきた。
「こちらこそあの時は失礼したわね。よろしく」
とその差し出された右手を握り返す。
そんなにこやかな挨拶の最後、
「ジルよ」
と言って一応ガンツのおっさんにも右手を差し出すと、ガンツのおっさんも、やや不機嫌そうに、
「ああ。ガンツだ」
と私の手を握り返してきた。
「うふふ。こう見えて根はいい子だから、仲良くしてあげてちょうだいね」
とサーシャさんが私に声を掛けてくる。
その苦笑い交じりの言葉に、私が、
「ええ。もちろん。それも仕事のうちだから」
とやや肩をすくめながら返すと、サーシャさんは、
「安心して。手綱は握ってあるからね」
と微笑んでくれた。
(ああ。この人は怒らせちゃいけない人だ)
と直感的に思う。
そこへ、
「けっ。ったく…」
というガンツのおっさんがつぶやいた。
「なぁに?ガンツ?」
と、いかにもおっとりとした口調でサーシャさんがガンツのおっさんに語り掛ける。
しかし、その目は笑っていない。
そして、アインさんがため息を吐いた。
(なるほど。そういう図式なのね)
と私はなんとなくこの『烈火』というパーティーの力関係を認識し、心の中で苦笑いする。
そして、
「それはともかく。明日からの予定はどうする?」
とやや強引に話題を変えた。
「あ、ああ。そうだな。こっちはいつでも大丈夫だ。そちらの都合に合わせられる」
というアインさんの言葉にうなずき私は、
「じゃぁ、明日は聖女の仕事もあるし、一日補給と作戦の確認に充てて出発は明後日でどうかしら?」
と提案し、アインさんとサーシャさんを交互に見る。
するとサーシャさんが軽くうなずいたのを見て、アインさんが、
「じゃぁ、そうしよう。とりあえず今日は旅の疲れを癒してくれ。この宿には風呂があるからな」
と言い、とりあえず私は旅装を解きに部屋へと向かった。
部屋に着き、荷物を降ろすとさっそく風呂に向かう。
時刻は夕方前。
まだ風呂の時間には少し早いが、係の人に聞くと準備できているというのでさっそく使わせてもらうことにした。
いつものように、
「ふいー…」
と息を吐き、湯船にどっぷりとつかると、ここまでの旅の疲れが一気に抜けていく。
(さて。妙なことになったけど、どうなるのかしらね、明日から)
と、なんとも奇妙な偶然にちょっとした不安を感じながらも、
(まぁ、なんとかなるでしょう。とりあえずあのサーシャさんって人がいれば大丈夫そうだしね)
と楽観的に考え、
「パシャンッ」
と両手で顔にお湯を掛け、
「ふー…」
と息を吐いて、何もない風呂場の天井を見上げた。
翌日。
村を周っていくつかの食料を分けてもらうと早速宿に戻って昼食をとる。
田舎風の、しかし、春野菜たっぷりのパスタで軽くお腹を満たすと、私はまず村長宅へと向かった。
聖女のバッチを見せ、祠へ案内してもらう。
そこで私は、これまでのように浄化の魔導石に手をあてた。
ゆっくりと魔力を流していくと、複雑に絡み合った青白い線が私の視界に広がっていく。
丹念に調べていくと、線が絡まっている箇所が散見された。
(…適当な仕事してんじゃないわよ!)
と一瞬怒りが込み上げてきたが、それを慎重に調整し、今度は全体を俯瞰的に眺めてみる。
(…やっぱり、少ない)
地脈を通して流れ込んでくる魔素の量その物が少ない。
おそらくここでもどこかで流れが変化しているのだろう。
それもハース村で見た物よりその傾向は顕著だ。
(なぜ、これに気が付かなかったの…。いえ、変化がここ数年という可能性も…。いやいや、その可能性は低い。となると、やはり…)
私はそこまで考えてやっと浄化の魔導石から手を離した。
「ちょっと調子が良くなかったみたいですけど、調整しておきましたからもう大丈夫ですよ」
と、また方便を使って村長を安心させる。
思っていたよりも状況は深刻だ。
聖女が聖女として機能していない。
そんな状況を目の当たりにした私は暗澹たる気持ちを抱えて宿へと戻って行った。
夕方。
いったん部屋に帰り地図を持って食堂に向かう。
まだ宿の食堂は賑わっていない。
私と『烈火』の3人は食堂で落ち合うと、8人掛けくらいのテーブルに陣取った。
まずは地図で現在地と全体の地形なんかを確認する。
それが終わると私は、
「今回の目的は森の中の地脈の状態を探って簡易的に浄化すること。おそらく魔物もいるだろうから、それを討伐しながらの作業になるわ」
と、今回の目的を再確認した。
おそらく教会からある程度のことは聞いていたのだろう、『烈火』の3人は黙ってうなずいてくれる。
そんな3人の様子を見て、
「この辺りにはどんな魔物が?」
と現状を聞いてみた。
その質問には、アインさんが、
「この辺りはトカゲが多い。あと、状況によってはゴブリンかオーク辺りが出てきてもおかしくないだろうな」
と割と淡々と答えてくれる。
ゴブリンはともかく、オークとなれば脅威だ。
討伐にはかなりの人数が必要な相手だろう。
そう思って、私は少し驚きの表情を浮かべながらアインさんに視線を送ると、横からサーシャさんが、
「オーク程度なら大丈夫よ」
といかにも余裕の表情でそんな答えが返ってきた。
私はサーシャさんの表情を見て、それが単なる強がりではないと察したが、
「…信用していいの?」
と一応念を押す。
私の真剣な表情をサーシャさんは相変わらずの柔らかい表情で受けとめると、
「ええ。任せて。これでもオークは何度も経験があるの。ああ、もちろん最初は聖女さんのお守りって聞いてたから危なくなったら逃げるって方針だったのよ?でも、ジルちゃんは自分の身は自分で守れそうだからこっちも安心してやれるわ」
と微笑みながらそう言った。
(なるほど。足手まといにはならない程度には信頼されてるってことね…)
と、少し侮られたような感じを受けて悔しさが滲む。
しかし、自分の実力がまだオークに挑むところにまで届いていないということも事実だ。
私はそんな現状を理解して、いったんその悔しさを飲み込んだ。
やがて、食事の時間になる。
賑わいを見せ始めた宿屋の食堂で私たちは4人掛けのテーブルに移り、それぞれに夕食を注文した。
夕食に出された魚の干物を見て、
(確か海沿いの町までは1日ちょっとだったわね…。ちょっと遠回りだけど、帰りに寄って行こうかしら?きっとユリカちゃんは海のお魚は見たことないだろうし…)
と思い食べながら『烈火』の3人と簡単にこれまでの経験なんかを話す。
話に聞くと、3人はパーティーを組んでもう10年になるそうだ。
サーシャさんに至ってはもう数十年も冒険者をしているらしい。
本人はそろそろ潮時だろうと言っているが、他の2人はそれを否定していた。
3人ともベテランであることは確かなようで、話を聞く限り、単独でも私より強いだろう。
そんな話に私は、やはり悔しさを覚えたり、ガンツのおっさんのことをほんの少しだけ見直したりしながら、その日の夕食を終えた。
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