第14話 角ウサギ04

2人ずつ交代で見張りにつきながら、ゆっくりと休んだ翌朝。

まずは簡単に粉スープで作ったスープと硬いパンで朝食を取る。

そして、準備を整えると、さっそく地図を片手に森の奥を目指して出発した。

アイビーの3人に合わせてほんの少しゆっくりとした歩調で歩いていく。

現在地から目撃の多い地点まではそう遠くない。

おそくら2時間もあれば接敵するだろう。

そう思いながら、私は地図に目を落とした。

いつもの私ならここで地脈の流れを読んで方向を決めるが、今日はそういう訳にはいかない。

なにせ、アイビーの3人の訓練も兼ねている。

私は一般の冒険者がやるように、というか、私も聖女の能力を活用することを思いつくまでは普通にやっていたようにウサギの痕跡を追って、丁寧に地図や木の幹なんかに印をつけながら慎重に進んで行った。


やがて、小さな沢に出る。

私は、

(3人ともまだ余裕みたいだけど、ちょっと休憩を入れておこうかな?)

と思い、

「ちょっと休憩しようか」

と声を掛けた。

まずは3人に地図を見せながら、ここまで通ってきた道と現在地を示しながら、目撃の多い地点との距離なんかを説明する。

「たぶんそろそろ接敵すると思う。そういう時はこうやっていったん小休止を挟んでおくといいわ。少しでもこちらに不利な条件を無くしていくの。体調の異変とかちょっとした靴擦れとか、そういういつもと違う所があったらすぐに撤退するのよ。魔物と対峙する時はいつも万全の状態で臨むのが基本だからね。相手がたかが角ウサギだからって油断しちゃだめ。いつなんどき不測の事態ってやつが襲って来るかわからないから。いい?『おうちに帰るまでが冒険』よ」

と、3人からすれば意外なほど慎重に行動するようにということを真剣な顔で伝えると、3人はやや緊張した表情を浮かべて、

「「「はい!」」」

と返事をしてくれた。


角ウサギは体長5、60センチほどの小さな魔物だ。

しかし、その額には10センチほどの角があり、かなりの速さで突っ込んでくるから刺されれば当然痛いじゃすまない。

それでも初心者向けと言われる理由は基本的に憶病でいざという時以外は襲ってこないから。

遠くから弓で狙うのが定石とされていて、盾や剣はそのいざという時に備えて弓を守る。

そんな戦い方が定石とされていた。


私はそれを踏まえて、

「最初、私は見てるから、発見したらまずミリアが弓で狙って見て、リズとマリはしっかり守るのよ」

とアイビーの3人に指示を出す。

「「「はい!」」」

という3人の返事に一度うなずき、私は続けて、

「1匹ならそれで終わり、でも3、4匹いたらそのうち1、2匹は向かって来るはずだから気を抜かないでね」

と言うと、真剣な表情を3人に向けた。


それぞれに装備を確認する。

私も防具のベルトの具合を少し確認すると、薙刀の革鞘を取って臨戦態勢を取った。

各々の準備が整った様子を見て、

「よし。行こうか」

と声を掛ける。

「「「はい!」」」

という気合のこもった3人の返事に、

「落ち着いてやれば大丈夫よ」

と、ほんの少し優しい言葉を掛けて、私たちはさっそく目撃が多かった地点を目指して進んでいった。


進むにつれて、角ウサギの痕跡が濃くなっていく。

下草が無残なほど食べつくされ、そこかしこに足跡が残されていた。

「これはちょっと…」

私がそうつぶやいた瞬間、藪がガサリと音を立てる。

その瞬間私は、

「マリ!」

と叫んだ。

「はい!」

という油断の無さそうな返事が聞こえた次の瞬間、何やら黒い塊が私たちめがけて飛んできた。

マリがすっと前に出て盾でその塊をはじく。

「ピギャッ!」

と声がしたところへリズがすかさず剣を振り下ろした。


「ふぅ…」

と息を吐くのが聞こえて、

「…まずは1匹ですね」

とリズがつぶやく。

私は無事に切り抜けられたことに安堵しつつも、

(最初から突っ込んできたってことは…)

と先ほどなんとなく持った違和感がただの気のせいでは無かったということを確信した。


普通、あの状態の角ウサギなら真っ先に逃げる。

それが今回は積極的に襲ってきた。

いつもとは何かが違っている。

そのことを如実に感じ取った私は、

「油断しないで。ちょっと面倒な事態になるかもよ」

とアイビーの3人に声を掛けた。


「え?」

というリズに、

「とりあえず、急いで魔石を取って。そしたら移動しましょう」

と声を掛ける。

「は、はい…」

と言ってさっそく魔石を取りにかかるリズを見ながら、私はみんなに、

「もしかしたら群れがいるかもしれない」

と私が持った違和感の正体を告げた。


「え!?」

と驚く3人に、私は、

「基本的に憶病な角ウサギが積極的に襲って来るってことは、守りたいものがあるか、群れて狂暴になっているかのどっちかよ。なぜかはわからないけど、ヤツらは群れると狂暴になる。だとすれば、近くに巣があるはずよ。こういう場合、森の中で囲まれてしまうよりも開けた巣に突っ込んで戦う方が有利になるわ」

と私が持った違和感の正体とこれから移動する理由を説明する。

すると、3人の顔がさっと顔を青ざめた。

私はそんな3人に向かって、

「大丈夫。私もいるから落ち着いて。みんなで協力すれば乗り切れるわ」

と微笑んで見せる。

「「「はい!」」」

と緊張感を増してやや怯えたような表情ながらもしっかりとした返事をしてくれた3人に、私はもう一度、

「大丈夫よ。落ち着いて」

と声を掛けると、さっそく地図を片手に森が薄くなっている場所を目指して歩を進めた。


しばらく歩くと、地図にあった通り、やや開けた場所に出る。

しかし、地図上では「草地」と記されているその場所はものの見事に地面が露出し、無残な姿になっていた。

そこかしこに足跡がある。

(やっぱり…)

私はそんなことを思いながら、

「リズとマリはとにかくミリアを守って。ミリアは慎重に狙って1匹ずつ倒していって。私は遊撃しつつみんなの背中を守るから」

と端的に作戦を伝えその空き地の中央に向かっていき、そこに陣取った。

背嚢を下ろすと、軽く水を口にする。

そして、私が薙刀を構えると、周囲にザワザワとした気配が漂った。


「来るよ!」

という掛け声に、

「「「はい!」」」

という緊張した返事が返って来る。

私はもう一度、

「落ち着いて対処すれば大丈夫。私を信じて」

となるべく落ち着いた口調で声を掛けた。


「「「はい!」」」

と、今度は先ほどよりもほんの少し落ち着いた返事が返ってくる。

その返事に私がほっと安心した瞬間、1匹の角ウサギが私めがけて飛んできた。


素早く下から掬い上げるように薙刀を振って斬り払う。

それを合図に次々と飛び出してくる角ウサギを薙刀の先にかけていった。

(1匹だって後ろに通すものですかっ!)

後で必死に戦うアイビーの3人のことを思って、必死に薙刀を振る。

薙ぎ、突き、時に石突で打撃を加えながら、向かって来るものを屠り、すり抜けようとするのを阻んだ。


「お姉さんっ!」

というマリ声が後ろから聞こえた瞬間振り返りもせず後ろに向けて薙刀を振る。

手応えがあった。

おそらく、マリの盾を抜けたのがいたのだろう。

「大丈夫!自分の相手に集中して!」

と声を掛けてまた前方に集中する。

相変わらず目を怒らせてこちらを狙う角ウサギたちを眺めながら、

(…何匹いるのよ)

とため息を吐きつつ、油断なくこちらも相手を睨み返した。

一瞬の間をおいて再びヤツらが飛びかかって来る。

私はまずは気合を込めた一閃を正面に向かって放ち何匹かまとめて斬った。

次はおもいっきり踏ん張って素早く突きをいれる。

息つく暇なく薙刀をくるりと返して今度は上から薙刀を叩きつけると、また1匹の角ウサギが、

「ピギャ!」

という声を上げながら倒れた。

そんなことを何度か繰り返す。

そして、私が額に汗をかき、ほんの少し息が上がってきた頃。

ようやく、目の前から動く角ウサギがいなくなってくれた。


40…。

いやもっとだろうか?

数えるのも面倒なほどの角ウサギたちを眺め、そこでようやく私は、

「ふぅ…」

と、ひと息吐く。

そして、後ろを振り返るとそこには、苦笑いを浮かべて座り込むアイビーの3人がいた。

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