第11話 角ウサギ01

チト村での平穏な日々。

ユリカちゃんと一緒にお風呂に入り、毎晩のように一緒に寝る。

お散歩にも行ったし、村の他の子供達と一緒にかくれんぼもした。

ちょっとやんちゃな男の子はいたけど、みんなで仲良く遊んでいる姿に癒され、家に戻ってまた美味しいご飯を食べる。

そんな平穏な日々を送る中、また教会から手紙が届いた。


いつものようにため息交じりで、その手紙を受け取る。

中に入っていたのはいつもの事務的で簡素な書類だった。

端的に次の行先が示してある。

今回は王都から南へ3日ほど下ったドルトネス伯爵領、ハース村。

(チト村からだと7日くらいかな?)

私はなんとなくの距離を思い浮かべながらさっそく地図を開き目的地であるハース村の位置を確認した。


夕食後、また旅に出ることを告げる。

アンナさんは教会から手紙が来たことでなんとなく察していたようだが、ユリカちゃんはまたいつものように泣いた。

いや、いつもより激しく泣いているかもしれない。

「ははは。すぐに戻って来るよ。またお土産買ってきてあげるからね?」

と言って慰める私に、

「いつ?どのくらい?」

と、まるで幼児に戻ったような語彙で質問してくる。

「ははは。ちゃんとおりこうさんでいてね。風邪なんかひいちゃだめよ?」

と言う私の胸に顔を押し付けて、駄々をこねながら泣くユリカちゃんの頭を撫で、その日も一緒に眠った。


翌朝。

さっそく荷物をまとめる。

慣れたもので手早く終わり、昼前には出発の時を迎えた。

玄関先で寂しそうに私のズボンの裾を掴んで離さないユリカちゃんを抱き上げる。

「大丈夫よ」

そう声を掛けて抱きしめると、ユリカちゃんは私の胸に顔を埋め、

ぽろぽろと涙を流しながら、

「…うん」

とうなずいてくれた。

今にも泣き叫びたい気持ちを必死にこらえて、でも涙を止められずにいるユリカちゃんの頭を撫でてやりながら、

「いい子ね」

とまるで母親のような言葉を掛ける。

「…うん」

とまた、涙をこらえながら寂しそうにうなずくユリカちゃんを一度ぎゅっと抱きしめ、そっと地面におろすと、小さな頬を濡らす涙を軽く拭ってあげながら、

「お土産楽しみにしててね」

という言葉を残して、私はエリーに跨った。


後から聞こえる泣き声に後ろ髪を引かれながらエリーを進ませる。

やがて村の門の所までくると、そこには珍しくジミーが立っていた。

「やぁ。おでかけかい?」

と気楽そうに聞いてくるジミーに、

「ええ。ユリカちゃんのこと頼んだわよ」

とまじめな顔で返す。

すると、ジミーはいつもより少しは真面目そうな顔で、

「安心してくれ。これでも騎士の端くれだ」

と言ってくれた。

そんな安請け合いに、私は不思議と安心感を覚えて、

「頼んだわよ『駐在さん』」

と軽口を返し、エリーに出発の合図を送る。

そして、背中から聞こえる、

「ああ。頼まれたよ」

というジミーの軽い声に後ろで手に手を振りながら、私は村の門をくぐっていった。


いつものように裏街道をのんびりと進んでいく。

途中の村で野菜をもらい、野営を挟みながら進むいつもの旅。

そんな旅を7日ほど続け、無事ドルトネス伯爵領の領都ルシアの町に到着した。


いつものように安宿を探す。

しかし、門にいた衛兵さんに聞くと、あいにくこの町の宿は基本的には食事付きなのだそうだ。

私としては、できればこの町の酒場を堪能したかったがそこは仕方がない。

せめてこの町のお酒を堪能しようと思って、適当ににぎわっている酒場付きの宿屋にはいった。


旅装を解き、まずは銭湯の前に軽くギルドを覗く。

今回の目的地ハース村はこの町からほど近い。

おそらく、2、3時間といったところだろう。

今回の聖女の仕事は魔導石の管理だけ。

それならさして時間もかからないだろうから、適当な依頼があればついでに受けよう。

そう思って、いつものように依頼が張り出されている掲示板を眺めた。


夕方のことで、割のいい依頼はすっかり消えている。

しかし、どうせついでに受ける依頼だ。

常設に近い、初心者でもこなせそうな依頼で構わない。

そう思って掲示板を見ていると、「角ウサギ討伐」という依頼が目に入ってきた。

よく見てみるとなんとも都合のいいことに場所はハース村近郊の森の中。

さっそく受付にその依頼を持って行ってまずは状況を聞く。

「ねぇ。これってどういう状況なの?」

と、カウンターの中にいたちょっとチャラ目のお兄さんにそう聞くと、そのお兄さんは、

「あー。なんか今年は多いみたいだね。ギルマスは『当たり年』って言ってたかな?村は困ってるかもしんないけど初心者連中は大喜びって感じさ」

と、やや笑いながらそう言った。

私は、

(あんた不謹慎って言葉、知らないの?まったく。ギルドの職員がそんなんでどうするのよ!)

と心の中でまずはキレる。

しかし、そこは落ち着いて、

(…こういうのって妙に気になるのよね。何も無ければいいけど。まぁ、とりあえず軽く調査がてら受けてみましょうか)

と考えながら、かなり引きつっていたかもしれないけど、一応笑顔で、

「じゃぁ、その初心者連中に混じって軽く運動してくるよ」

と言って私はその依頼を受けることにした。


ちょっとだけささくれだった心を抱えて銭湯に向かう。

宿屋の受付で教えられた銭湯は割と新しいらしく、綺麗で湯船も広めだった。

(ふいー…。生き返るわー)

とおじさん臭い言葉を心の中で言いながら湯船に浸かっていると、心がすっきりと整って丸くなっていく。

(やっぱりお風呂は命の洗濯ね)

と、またおじさん臭い言葉を思い浮かべながら、私は旅の疲れを十分に癒した。


ほかほかの体と心で宿屋に戻る。

(いやー。これはさっそくビールだね)

と思いながら私はまず部屋で軽く身なりを整えて、さっそく1階にある酒場へと降りて行った。

ガヤガヤと賑わう酒場の隅に陣取り、注文を取りに来たお姉さんにさっそく、

「とりあえず、ビールね」

と注文し、

「あと、この宿の名物ってなぁに?」

と聞く。

「そうですねぇ。揚げ鶏なんか人気ですよ。ニンニクとショウガのガツンとした味つけでお酒に合いますし、蒸し野菜とマッシュポテトも付いててボリューム満点です!」

と、明るく答えてくれるお姉さんに、私は迷わず、

「じゃぁそれで!」

とこちらも元気よく注文し、ウキウキとした気分でお酒と料理を待った。


やがて、

「お待たせしました、ビールです!」

と明るい声とともに出された陶製の大ジョッキを待ってましたとばかりに口元へ運び一気にあおる。

「ぷっはぁー…」

と遠慮なく声を漏らすと私の全身を幸せが駆け巡っていった。


(まさしく五臓六腑に染み渡るって感じがするわー)

と、また20代前半の女子とは思えない感想を抱きつつ、ガヤガヤと賑わう酒場の様子に目をやる。

宿屋の酒場と言うこともあって、客の大半は冒険者。

しかし、ちらほらと勤め人らしき人たちの姿も見えるから地元客にもそこそこ愛されている店なんだろう。

そんなことを思いながら酒場の喧騒をつまみにまたひと口ビールを流し込みながら、この店自慢の揚げ鶏とやらの到着を待った。


やがて

「お待たせしました!」

と言うお姉さんの明るい声とともに料理が運ばれてくる。

「ありがとう」

と言って、さっそくその揚げ鶏に目をやると、ごろごろと大きな塊がこんもりと乗せられ、横にはたっぷりの野菜が添えられていた。

「衣にしっかり味が付いてますから、そのままでも美味しいですよ。味が足りない時はいってくださいね。マヨネーズソースがありますんで」

とまた明るい声を残して下がっていくお姉さんを見送り、私はさっそくその揚げ鶏に手を付ける。

フォークを入れた瞬間サクッという感触が伝わって来て、中からジュワっと肉汁があふれ出してきた。

(美味しそう…)

そう思うとたまらなくなってさっそく肉にかぶりつく。

(あ、あふっ!)

口の中に一気に肉汁があふれ出してきた。

熱々の肉汁を口いっぱいに感じて、「はふはふ」しながらなんとか飲み込む。

お姉さんの言った通り、いかにもお酒が進みそうなガツンとした味に思わずビールを流し込み、また、

「ぷはぁ…」

と息を吐いた。

時々あっさりとした塩味の蒸し野菜とてんこ盛りのマッシュポテトで口の中をさっぱりとさせながら揚げ鶏とビールの味を楽しむ。

(そうそう。酒場と言えばこの乱暴で濃い味付けがたまらないのよねぇ…)

と一人悦に浸りながら、

「お姉さん、お替り!」

とジョッキを掲げまた揚げ鶏を頬張り、さっそくお姉さんが持ってきてくれたビールでお腹に流し込んだ。

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