第8話 冒険者ジル04

緊張の夜を過ごした翌朝。

無事に拝めた朝日に感謝の心を抱きつつ、装備を確認し立ち上がる。

それなりに疲れはあるが、緊張感の方が大きい。

(今日は勝負よ…)

そう自分に言い聞かせて、慎重に歩を進めた。


周囲の木の葉が落ちているせいだろうか、日の光が多く差し込む森の中を進んで行く。

やがて、獣道のようにある程度踏み固められた道を発見した。

(あった…)

心の中でそうつぶやくと、さっそくその道をたどって行く。

徐々に空気は重くなり、辺りに魔物の気配が漂い始めた。

(近い)

そう感じた私は、薙刀の革鞘を外す。

さらに慎重に歩を進めて行くと、小さな崖とその前に広がる空き地、そして、洞穴が見えた。


入り口は十分に広い。

高さは2メートルと少しあるだろうか。

そんな状況を確認すると、私はいったん回り込み、周囲の様子を確認する。

見張りらしき影はない。

外で活動されていれば厄介だと思ったが、どうやらまだヤツらはあの洞穴の中にいるらしい。

(問題はあの洞穴がどのくらいの深さかってところだけど…)

そう考えて私はさらに回り込みながら、周囲の地形を確認した。

一通り確認を済ませると、自分の中で作戦を組み立てる。

(深さはそんなに無さそう。でもきっと中は広いわよね…。だとしたら、中で殲滅戦?いや、それじゃあっちに有利過ぎる。いったん中に突っ込んで表まで誘い出すのが一番良さそうかな…)

私はそう結論を出すと、その場に背嚢を置き、必要な装備だけを腰のバッグに詰めてさっそくヤツらの巣の方へと歩み寄っていった。


洞穴の手前までやって来たところで中の様子を少し伺う。

(いる!)

中にいくつもの気配がうごめいているのを感じた。

すっと短く息を吐き、集中を高める。

(あまり考えすぎちゃだめよ…)

と自分に言い聞かせ、雑念を振り払うと、今度はやや深く息を吸い込み、「ふー…」と長めに息を吐いて、腰のバッグから照明石を一つ取り出すとゆっくりと魔力を込めて思いっきりそれを投げ込んだ。


カツンという小さな音がした瞬間洞穴の中が明るく照らされる。

「ギャッ!」

という醜い声がした。

私は迷わず突っ込んでいく。

予想通り、洞穴の中には広い空間が広がっていた。

しかし、奥は無さそうだ。

(良かった…)

私は予想が当たっていてくれたことに安堵しながらも、まずは慌ててこちらに突っ込んできたヤツを横なぎに斬る。

また、「ギャッ!」と醜い声がして、ヤツが倒れると、構わず次へ。

次は喉元を突いた。

そこからはやや乱戦気味になる。左のヤツを薙刀の柄で突き飛ばしながら、右から振り下ろされた、こん棒のようなものを避ける。

そのまま腰をかがめて右のヤツを突いた。

素早く薙刀を左に振って私を取り囲もうとしてきたのをまとめて何匹か斬る。

今度はまた右を突いた。

すると、左から襲い掛かって来るやや大きな気配に気が付いて、それをかわす。

(くっ…)

どうやら少しかすってしまったらしい。

しかし、ここで慌ててはいけない。

(そろそろ…)

そう思って私はヤツらを引き付けながら、いったん退いた。


入り口付近まで退くと私はそこで振り返る。

(小物はここで殲滅する!)

覚悟を決め、退路を断ったつもりでヤツらと対峙した。

わらわらとヤツらがこちらに向かって来る。

やはり多い。

いや、もしかしたら想像以上かもしれない。

(くっ…。計算が甘かった…)

一瞬失敗を悔む気持ちが湧いてきた。

しかし、私はそんな考えを一瞬で振り払って、

(ひとつずつやる!)

と、心の中で叫び集中を増していく。

先程よりも集中を高めると、やがて目の前のヤツらの動きが遅くなっていった。

正面を突き、右に薙ぐ。

素早く反転して、下段から左へ薙ぎ、また正面を突いた。

右から振り下ろされるこん棒を柄で受け止めていなす。

体勢を崩したヤツを踏みつけるようにしながらまた正面を突き、素早く抜くと私の足下で騒いでいるヤツを突いた。

そんなことを繰り返すうちに、ヤツらの手数が減っていく。

しかし私は、

(そろそろ来るはず)

と気合を入れなおすと、奥からやって来たやや大きな気配と対峙した。

奥からやってきたソイツの身長は180センチくらいあるだろうか。

普通のゴブリンとは比べ物にならないほど大きい。

太く長い腕にはちょっとした丸太のような太い木が握られている。

醜悪な顔つきは妙にニヤけていて、紫色の舌が気持ち悪い。

そして見るからに臭そうだ。

(きもっ!)

私は正直にそんな感想を抱いた。


ジェネラルだ。

正直言って強い。

しかも手下を引き連れているからなお厄介だ。

私は手下の動きにも注意を払いつつ油断なく構える。

そして、ジェネラルが、

「グギャァッ!」

と叫んだ瞬間、周りの手下どもが一斉に襲い掛かってきた。


(広い方が有利)

私は咄嗟にそう判断して、目の前から突っ込んでくるヤツを適当にあしらいつつ退いていく。

そして、入り口の前の空き地まで退却した。

空き地まで出ればこちらが有利だ。

洞穴の中より足場がいい上に見通しが効く。

私は、再度集中を高めると、今度はこちらから積極的に切り込んで行った。

順調に手下を片付けていく。

すると、おそらくしびれを切らしたのだろう。

ジェネラルが丸太を振り回しながら突っ込んできた。


(速い!?)

そう感じながらも、私はそれをギリギリで何とかかわしながら、隙を窺う。

(…ちょっとでもかすればこっちの負け。だからといって焦って突っ込んでもこっちの負けになる。焦るな。速さなら負けない。落ち着いてかわせ…)

そう感じながら、時々突っ込む振りをして、手下をあしらいつつジェネラルの攻撃を避け続けた。

やがて、手下が減り、ジェネラルの動きが雑になってくる。

(よしっ!)

私はそこで一瞬だけ隙を作った。

案の定、ジェネラルは私のその動きに引っかかって一気に攻めてくる。

私は丸太を大きく振りかぶり、逆に隙だらけになったジェネラルの懐に飛び込んだ。

一気に心臓の辺りを突く。

さっと汚い血が飛んで勝負は決まった。


素早く飛び退さって、返り血を避ける。

しかしそれでも少し浴びてしまった。

ヤツらの体表と同じ毒々しいくすんだ緑色の血が防具や服に着く。

(うげぇ…)

私は思わず心の中で、そう言ってげんなりとしてしまった。

残り数匹いた手下を軽く殲滅する。

それでも私は油断なく構えて周囲の様子を窺った。


どうやら終わったらしい。

そう感じて私はようやく息を吐く。

(…しんどかったぁ)

そんな言葉が出てきて、その場に座り込みたくなったが、仕事はまだ残っていることを思い出して、気を取り直すと、まずは魔石を取る作業に取り掛かった。


まずはなんとかジェネラルをひっくり返して、胸の辺りから魔石を取り出す。

あまり気持ちのいい作業じゃないけど、さすがにもう慣れた。

次は周りに転がる手下たちの魔石を取って、ジェネラルの周囲に積み上げていく。

洞穴の中にもう一度照明石を投げ込んで中にいるゴブリンたちをとりあえず入り口近くまで引っ張り出してくると、また先ほどと同じ要領で処理していった。


ようやく積み上げる作業が終わって空を見上げると、太陽はとっくに真ん中を過ぎている。

(安心したら急にお腹減ってきちゃったな…)

と考えながらも最後の仕上げに取り掛かった。


ゴブリンは基本的に焼かなければならない。

場所的に焼けない場合は1か所に集めて浄化石、私が使った浄化の魔導石よりも簡素で局所的に魔素の淀みを浄化してくれる魔道具を置いてくるのが基本だ。

そういう準備が無い場合はゴブリンを狩ってはいけない。

そうしないと、なぜかヤツらは同じような所に湧いてくるから、そういう決まりになっている。

私の場合、携帯用の浄化の魔導石で周囲の淀みごと浄化できるが、一応のマナーとしてできるだけ焼くようにしていた。

まずは、火炎石、魔力を込めると一定時間高温の炎を出してくれる魔導石、を突っ込んでゴブリンの山を焼く。

次に、浄化の準備に取り掛かった。

また、携帯型の浄化の魔導石を地面に突き立てて魔力を流す。

また昨日と同じように青白い線が不規則に周囲に広がった。

しかし、ここからは先ほどとは違い、一気に大量の魔力を流す。

すると私を中心に青白い光が一気に広がった。

浄化の光と呼ばれるその青白い光が周囲を一気に浄化していく。

私が集中を解き、ふと目を開けると、先ほどまで辺りに漂っていたはずの、重たく淀んだ空気はきれいさっぱり無くなっていた。


「ふぅ…」

と短く息を吐いて、周囲を見渡し、自分の防具を見る。

この浄化の光の副次的な効果とでもいうのだろうか。

この浄化の魔法を使うと魔物の血が消える。

おそらくこのことを知っているのは私くらいだろう。

なぜなら、魔物と戦う聖女なんて私くらいだからだ。

(あいかわらずお洗濯いらずで楽ちんだわ)

と苦笑いをこぼし、今度こそその場に座り込んだ。

腰につけたバッグから飴を取り出して口に入れる。

一瞬で広がる飴の甘さにふんわりと癒されながら、ひと息吐くと、とりあえず手元にある魔石を数えてみた。

手下の分が25個ある。

これだけで金貨5枚くらいだろうか。

ジェネラルは手強い割に安くて、大銀貨5、6枚。

村からの報酬を合わせると金貨7枚と少しになる計算だ。

けっこういい稼ぎのように思えるかもしれないが、私みたいなソロならともかく4、5人のパーティーなら採算ギリギリだろう。

(そりゃ受けたくない気持ちもわかるわ)

と、ぼんやり考えながら、また空を見上げた。

すると、飴玉ひとつでは物足りなかったお腹が「きゅるる」と切なそうな音を立てる。

(そうだ、帰ったらアンナさんにすき焼を作ってもらおう。あれ、ユリカちゃんが大好きだもんね)

と、そんなことを考えながら、重たい腰を上げ、軽くお尻の土を払うと、

(さっさと焼けてくれないかなぁ)

と思いながらゴブリンの山を見つめた。

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