第16話 王都へ01
アイビーの3人と打ち上げを行った翌日の午後。
食料の補給とユリカちゃんへのお土産を買い、ギルドで報告書の郵送を頼むと、アイビーの3人に惜しまれつつ、ルシアの町を発つ。
ほんの少し厳しさを緩めてくれた晩冬の風を頬に受けながらのんびりと街道を進み、途中から行きと同じように裏街道に入った。
(なかなか可愛らしい服も買えたし。きっとユリカちゃん喜んでくれるよね)
と笑みを漏らしながら、ウキウキとした気分で見上げる冬晴れの空はどこまでも澄み切って青い。
時折吹く冷たい風にもむしろ爽やかさを感じる。
しかし、今回の冒険は楽しいだけじゃなかった。
改めて聖女の役割というものについて考えを巡らせる。
これまで聖女はこの国を含む地域全体の根幹を支えてきた。
しかし、時代が進み浄化の魔導石が各地で安定的に運用されるようになった今、その管理は画一化され、その影響で細部にほころびが出始めている。
教会に属する聖女はエリート意識が強くなり、現場をおろそかにするようになった。
上層部は政治に奔走している。
そんな状況を思い浮かべると、どんよりとした気持ちが私の胸の中に一気に広がった。
(民のために働いてこその聖女でしょうが…)
と、一応聖女学校で教えられた本来の理念を思い浮かべてため息を吐く。
また空を見上げた。
澄み切った空の青さはどこか切なく、風の冷たさが頬を刺す。
一瞬で沈んだ自分の心を鼓舞するように、
(いけない、いけない。ちゃんと前を向かなきゃ!)
と言い聞かせて「パンッ」と軽く自分の頬を両手で叩いた。
そんな音にエリーが「ぶるる」と少し気遣わしげな声で鳴き、少し歩を緩める。
私は、
「ああ。ごめん。大丈夫よ」
と、微笑みながらその首筋をそっと撫でてあげた。
エリーはまた先ほどまでと同様に軽い歩調で進み始める。
私も、
「ふぅ…」
と短く息を吐くと、再び気持ちを切り替えてユリカちゃんとアンナさんが待つチト村へと続く道をしっかりと見据えた。
楽しい思い出と割り切れない気持ちを抱えつつ、旅は順調に進む。
途中いくつかの村に立ち寄りながらも森の中の細い裏街道を進み続け、明日の午後にはチト村に辿り着くだろうという所まできた。
今日がこの旅、最後の野営になる。
そろそろ森の中に差し込む光が弱くなってきた頃。
街道の脇を少し入ったところに倒木が横たわる草地を見つけた私は、今日はそこで野営をすることにした。
簡単にテントを張り、まずはお茶を淹れる。
倒木に腰掛け、ゆっくりとお茶を飲みながらぼんやりと暮れ行く空を眺めた。
途中の村で分けてもらったカボチャの種を取り出してポリポリとつまむ。
(さて、今晩は何を作ろうかしら)
と考えていた私は少し気を抜いていたのかもしれない。
私の横から不意に、
「きゅきゅっ」
という鳴き声がした。
一瞬驚いて立ち上がりかける。
すると、その声の主も驚いたのか、さっと倒木の影に身を潜めた。
どうやら何かの小動物だったらしい。
鳴き声からして害は無い種類の動物だろうと判断して私は倒木の影をそっとのぞき込む。
すると、亜麻色の小さな塊が倒木の影からそろそろと現れてもう一度、
「きゅきゅっ」
と鳴いた。
(ああ、リスか…。こんなところにいるなんて珍しいわね…)
と思いながら、その耳と尻尾の先が黒い以外は綺麗な亜麻色をしたリスに向かって、
「ごめん。驚かせちゃったね」
と苦笑いで謝る。
また、
「きゅきゅっ」
と鳴くリスの姿がなんとも愛らしくて、私は、
「ははは。お詫びに少し分けてあげるよ」
と言うと、手に持っていた小さな麻袋からカボチャの種を一つまみ出して倒木の上にそっと置いた。
再び倒木に腰掛けてポリポリとカボチャの種をかじりながらお茶を飲む。
そんな私の様子に安心したのか、リスも再び倒木の上に上がって来て、私の横でカボチャの種をかじり始めた。
しばし、のんびりとした空気が流れる。
そののんびりとした空気の中で体を休め、リスの愛らしい姿に心まで癒された私は、そこでやや重たい腰を上げると、その日の夕食作りに取り掛かった。
(さて、なんにしようかしら)
と思いつつ荷物の中を探る。
(あ。お米があったわね。よし、じゃぁ今日はリゾットにしよう)
そう考えながら、乾燥茸とベーコン、そしてチーズを取り出した。
米とベーコンを炒め、軽く水で戻した乾燥茸を入れる。
米がほんのちょっと透き通って来たところで茸の戻し汁を入れて煮詰めることしばし。
最後に刻んだチーズとコショウで味を調えるとリゾットが完成した。
エリーにもニンジンを出してあげて、さっそく2人で食事にする。
(うん。なかなかいい出来じゃない)
と鍋の中身を見ながら自画自賛し、さっそくひと口頬張った。
「あふっ!」
と言いながらハフハフと口を動かす。
チーズとベーコンの程よい塩加減と茸のうま味が絶妙で米の食感もちょうどいい。
(温まるわ…)
と思いながらもう一口食べようとしたところで、また、
「きゅきゅっ」
と声がした。
「なに?君も食べたいの?」
という私の言葉に、また、
「きゅきゅっ」
と鳴くリスを見て、微笑みながら再びカボチャの種を与える。
「ははは。今日の夕食は一段と賑やかだね」
とカボチャの種を頬袋一杯に詰め込むリスとニンジンをかじるエリーに向かってそう声を掛けると、
「ぶるる」
「きゅきゅっ」
とまるで2人が返事をするようなタイミングで鳴いた。
「あははっ。2人とも賢いね」
と笑いながらリゾットをもう一口頬張る。
いつの間にか星をたたえ始めた冬空の下、温かい空気が流れ、その夜は楽しく更けていった。
翌朝。
いつの間にかいなくなっていたリスのことをほんの少し寂しく思いながらも明るい気持ちで出発する。
そして、予定通り、夕方前にはチト村に辿り着いた。
いつものように門をくぐり、ジミーに声を掛ける。
「ただいま。何事もなかった?」
という私が声を掛けると、詰所の奥から、のんびりとした声で、
「おう。何事も無かったぜ」
という返事が返ってきた。
「ちゃんと仕事してたんでしょうね?」
と私が苦笑いで問いかけると、
「ああ。一応『駐在さん』だからな」
と、こちらも苦笑い交じりの返事が返ってくる。
私はそんないつものやり取りになんだかほっとした気持ちを感じ、
「一応、お礼は言っておくわね」
と言うとさっそくアンナさんの家へと向かった。
いつものように裏庭に回ってエリーから荷物を降ろしていると、勝手口が勢いよく開く。
同時に、
「ジルお姉ちゃん!」
という可愛い声がして、ユリカちゃんが私に向かって飛び込んできた。
「ただいま!」
と笑顔で抱き留めてそのまま抱え上げる。
「おかえり!」
と言って私の胸に頭を擦り付けてくるユリカちゃんの頭を撫でてあげながら、私はもう一度、
「ただいま」
と万感の思いを込めてそう言った。
遅れてアンナさんが微笑みながらこちらにやってくる。
「おかえりなさい」
といういつもの優しい言葉に、
「ただいま」
と微笑み返すと、私の心の中が温かいもので満たされた。
私の腕の中のユリカちゃんが私を見上げ、
「今日はお鍋だね!」
と嬉しそうに笑う。
「あははっ!楽しみだね!」
と言って私も笑うと、アンナさんが、
「うふふ。白菜がたっぷりありますから、今日は鶏肉と白菜のお鍋にしましょうね」
と言いながら微笑んだ。
「やったね!」
と喜んでまた私に抱き着いてくるユリカちゃんの暖かさを感じながら私は、
「うふふ。そうそう。今回のお土産は服よ。何着か買ってきたからご飯が出来るまでお着替えして遊ぼうね!」
と言うと、喜びユリカちゃんを抱えたまま勝手口をくぐり、再度、
「ただいま!」
と声を掛けて、あの小さなリビングへと向かっていった。
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