第17話 王都へ02

私が角ウサギと戦い、教会に前回の調整の不手際を報告した日から2週間ほど。

穏やかな日々が続きそろそろこのチト村にも春の足音が聞こえ始めている。

あぜ道にちらほらと花が咲き、夕暮れには虫も飛び始めた。

そのうち、木々も花をつけ、温んだ水の中を小魚が泳ぎ始めることだろう。

そんな穏やかな日々の中、私は今日もユリカちゃんと遊びアンナさんの手料理に癒される日々を送っている。

ずいぶんと長く休んでしまったが、そろそろだろう。

私がそんなことを考え始めた頃。

案の定教会から手紙が届いた。


(さて、次はどこの村かしら?)

と、やや皮肉を込めて心の中でつぶやきながら封を切る。

しかし、そこに入っていたのは私の予想とは違い、教会本部、つまり王都への出頭要請だった。

差出人の名は教会長さん。

しかし、命令ではなく要請。

いつもの事務的で簡素な書類と一緒に教会長からの手紙が添えてある。

『久しぶりにお話がしたいから是非いらっしゃって』

とひと言。

なんとの呑気なひと言に見えるが、私はそのひと言から、

『会って直接話を聞かせて欲しい』

という教会長さんの意思を読み取った。

思わず、

(大人って回りくどいわね)

と苦笑いを浮かべる。

そして、私は、今日も私がお土産に買ってきた可愛らしい服を着て、元気にリリトワちゃんごっこに興じるユリカちゃんのもとにまた寂しい報せを届けにいった。


翌日。

アンナさんのスカートを掴んで必死に涙をこらえるユリカちゃんの姿に後ろ髪を引かれつつエリーに跨る

いつものように村の入り口に近づくと珍しく詰所の前にジミーが立っていた。

「あら。今日はちゃんと仕事してるのね、駐在さん」

と声を掛けると、

「ああ。たまにはな」

と気楽な声が返ってくる。

「言わなくてもわかると思うけど、頼んだわよ」

私がまた真剣な顔でそう言うと、ジミーもやや真剣な顔で、

「自分の仕事はするさ」

と答えてくれた。

そんな言葉と表情に安心しつつ、

「何かあったらただじゃおかないわよ」

とやや冗談めかして脅すような言葉を掛ける。

するとジミーもわざとらしく肩をすくめて、

「おぉ。そいつはおっかねぇな」

と冗談を返してきた。

最近ではおなじみになってきたやり取りを交わして門をくぐる。

麗らかな春の日差しと幾分か温み始めた和やかな空気の中、私は颯爽と王都への道を進み始めた。


いつものように王都への最短距離を進むこと4日目。

ここまでくると裏街道とはいえ道はずいぶんと広がっている。

王都まではあと1日。

私はそんな長閑な田園風景の中を時折行商人なんかとすれ違いながら、のんびりとした気持ちで進んで行った。


夕方。

王都に行くときの最終経由地点にしている村に到着する。

しかし、今日はなんだか様子が変だ。

いつもは一応交代で村のおっちゃん連中が茶飲みがてら座っているだけの門に立派な衛兵が立っていた。

私は

(なんだろう?)

と思いつつも気軽に近づいて、

「こんばんは。何かあったんですか?」

と、普段通りの口調でその衛兵に声を掛けた。


「この村に何の用だ?」

と訝しげな視線でぶっきらぼうな答えを寄こしてくる衛兵に対して、私は、

(はぁ?何様のつもりよ?)

と若干イラッとしながら、

「見ての通り旅の冒険者です。拠点にしている村から王都に向かう時はよくこの村を経由しているので、いつも通り寄っただけですが、何かいけませんでしたか?」

と、ほんの少しの嫌味を乗せつつ答える。

すると、衛兵は少し気まずいような表情になりつつも、

「宿と村長の屋敷には近づくなよ」

と、ずいぶんなことを言ってきた。


(え?お風呂は?ていうか、村の中なのに野営しろってこと??)

とちょっと楽しみにしていたお風呂と何日かぶりにベッドで寝る機会を奪われてしまったことにげんなりする。

しかし、私は、

(まぁ、村の外で野営するよりはマシか…)

と思い直して、

「わかりました」

とひと言だけ答え、村に入れてもらった。


(はぁ。まったく…。)

とため息交じりに村の広場を借りてテントを張る。

途中また衛兵がやって来て、何をしているのか尋ねられた。

また先ほどと同じことを説明して、同じように「宿と村長の屋敷には近寄るな」という注意を受ける。

私はまた、ため息を吐き、

(まったく、貴族様ってのは面倒ね)

と思いながらさっさと野営の準備に取り掛かった。

簡単に準備が整うと、村にいくつかある商店を巡ってエリーのニンジンといくつかの材料をそろえてさっそく晩ご飯の調理に取り掛かる。

今日の献立は割といい鴨肉が手に入ったから鴨すきにした。


出来上がった鴨すきひと口食べ、

(うん。この鴨うま味が強いわね。あと脂も甘い。いいお肉じゃん)

と野営ご飯にしてはけっこう上等な部類に入る料理に舌鼓を打つ。

そして、ふと、

(ああ、このお肉って貴族様向けに用意したやつの余りかな?)

と気が付き、

(まぁ、そういう点では貴族様とご一緒ってのも悪くないわね)

と思うと、

(ふふっ。私も現金なものね)

と苦笑いを浮かべた。


食後。

お茶を飲みながらキラキラというよりもチラチラと瞬く星を眺め、なんとなく明日からのことを思い描く。

(明日の午後には王都に入れる。次の日、いきなり教会長さんに面会できればいいけど、たぶん1日くらいは待たされるだろうから、その間は観光ね。まぁ、主に食べ歩きだろうけど…。それはともかく、その後は特に用事は無いから、久しぶりにリリエラ様を訪ねるのもいいわね。…あ!だとしたらちゃんとした服が無いじゃない。あー。どうしよう?仕方ない、教会長さんに聖女服でも借りて着て行きましょう。あれあんまり可愛くないけど)

と、思いながらなんとなく予定を組み立てると、次にお土産のことを考えた。


(今回のお土産は何にしようかしら?また本かな?リリトワちゃんの本はかなり気に入ってくれたみたいだし、似たようなのがあればいいけど。まぁ、なかったらまた服かな?いや、髪飾りなんていいかも。たしか、リリトワちゃんがお姫様に変身する場面があったわよね?髪飾りもあればよりお姫様っぽさが出て喜んでくれるかも。いや、でも…。うーん。迷うわね…)

とチト村で待ってくれているだろうユリカちゃんのことを思って微笑む。

(あと、たまにはアンナさんにもちゃんとお土産買って行かないと。何がいいかな?お鍋?包丁?…うーん。どれも今ひとつね)

と、頭を捻っていると、

(あ!クッキー型なんていいかも。それならユリカちゃんも一緒にクッキー作りができるわね。よし、そうしよう)

と、思いついた。


我ながらなかなかの思いつきに、ほくそ笑む。

そして、みんなで一緒にクッキーを作る場面を思い描いてみた。

私の頭の中に可愛い形のクッキーと2人の笑顔が浮かんでくる。

みんなで楽しく生地を練り、型を抜く場面。

顔に粉を付けながらにっこりと笑うユリカちゃんの顔。

それをアンナさんと私は微笑みながら見つめることだろう。

そんな幸せな光景を思い浮かべると、一瞬で私の胸いっぱいに幸せが広がった。

(ふふっ。村はそろそろイチゴの時期だし、アンナさん特製のイチゴジャムをたっぷり乗せたジャムクッキーも作ったらユリカちゃんはきっと喜ぶわ。私たち大人はジンジャークッキーなんてどうかしら?ちょっと甘めのミルクティーに良く合いそう…)

そんな想像でなんだかお腹が空いたような感覚になり、苦笑いしながらお茶で胃袋を落ち着ける。

ひと息吐いて、また夜空を見上げた。

相変わらず星は控えめに瞬いている。

それを見つめながら私は、

(ユリカちゃんはもう寝てるかな?)

とユリカちゃんの寝顔を想像して、目を細めた。

「さて、私も寝ましょうかね」

とつぶやいてお茶を飲み干す。

そして、小さなテントの中に潜り込むと、今日も幸せな気分で眠りに就いた。

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