第15話 角ウサギ05
「大丈夫?」
と、優しく声を掛ける。
「「「…はい」」」
とまだ苦笑いのまま返事をしてくる3人の様子を見てみるが、どうやらケガをしている様子はない。
そのことにほっとしつつ、私は、
「あはは。まずはお茶でも淹れようか」
と、呑気に3人をお茶に誘った。
私はさっそく背嚢からコンロとポットを出してお茶の準備に取り掛かる。
アイビーの3人はまだ座り込んだままだ。
きっと疲れてしまったんだろう。
そんな3人のことを思って、お茶には少し多めに砂糖を入れてあげた。
やがて、お茶が入り、
「甘くしておいたからね」
と言ってアイビーの3人のコップにお茶を注いであげる。
「「「ありがとうございます…」」」
と疲れた様子ながらもどこか充実した表情でそれを受け取ってくれた3人の側に私も座り込んでその甘いお茶をすすった。
「すごかったです…」
というリズの言葉に、
「うん。たくさんいたね」
と返すと、
「…ジルお姉さんのことです」
とマリに言われた。
私が一瞬「?」という表情を浮かべると、3人は一様に、
「「「…あはは」」」
という乾いた笑いを浮かべる。
よくわからないが、私も、
「…ははは」
と苦笑いを返した。
「とりあえず一服したら解体ですね。…なんだか大変な作業になっちゃいそう」
と苦笑いで言うリズの言葉を聞いて、私は改めて辺りを見回す。
いくらなんでもこの群れの数は尋常じゃない。
そう思って私は、アイビーの3人に向かって、
「あのね…」
と話しかけた。
「実は私聖女なの」
と苦笑いで胸元からバッチを取り出して見せる。
アイビーの3人は一様に驚きの表情を浮かべた。
「「「えぇーっ!?」」」
と絶叫する3人に私は苦笑いと照れ笑いの中間くらいの笑顔を見せると、
「まぁ、詳しいことは後で話すから、とりあえず解体はちょっと待ってもらえるかな?あ、たぶん15分くらいで終わるから」
と言って私は逃げるようにというのは変な言い方かもしれないが、そそくさと背嚢から携帯用の浄化の魔導石を取り出す。
そして、いつものようにそれを地面に突き立て、魔力を流しはじめた。
すると、これまたいつものように青白い線が不規則に地面に広がる。
集中して魔素の流れを読んでいくうち、
(…やっぱり、そういうことだったんだ)
と、私の中で全てがつながり、仮説が確信に変わった。
明らかに魔素の流れに淀みがある。
おそらく村の浄化の魔導石が十分にこの周辺の地脈を調節出来ていなかったのだろう。
村で作物が育ちにくいのも、今回、角ウサギが大量に発生した原因もそれだ。
村にある浄化の魔導石を丹念に調べていれば前回だってこの異変には気が付けたはず。
しかし、中央から派遣された聖女はそれを見落とした。
(村の食量生産状況を丹念に聞き取ってきちんと調べていればこの状況には気が付けたはず。ましてや今回の角ウサギだって…)
そんな後悔にも似た気持ちが湧き上がって来る。
しかし、今はそれを悔いている場合じゃない。
私はじっくりとその魔素の流れを読み解きながら、丁寧にその淀みを解消して行った。
そして、やっと浄化の作業が終わる。
(とりあえず応急処置にはなったけど、これは早急に教会本部に報告しておかないと…)
そんなことを考えながら、アイビーの3人のいる方向を振り返るとそこには、ぽかんとした表情でこちらを見る3人の姿があった。
「あはは…。ちょっとびっくりさせちゃったね」
と苦笑いで私がそう言うと、
「聖女様ってすごいんですねぇ…」
とミリアが感心したような、呆けたような表情でそうつぶやく。
そんな言葉に私は照れてしまってやや慌てながら、顔の前で手を振りながら、
「いやいや。たいしたことじゃないって。普通の魔法使いの方がよっぽどすごいから」
と釈明し、
「そんな事より、さっさと解体しちゃおっか」
とやや強引に話題を変えた。
「「「は、はい!」」」
とアイビーの3人も気を取り直したように返事をすると、さっそく角ウサギの解体に取り掛かる。
角ウサギの素材は毛皮、角、魔石の3つ。
毛皮は私がやや乱暴に討ち取ったせいで綺麗に取れたものは少なかった。
(緊急事態だったし、それは仕方ないよね…)
と言い訳しながら、せっせと魔石と角を取っていく。
やっと解体が終わって数を確認してみると、魔石と角はそれぞれ50個だった。
魔石はおおよそ大銀貨1枚。
角は大体銀貨1枚くらいで買い取ってもらえるから、今回の稼ぎはおよそ金貨7枚と大銀貨5枚になる。
毛皮は粒銀貨2枚くらいで10枚ほどしか取れなかったから大銀貨2枚ほどだろうか。
一人頭にすると金貨2枚弱になるから、危険度を考えるとあまり割のいい仕事とは言えない。
そんな計算をしつつ、私は、
(帰ったらせめて打ち上げは奢ってあげよう)
と思いつつ、取った素材を人数割にして麻袋に詰め込むと。遠慮するアイビーの3人にやや強引に押し付けた。
気が付けば日は西に傾きかけている。
無理して進めば、昨日野営した地点まで戻ることもできるだろう。
しかし、みんなの疲労も考慮して、今日はこの場で野営することにした。
ちなみに、角ウサギの肉は不味い。
普通のウサギ肉とは違ってなぜか赤黒い色をしているし、臭みが強く、よほど食料に困っている状況でなければ誰も口にしないだろう。
過去に一度だけ好奇心に駆られて食べてみたことがあるが、ものすごくげんなりしたのを覚えている。
そんな若気の至りで経験した不味い味を思い出しながら、私はまたアイビーの3人に教えながら村で分けてもらった野菜で簡単なポトフを作った。
出来上がった簡単ポトフをみんなで食べながら話をする。
私が聖女なのになぜ冒険者を兼業しているのかも話したし、過去に角ウサギの肉を食べてひどい目にあった話もした。
アイビーの3人は驚いたり笑ったり。
そんな楽しい話をしながらみんなでご飯を食べる。
その時間はなんだかとても楽しくて、私はつい、
(パーティーで冒険って楽しそうでいいなぁ)
と羨ましく思ってしまった。
翌日早く。
村への帰路につく。
途中薬草の見分け方なんかを軽く教えながらも順調に進み、夕方には村に着くことが出来た。
さっそくアイビーの3人も連れて村長を訪ね、簡単な報告をする。
私の話に村長は驚きを隠せなかったようで、私が、
「このことは教会本部に報告するつもりです、おそらくすぐに動いてもらえるとは思いますが、あまり動きが無いようだったらギルドを通して教会本部に催促してください。その時、私の名前を出してもらって構いませんから」
と伝えると、大袈裟に感謝してくれた。
私はいつものように照れて、
「私は自分の仕事をしたまでですから…」
と言い、顔の前で手を振る。
そして、その日は、
「せめてものお礼にうちに泊まってゆっくりしてください」
という村長のご厚意に甘えてお風呂までいただき、ゆっくりと体を休めた。
次の日。
夕方、またあの宿の酒場で落ち合って打ち上げをしようという約束を交わして、村の入り口でアイビーの3人とはいったん別れる。
私はのんびりとエリーの背に揺られ、ルシアの町へと戻っていった。
夕方。
無事、アイビーの3人と合流する。
「今日は奢りだから思う存分飲み食いしてね」
という私の言葉に、
「「「やったー!」」」
と素直に喜んでくれるアイビーの3人を微笑ましく思いながらみんなで楽しく食べて飲んだ。
宿の新作だというチーズたっぷりピザのチーズをビヨーンと伸ばしながらみんな笑顔でテーブルを囲む。
楽しい時はあっという間に過ぎ、私たちは笑顔でそれぞれの部屋に戻っていった。
(やっぱりお酒は楽しく飲まないとね)
と、お父さんの言葉を思い出しながら、ひとりベッドの上で微笑む。
(やっぱり仲間っていいものだね…)
と思うと少し寂しいような気持ちも湧いてきた。
それでも、ここ数日の楽しさを思い出すと私の顔はまた自然とほころぶ。
そして、私はチト村で待つアンナさんやユリカちゃんのことを思った。
(帰ったらアンナさんは何を作ってくれるかな?やっぱりシチュー?いや、この時期なら白菜たっぷりの鶏団子鍋なんてものいいかもしれない)
と想像すると、さっきあんなに食べたはずなのに、少しお腹が空いたように感じた。
そんな自分にそっと苦笑いを浮かべる。
そして、今度はユリカちゃんの笑顔を思い浮かべた。
(さて、ユリカちゃんへのお土産は何にしよっか?やっぱり本かな?あ。服なんかもいいかもしれない。ちょっとお姫様っぽい可愛らしい服を買っていってあげたらきっと喜んでくれるわ。…うふふ。一緒にリリトワちゃんごっこでもしてあげようかな?)
と想像してまた微笑む。
私は今回も無事に仕事を終えたことを喜び、みんなのことを思って一人微笑みながら幸せな気分でそっと目を閉じた。
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