第12話 角ウサギ02

やがて、お腹と気持ちが満たされ、私が、

(さて、お次はどうしよう?もう一杯くらい飲みたいけど、さすがにお腹いっぱいなのよねぇ…)

と考えていると、突然、斜め前辺りから、

「や、やめてください!」

という女の子の声が聞こえた。

私はその声を聞いて、

(ちょっとやめてよね…)

と一気に気持ちをげんなりさせながら、声がした方向を見ると、スキンヘッドのいかにも冒険者らしいおっさんが、

「おいおい。先輩にお酌の一つもできねぇってのか?」

と少しろれつの回らない感じの口調で、3人組の女の子たちに絡んでいる。

どうやら女の子たちも冒険者のようだが、私より3、4歳下だろうか?

どう見ても新人にしか見えない。

そんな光景を見て黙っていられるわけもなく、私は気が付けば席を立ち、

「ちょっとやめなよ。こっちの酒が不味くなるでしょ」

と言って、おっさんの頭を叩いていた。


私は、

(あ。やっちゃった…)

と思いながらも、

「あぁん?なんだてめぇ!」

と案の定キレてくるおっさんに向かって、

「みっともないから止めろって言ってるのよ!」

と注意する。

するとそのおっさんはまた案の定、

「てめぇには関係ねーだろうが。引っ込んでろ!」

と言ってキレてきた。


「関係あるわよ。せっかくの酒が不味くなるって言ってんでしょうが!」

と私も負けずに言い返す。

その場は一瞬にして静まり返り、剣呑な空気が流れた。

私は、

(あちゃー。逆にみんなに迷惑かけちゃったかな?)

と少しは反省しつつも、

(だからと言って後輩をいじめるおっさんを放っておくわけにもいかないしね…)

と思い直して、こちらを睨みつけてくるおっさんを睨み返す。

一触即発。

まさしくそんな感じの雰囲気が私とおっさんの間に流れ、私とおっさんの間にじりじりと緊張した時間が流れた。


しかし、そこへ、

「おい!ガンツ!てめぇ。まだ懲りてなかったのか!」

と大きな声が掛けられて、ガンツと呼ばれたおっさんの顔が一気に青ざめる。

「あ、アイン…」

ガンツと呼ばれたおっさんがそうひとこと言うや否や、アインと呼ばれたこちらもおっさんがドシドシと歩み寄って来て、ガンツとやらの頭にげんこつを落とした。

「バカ野郎!酒は楽しく飲めっていつも言ってんだろうが!他人様に迷惑かけるなんざ酒場の流儀じゃねぇ。まったく、このバカタレが!」

とアインと呼ばれたおっさんはまたガンツのおっさんを一喝すると、もう一度げんこつを落とす。

そして、大きなため息を吐くと、

「帰ったらサーシャのお説教だからな」

と静かにそう言った。

ガンツというおっさんの顔が先ほどにも増して青ざめる。

おそらく、そのサーシャさんという人のお説教というのは相当なんだろう。

私はそんな想像をしながら、そのよくわからないおっさん同士のやり取りを聞いていた。


「嬢ちゃんたち。うちのバカがすまねぇ。今日の所は俺の顔に免じて許してやってくれ」

と、私と女の子3人に向かって頭を下げるひげ面のアインというおっさんに私は、

「あ、ああ…」

ときょとんとした顔で答え、被害を被った女の子たちもコクコクとうなずく。

それを見たアインというおっさんは、ポケットから無造作に金貨を1枚取り出すと、

「おやっさん!こいつでみんなに1杯奢ってやってくれ!」

と奥に声を掛け、女の子たちのいるテーブルの上にその金貨を置いた。

その場に歓声が上がる。

私は何がなんだかわからないまま、とりあえず知らないおっさんに一杯奢ってもらうことになってしまった。


アインのおっさんが泣きそうな顔のガンツのおっさんの首根っこを掴み酒場から出て行く。

そして、まだきょとんとしている私のもとにさっきの給仕のお姉さんがやって来ると、

「みなさーん!ビールでいいですかぁ?」

と店中の客に向かって大声で聞いた。

みんながそれに歓声で応える。

給仕のお姉さんは、

「じゃぁ、順番に持ってきますね!」

と言うと、その場にあった金貨を持って店の奥へと入っていった。


「な、なんだったの?」

という私のつぶやきに、

「えっと…。なんだったんでしょう?」

と3人の女の子のうちの1人がつぶやき返し、私とその3人の女の子がきょとんとした顔を合わせる。

私はその状況がなんだかおかしくて、

「ま、いっか。とりあえず一緒に飲もうよ」

と笑いながら女の子たちに声を掛けた。

「「「はい!」」」

という元気な返事を聞き、女の子たちの席に混ざる。

そして、被害者特権で1番に運ばれてきたビールのジョッキを受け取ると、

「よくわかんないけど、乾杯っ!」

という私の音頭に合わせて、ジョッキを合わせ、笑顔でビールを流し込んだ。


「ぷっはぁ!」

という言葉にならない言葉が重なる。

そして、私は、ふと思い出し、

「ああ、そうだ。私ジルね。みんなは?」

と遅まきながら自己紹介をした。

「あ。すみません。私リズです」

「私はミリアで、こっちはマリです」

「はい。よろしくお願いします」

と挨拶を交わし、なんとなく、ぎこちないようなくすぐったいような空気が流れたのをみんなでくすくすと笑い、またビールをちびりと飲む。

そこから楽しいおしゃべりが始まった。


まず、私が、

「ねぇ。みんなは冒険者なんでしょ?パーティー?」

と話を切り出す。

すると、一応リーダーというかまとめ役のリズが、

「はい。まだ1年くらいの駆け出しで『アイビー』っていう名前です」

と自分たちのことを教えてくれて、ミリアが、

「私たち幼馴染なんです。小さいころから冒険者になるのが夢で…」

と少し恥ずかしそうに答えてくれた。

「リズが剣士で前衛、ミリアが盾で私が弓をやってます」

と、それぞれの役割を教えてくれるマリの様子を見て、

(なんだか仲が良さそうね。さすがは幼馴染って感じ)

と、密かに微笑ましく思いながら、今度は、

「そうなんだ。拠点はこの町?」

と次の質問に移ると、今度はミリアが、

「いえ。この町へは来たばっかりなんです。角ウサギの依頼があるって聞いたから」

と遠慮がちに答える。

きっと、角ウサギくらいの依頼しか受けられない自分たちのことを少し恥ずかしく思ったんだろう。

私は、

(最初はみんなそうなんだよ。だから大丈夫)

と心の中でお姉さん風を吹かせながら、

「そっか。じゃぁ、あの依頼受けたんだね」

と聞いてみた。


「はい。明日出発しようと思ってます」

と元気に答えるマリに向かって私が、

「そうなんだ。実は私も受けたんだ、あの依頼。ハース村って所に用事があるから、ついでにね」

と教えてあげると、リズが、

「え!ジルお姉さんも受けたんですか!?」

と驚きの表情をこちらに向けてくる。

(え。いや、お姉さんって…)

と、お姉さんと言われたことにかなりの気恥ずかしさを感じながらも、あまり悪い気はせず、私は、

「うん。たまたま時間があったからね」

と照れながら答えて頭を掻いた。


「え、じゃぁ一緒にいきませんか?」

と、ミリアが期待を込めた眼差しで私を見つめながらそう提案してくる。

しかし、私は一応聖女としての仕事があるから、

「あー。ハース村の用事ってのがちょっと急ぎだし、私は馬だから…」

とちょっと申し訳なさそうな顔でそう答えるしかなかった。


「そうなんですかぁ…」

と落ち込むミリアに、

「ああ、でも用事はすぐ終わるから午後からなら大丈夫だよ」

と、なぜだか取り繕うように言うと、

「ほんとうですか!?じゃぁ、待ち合わせしてご一緒させてください。たくさん勉強させてもらいたいです!」

と、ミリアがパッと目を輝かせる。

私はそんな真っすぐな瞳が少しだけ眩しく思えて、

「…勉強って。それほどベテランじゃないから、あんまり期待しないでね?」

とまた照れながらそう言うが、横からリズが、

「いえ!今の私たちにとっては全部勉強になります。よろしくお願いします!」

と言って頭を下げてきた。

ミリアとマリも、

「「お願いします!」」

と言って頭を下げてくる。

私はなんだか気恥ずかしくなって、

(…まいったなぁ)

と心のなかでつぶやき、照れて頭を掻きつつ、

「うん。こちらこそよろしくね」

と笑顔でそのお願いに応えることにした。


それからまたアイビーの3人と少し話をして、明日の予定を簡単に確認する。

3人は昼前の駅馬車で移動するそうだから午後には合流できるだろう。

待ち合わせは村の入り口の門の前にすることにして、その日は少し寂しさを感じつつも笑顔で別れた。

部屋に戻ってベッドに転がる。

(…お姉さんって)

と、またさっきのお姉さんという3人の呼び方を思い出して、私は少し身もだえしてしまった。

生まれて初めて出来た後輩。

その存在がなんだか本当に自分をお姉さんにしてくれたような気がして、嬉しさが込み上げてくる。

私は、お酒と照れで少し火照った頬を冷まそうと思って窓を開けた。

晩冬の冷たい夜風が一気に私の火照りを冷ます。

(楽しい冒険になるといいな…)

私はそんなことを思いながら静まり返ったルシアの町をぼんやりと眺めた。

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