第18話 王都へ03

大切な人達のことを思い、静かに目を閉じてからどのくらい経っただろうか。

私の幸せな睡眠が妙な気配で中断させられる。

(今、何か動いたわよね?)

とテントの中でそっと音を立てないように寝袋から出て傍らに置いてあった薙刀を手に取った。

耳をすます。

どうやら何人かの人間がテントの前を通ったようだ。

おそらくこちらの様子を窺ったのだろう。

(ちっ。村の中だと思って油断しわたね)

と後悔するのと同時に怖気が走った。

気配の正体はおそらく盗賊だろう。

もしテントをめくられていたら、私はひとたまりもなかったはずだ。

そんな想像をして背筋を凍らせつつも、冷静になって考える。

(狙いはおそらく貴族様の馬車か荷物か…。おそらく物盗り目的よね?貴族様のお命狙いってことはなさそうだけど…。いや。油断はダメよね)

と考えながら、辺りの気配を読み、わずかにテントを開けて外の様子を窺う。

どうやら、賊は移動してしまったらしい。

私は、その様子を確認して、そっと気配を消しながらテントから出た。


森で魔物を追う冒険者は気配の消し方を体得している。

その点では盗賊に近いのかもしれない。

そんなどうでもいいことを考えながら、そっとエリーに近寄った。

「…エリー。起きてる?」

と小さく声を掛けると、

「ぶるる…」

とエリーも小さく鳴く。

(この子も気配に気が付いていたみたいね)

と感心しつつ、

「いい?いざとなったら逃げるのよ?」

と優しく声を掛け、私はさっそく行動に移った。

(狙いは馬車だとすれば宿屋に向かうはず。貴族様が村長宅に泊まっているとしたらそっちの警備は厚いはずだから、心配ないはずよね)

と考えながら、そっと宿屋の方へ向かう。

途中、盗賊の気配に気が付き、たまたま横にあった荷馬車の影に身を隠した。

やはり狙いは宿のようだ。

比較的警備の薄い荷馬車を狙うつもりなんだろう。

しかし、賊の規模がわからない。

(下手にちょっかいを出すのは危険ね。まずは様子見かしら)

と考えて遠目に宿屋の馬房が見える位置まで移動する。

しばらく様子を窺っていると、賊が動き出した。

おそらく慣れた連中なんだろう。

馬の扱いが上手い。

馬を驚かせないように、丁寧に扱いなだめすかしている。

その賊がやや渋る馬をなんとかなだめすかし、馬車につなごうとしていたその時、

「何者だっ!」

という声が響いた。

賊の方も、

「急げ!」

とか、

「さっさとずらかるぞ!」

というようなことをわめいている。

私はそこで飛び出し、一気に馬房まで駆け抜けると、まずは馬を馬車につなごうとしていたヤツの首筋に革鞘を付けたままの薙刀を叩き込んだ。

次に馬車に取りつこうとしていた賊の背中を柄で突くと、また次の賊へと向かって飛び掛かっていく。

その時ようやく警護の騎士たちがやってきた。

私はそちらに向かって、

「加勢する!」

と叫ぶ。

ややあっけにとられている騎士たちに向かって、

「私はただの冒険者、賊はあっち!」

と指示を出し、私はまた次の賊へと向かっていった。


おそらく状況を不利とみたのだろう。

どこかから、

「ずらかれ!」

という声が響く。

周りを囲む騎士たちの隙をついて、何人かが逃げ出した。

私はそちらを追う。

散り散りに逃げていく賊の全員を追うことはできない。

私はその中から、何かの荷物を抱えているやつに狙いを定めると、そいつを追った。


(私小さい頃から追いかけっこで負けたこと無いのよね)

と、妙なことを考えながらそのやや大柄な男を追う。

やがて、その男も私が追って来るのに気が付いたのか、いったん抱えていた荷物をその場に置くと、こちらを向き直り、開き直ったような感じで剣を抜いてきた。

私も立ち止まり、その大柄な男と対峙する。

男は間合いを計りつつもやや雑に無言で突っ込んできた。

(剣は素人…)

一瞬でそう見極めて最初の一撃をかわし、足を引っかける。

そして、転びそうになったのを何とかこらえた男の後から横っ腹に一撃を入れると、男が気絶しそこで勝負は終わった。


まずは男が抱えていた4、50センチほどの革の箱の方へと歩み寄る。

持ってみると、意外に重たい。

私はそれをよっこらせと言った感じで肩に担ぎ、とりあえずゆっくりと馬房の方へ戻ることにした。

もしかしたら、さっきの男は目を離した隙に逃げてしまうかもしれないが、とりあえず荷物を取り返したのだからいいだろう。

そんなことを考えながらゆっくりと戻っていると、慌てた様子で何人かの騎士がやって来て私を取り囲んでくる。

その様子に、私は、

「荷物は取り返したわよ。盗ったやつはあっちで寝てるから拾ってあげて」

と後ろを軽く親指で指さし、荷物をその場に置いた。


「待て!」

と叫んでまだ私に剣を向けてくる一人の騎士に、

「見てわかんないの?私はただの通りすがりの冒険者。たまたま居合わせたから手伝っただけ。それでも私に向かって来るっていうなら相手するわよ」

と言ってこちらも薙刀を構える。

すると、

「やめろ!」

と声がして、どうやらその隊のリーダー格らしい人物がその騎士を止めてくれた。

「失礼した。とりあえず後で礼に伺う」

と言うそのリーダー格らしい騎士に、

「そんなものいらないわ。そんなことよりゆっくり寝かせてちょうだい」

とだけ答えて私はさっさとその場を後にする。

(はぁ…。やっちゃったかも…)

と、なんだか面倒事に首を突っ込んでしまったことを後悔しつつ、とりあえず自分もあの何が入っているのかもわからない荷物も無事でよかったと思いながら広場に戻り、

「大丈夫だった?もう、心配無いからね」

とエリーに声を掛けると、エリーが落ち着くまで撫でてあげてから、私はもう一度寝袋に包まった。


翌朝。

結局寝つきが悪くて日の出と同時に目を覚ましてしまう。

しかし、とりあえず面倒事に巻き込まれる前に退散してしまおうと思ってそそくさとテントをたたんでいると、昨日のリーダー格と思しき騎士が近寄ってきて、

「昨晩はありがとうございました。主が礼をと申しております」

と言ってきた。

(あちゃー…)

と思いながらも一応、

「お礼なんていいですよ」

と断ってみるが、

「そうも参りません。…私もこれが仕事ですから」

と苦笑いで返されてしまう。

(…まぁ、そりゃそうよね)

と思いつつ、私も苦笑いで、

「ですよねー」

と冗談めかして軽く答え、そっとため息を吐いた。


とりあえず野営の片付けを済ませる間、その騎士に待ってもらい、エリーと一緒に村長宅へ向かう。

村長宅に着くと、やはり門の前に立っていた警護の騎士にエリーを預けてさっそく村長宅の中へ招かれてしまった。

玄関で騎士からメイドさんに案内が変わる。

おそらく昔から貴族様が立ち寄る事になっているのだろう。

表からは見えなかったが、村長宅の裏にはその貴族様専用のものだろうと思われる割と瀟洒な離れが建っていた。


離れの玄関を入り、簡素ながらも立派な装飾が施してある扉をメイドさんが丁寧にノックし、

「失礼いたします。冒険者様をお連れいたしました」

と声を掛けると、中から、

「入れ」

という声がして、メイドさんが扉を開けてくれた。

私は部屋へ入るとすぐに、

「お初にお目にかかります。冒険者ジルと申します」

と言って、聖女学校で一応習った貴族様用の礼を取る。

おそらく不格好な礼だっただろうが、一応体裁は整えられたのだろう。

部屋の奥から、

「…ほう」

とやや驚いたような声が聞こえた。


「顔を上げてもらってかまわない」

という声を聞いて私はそこでようやく顔を上げる。

私の視線の先には、旅行の時の普段着なのだろう、貴族様にしてはやや質素な身なりをした人物と護衛の騎士がいて、

「ネイサン・エル・リッヒ・クレインバッハだ。此度は世話になった」

と言葉を発した。

(く、クレインバッハって侯爵様じゃん!?)

と私はその貴族様の名前に驚きつつも、

「たまたま居合わせただけのこと。どうぞお気遣いなく」

と再び頭を下げて、なんとかこの場を早く終わらせようと、さっそく話を閉めに掛かる。

しかし、クレインバッハ侯爵は、

「いや。このまま礼もせずに帰したのでは当家の名折れになってしまう。何か褒美を取らせたいが希望はあるか?」

と聞いてきた。


私は一瞬、

(礼には及びません)

と答えようとして思いとどまる。

(これって断ると逆に失礼に当たるってやつよね?)

と思い直し、苦し紛れに、

「冒険者の日当はおおよそ大銀貨2枚です」

と新人冒険者が郵送の仕事を請け負うくらいの金額を提示しなんとか乗り切りを図った。

するとクレインバッハ侯爵は、

「はっはっは。それはなんとも安いな。良かろう。金貨2枚を遣わす」

と笑いながら、私が提示した額の10倍の金額を言って来る。

その金額を聞いて、私は、

(まぁ、それでも侯爵にとっては安いものよね)

と思いながら、

「過分なご褒美をいただき恐縮に存じます」

と言って再び頭を下げた。

私はそこで、

(話がすんなり終わって良かったわ)

と思って安堵する。

そして私が、「それでは失礼いたします」と口にしかけたその時、クレインバッハ侯爵が、

「して、その礼はどこで教わったのだ?」

と聞いてきた。


クレインバッハ侯爵の問いかけに、

(…あ)

と思うがもう遅い。

(…やっちゃったよ)

と思って私は心の中で盛大にため息を吐く。

ここで適当な嘘を吐くのは得策じゃない。

なにせ私は冒険者ジルと名乗ってしまった。

侯爵が調べれば私が聖女だということはすぐにバレてしまうだろう。

というか、侯爵は念のため私の素性を調べるはずだ。

それでは逆にややこしいことになる。

なぜか知らないがこの国の貴族は聖女をぞんざいに扱わない。

昔からの伝統というやつらしいが、とにかく、後で私が聖女だとわかれば侯爵は必死になって私を探し、さらに礼をと言って来るに違いない。

そうなれば、侯爵も私も余計に面倒になってしまう。

私はそう思って、げんなりとしつつも、

「…聖女学校で」

と答えた。

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