第20話 王都にて01

午後。

無事王都に着き、まずはエリーを馬房に預ける。

少しだけ甘えてくるエリーを宥めると、私はいつものように安宿に入った。

まずは教会に向かう。

高い鐘塔と煌びやかな装飾の大きな建物の前に着くと、まずはいつものように門番にバッチを見せて驚かれるという一幕を挟んで、さっそく神職たちが働く建物、通称本部の方へと進んで行った。

本部の建物に着くとまずは受付で教会長さんからの手紙を見せる。

すると、最初は訝しげに私のことを見ていた受付係の神職は、やや慌てた様子で奥へその手紙を持っていった。

その場で待つことしばし。

やっと奥から先ほどの受付係が出てきて、

「こちらへ」

と案内してくれる。

本部の奥の方。

つまり、教会幹部が働く場所まで来ると、そこからは何度か見たことがある教会長付のメイドさんに案内が変わった。

(あれ?もしかして、このまま会っちゃう流れ?)

と私はやや驚きながら淡々と進むそのメイドさんの後について歩く。

(まぁ、早く用事が終わるのは助かるけどさぁ…)

と呑気に思いながら歩いていると、やがて、何度か訪ねたことがある教会長さんの執務室の前に辿り着いた。


「失礼いたします。聖女ジュリエッタ様をお連れいたしました」

と丁寧なノックの後そのメイドさんが中に声を掛けると、

「どうぞ」

と返事があり、メイドさんが扉を開けてくれる。

私は、

「失礼します」

と一声かけて、久しぶりにその教会長さんの執務室へと入って行った。

久しぶりに入る執務室は相変わらず威厳に満ち溢れている。

壁一面の大きな本棚。

そこに並ぶ重厚な本の数々。

大きな執務机や応接用のソファは重厚な作りで高級品であることは一目瞭然だ。

私はそんな雰囲気の中、執務机に座って、こちらへ微笑みかける教会長さんに軽く一礼すると、さっそく、

「で。お話とはなんでしょうか?」

と端的に話を切り出した。


「うふふ。相変わらずね」

と教会長さんが笑い、

「サリー、お茶をお願い」

とメイドさんに声を掛ける。

「久しぶりなんですから、ゆっくりお茶を飲みながらお話しましょう?」

と呑気な口調で席を立ち、

「どうぞ」

とソファを勧めてくる教会長さんに、

「失礼します」

とひと言断りを入れると、私は遠慮なくソファに腰掛けた。


「お元気そうね」

と気さくに声を掛けながら私の正面に座る教会長さんに、

「おかげさまで元気にやらせてもらってます」

と軽く頭を下げる。

「うふふ。それは良かったわ」

と教会長さんは柔らかく微笑み、

「いつも苦労ばかりかけてごめんなさいね」

と労いの言葉を掛けてくれた。

「いえ」

と短く答えて話を促がす。

すると、教会長さんは、

「そう言えば、先日エリオット殿下にお会いしましたよ。なんでも町の本屋さんでお会いになったそうね。なんだか面白い本があったからあなたに差し上げたとおっしゃっていたけど、どんな本だったの?」

と意外なことを聞いてきた。

私はそんな話題が出るとは思っていなかったから少し驚きつつも、

「ただのレシピ集でした。まだちゃんと読んだわけではありませんが、古いエルフ語でしたから時間をかけて読もうかと思っております」

と答える。

「あら。そうなのね。それは面白そうね。何か新しいレシピを見つけたらお手紙で教えてくださる?私こう見えてお料理好きなのよ?」

とおかしそうに答える教会長さんは、とてもこの国を含めたいくつかの周辺国に跨る教会を束ねている人物だとは思えない。

私がそんな感想を持っていると、そこへメイドさんがお茶を持ってきてくれた。


「ありがとう」

という教会長さんに続いて、

「頂戴します」

と言ってひと口飲む。

(あ。すっごくいい紅茶だ)

と素直に感心しつつその苦みの中にある花のような香りを楽しんでいると、それに気が付いたのか教会長さんが、

「うふふ。サリーが淹れたお茶は美味しいでしょう?」

と、いたずらっぽい表情を私に向けてきた。

私は少し恥ずかしいような気になったが、そこは素直に、

「ええ。とっても美味しいです」

と答える。

すると、また教会長さんは笑って、

「うふふ。きっとサリーも喜んでいるわよ」

と言って、今度は少し離れて控えているメイドさんにいたずらっぽい視線を送った。

「こほん」と小さな咳払いが聞こえる。

メイドさんを見ると無表情だが、きっと照れているのだろう。

私はその短いやり取りで、このメイドさんと教会長さんの関係性が見えたような気がして少し微笑ましい気分になった。


しかし、私はそこで気を取り直して、こちらも「こほん」と小さく咳払いをすると、

「さっそくですが、お話を」

とさっそく本題に入る。

教会長さんは、

「あら。もうちょっとお話がしたかったわ」

と苦笑いしながらも、いったん席を立ち、机の上からなにやら書類を持って戻って来た。


「それは?」

と短く聞く私に教会長さんは軽くうなずくと、

「ハース村でしたわね。あの村と同じような地点が無いかと思って軽く調べてみました。まだ完璧ではないけど、いくつか似たような場所が見つかったからそれをまとめたものですよ」

と言って、私にその書類を差し出してくる。

私は、

「拝見します」

と断ってから、その書類にざっと目を通した。


その書類には、ここ10年程度の作物の状況と魔物の発生状況がざっとではあるが、相関関係がわかるように書かれている。

私がそれを眺めていると、教会長さんが、

「中でも一番気になるのは、エリストル伯爵領の北にあるエント村かしら」

と、指摘してきた。

私は書類をめくり、そのエント村の資料を見る。

またざっと目を通すと、たしかに教会長さんの言う通り、気になる兆候が見て取れた。


「わかりました。次はここですね」

という私に、

「あら。いいの?」

と教会長さんは少し驚いたような顔を見せる。

私はそんな教会長さんに向かって、

「この辺の森なら冒険者の仕事に事欠かないでしょうし、ついでに見てくるには持ってこいなんですよ」

と、冒険者としての都合を話した。

「まぁ、そうなのね。それは良かったわ」

と教会長さんは嬉しそうな表情を見せる。

しかし、すぐ真顔になって、

「私が言うのもなんだけど、気を付けてね」

と心配そうな言葉を掛けてきた。

私は、

(確かに、危険な依頼を出してきた張本人が気を付けてねもなにもないわよね)

と心の中で苦笑いしつつ、

「大丈夫ですよ。これでも自分の身の丈くらいはわかっているつもりです。無理だったときは素直に逃げ帰ります」

と正直に自分の考えを伝える。

すると、少しは安心してくれたのか、教会長さんはまた、

「苦労ばかりかけてごめんなさいね」

と冒頭と同じように労いの言葉を掛けてくれた。


「いえ」

と私もまた短く応じる。

「手続きもありますから、また追って指示を送りますね。あと、他の村の資料もまとまり次第送りますから、意見を教えてちょうだいね」

と言う教会長さんに、

「かしこまりました」

とひと言伝えてお茶を飲み干す。

帰るという合図だ。

それを見て教会長さんは、

「あら。もう少しゆっくりしていって?」

と言うが、

「いえ。この後予定もありますので」

と断りを入れた。


「あら。残念だわ」

と本当に寂しそうな顔をする教会長さんに、

「それでは失礼いたします」

と頭を下げて席を立つ。

しかし、私はそこで、

「ああ。そうでした。すみません。一つお願いがあるのですが」

と教会長さんに言葉を向けた。

「あら。なにかしら。あなたからのお願いなんて珍しいわね」

と微笑ましいものを見るような目を私に向けてくる教会長さんに私は、少し照れて頭を掻きながら、

「いえ。たいしたことじゃないんですが、後で聖女服を1着もらえませんか?」

と、クレインバッハ侯爵との約束を思い出しながら願い出る。

すると、教会長さんは、驚いた顔で、

「あら。教会に属していただく気にでもなってくださったの?」

と、やや的外れなことを言ってきた。

私は慌てて、

「い、いえ。違います。ちょっとした縁で貴族様のお屋敷を訪ねることになってしまったのですが、そういう場に適した服を持っていませんので、その、礼服替わりに使わせていただけないかと思いまして」

と、否定しつつ、聖女服を欲した理由を説明する。

すると、教会長さんは、

「あら。それはなんとも変わった理由ね」

と苦笑いをした。

私は、

(あー。まぁ、たしかに聖女の象徴たる聖女服を礼服替わりっていうのはちょっと不謹慎すぎたかなぁ…)

とやや反省しつつも、聖女に憧れているという小さな女の子の夢のためだと思ってそこは素直に、

「すみません。いろいろと事情がありまして…」

と頭を下げる。

「うふふ。構いませんよ。どうせ、備品として倉庫にたくさん保管してありますからね。後で1着届けさせましょう。サリー。お願いね」

と、笑顔で許してくれる教会長さんと、そのサリーというメイドさんに、

「すみません。よろしくお願いします」

と私はまた頭を下げ、

「では、これで失礼いたします」

と言うと、今度こそ教会長さんの執務室を辞した。



教会長さんの執務室を出た私は、また、メイドさんに案内されて入り口まで戻る。

「それじゃぁ、聖女服の件はよろしくお願いします」

と再び軽く頭を下げる私に、メイドのサリーさんは、

「かしこまりました。明日お宿に届けさせます」

と淡々とした口調で言うと、軽く礼を取って、また教会長さんの執務室がある方へと戻っていった。

私は頭を掻きながら、その後ろ姿を見送りさっさと本部の建物を出て行く。

「はぁ…。また面倒事になっちゃったわね」

と私は自分で蒔いた種たちが大きく成長して帰って来たことに少しため息を吐きつつ、再び下町の安宿を目指して歩き始めた。

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