第9話 冒険者ジル05

ゴブリンが焼けたのを見定めて、背嚢を置いた場所まで戻る。

そして、私は足早にその場所を離れた。

なんとか日暮れ前に昨日野営した場所までたどり着き、また緊張の夜を過ごす。

疲れは溜まっているが、なんとか凌いで翌朝早くユーリ村への帰路についた。

ユーリ村に辿り着いたのは、夕方前。

さっそく村長宅に戻って無事に終わったことを告げる。

村長は、村が守られたことと、私が無事に戻って来たことの両方に喜びの涙を流してくれた。

(ああ、良い人だなぁ…)

そんな感慨が胸の奥から湧いてくる。

「今日は宴を開かねばなりませんな」

と言う村長に向かって、私は、

「…すみません。とりあえず眠らせてください。…あと、あればお風呂を…」

と遠慮気味に申し出て、その日も奥様の暖かい手料理に癒されると、さっそく休ませてもらった。


翌日。

普通の冒険者ならここで出立するところだが、私にはもう一つ仕事がある。

朝食の後、村長に、

「信じられないかもしれませんが、一応、私聖女なんです」

と苦笑いで聖女のバッチを見せながら苦笑いで正体を明かした。

驚きつつも、素直に信じてくれる人の好い村長の態度を嬉しく思いながら、どうやら設置されている浄化の魔導石が上手く機能していないようだから見せて欲しいとお願いして、魔導石が設置してある祠に案内してもらう。

村長が厳重に掛けられた鍵を開け、重たい石の扉を開けると、そこには直径4、50センチの魔導石がほの白い光を放っていた。


(やっぱりね…)

そんな感想を持つ。

普通の人、聖女以外が見ても何もわからないだろう。

しかし、私の目にははっきりと不規則に流れる魔力の流れが見えていた。

私はなるべく笑顔で村長の方を振り返り、

「あー…。ちょっと調子が悪いかな?ああ、たいしたことはありませんよ?でも、放っておくのもなんですし、ちょっとだけ調整しておきますね」

と安心させるような言葉を投げかけて、さっそくその魔導石に近づき手を添える。

目を閉じ、ひとつ深呼吸をするといつものように集中して魔力を流し始めた。

閉じているはずの私の目の前に広大な空間と複雑に絡み合う青白い線が広がる。

私はまずその状況をよく観察した。

すると、その青白い線が絡み合い、お互いを締め付けているような箇所がいくつか見つかる。

(…あちゃー。これはたしかに難しいわね。だから途中で諦めちゃったって感じかな?)

と思いながら、私は慎重に問題のありそうな箇所で絡まっている青白い線をひとつひとつ丁寧にほぐしていった。


どのくらい時間が経ったのだろうか?

調整が終わり、整った青白い線をもう一度よく観察し、順調に魔素が流れていることを確認して私は目を開ける。

「ふぅ…」

と息を吐き、振り返ると、そこにはなぜか平伏している村長がいた。

私は慌てて、

「え?あ、いや、あの…。えっと、大丈夫でしたよ?」

と声を掛けながら、村長の側にしゃがみ込み、頭を上げてくれるよう促す。

「ああ、ありがたや…」

と、胸の前で手を合わせ涙ぐむ村長に、私は、

「いや、聖女なら誰でもできることですからね?」

と照れながら少し言い訳がましいことを言って、

「まぁ、とりあえず終わりましたから」

と苦笑いで村長に手を貸し、立ってもらうと、

「とりあえず、お茶でも飲ませてもらえませんか?」

と冗談めかしてそう言った。


どうやら1時間くらいは経っていたらしい。

村長は私が魔導石に触れた瞬間青白く光ったことに驚き、これはきっと神聖なものに違いないと思って平伏してしまったのだそうだ。

私は苦笑いで、

「聖女が魔導石に触れると誰でもあんな感じになるんですよ」

と教える。

しかし、村長は、

「はぁ…。それは、それは、ものすごいことで…」

と感心したあと、また、

「やっぱりありがたいことでございます」

と、今度は奥さんと一緒になって私を拝み始めた。


そんな私たちのやり取りは「きゅるる」という私の腹の虫が鳴く音で中断する。

「あはは…。あれやるとお腹が空くんですよねぇ…」

と照れながら笑う私を見て、村長夫妻もにこりと笑い、その場はやっと落ち着きを取り戻した。


「おにぎりでよければすぐに作ってまいりますので」

といって席を立つ奥様を見送り、とりあえずお茶請けに出された漬物をつまみながら腹の虫を宥める。

おにぎりを待つ間、村長と最近までの村の様子について少し話をした。

どうやら野菜や米の育ちがやや悪くなっていたらしい。

近頃では野菜が高く売れず苦労していたのだとか。

そこへゴブリンが現れたから、いっそう苦しくなると思って慌てて依頼を出したというのが今回の経緯らしい。

そんな話を聞き、私は密かに心を痛める。

今回の騒動の発端は間違いなく5年前、この村にやってきたという聖女の適当な仕事が原因だ。

放置していればどうなっていたことか。

それを思うと、同じ聖女として恥ずかしい気持ちと申し訳ない気持ちが湧いてきた。

「申し訳ございませんでした」

突然頭を下げる私に村長はいっしゅんきょとんとして、そのあと少し慌てたような口調で、

「え。あ、あの。こちらこそとんでもねぇことでございます」

と言うと、こちらも頭を下げる。

そんなお互いになぜ頭を下げられているのかわからない謝罪合戦を繰り広げていると、

「お待たせしましたねぇ」

と言って、奥様が大きめのおにぎりが乗った皿を持ってきてくれた。


「ははは。いや、美味しそうですね。さっそくいただきます!」

と言って、照れ笑いを浮かべながらひと口食べる。

程よい塩加減と具のしぐれ煮の甘じょっぱさが私の口の中に広がった。

口の中で米粒がほろほろと解けていく。

そして、その優しい食感を感じていると、私の心にあった怒りや悲しみも少しずつ解れていった。


牛のしぐれ煮が入ったやや大きめのおにぎりを一気に3つ食べ終える。

そんな様子をにこにこと見ていた奥様だが、ふと気がついたように、

「お昼はどうされますか?」

と聞いてきた。

おそらく、そんなに食べたのではお昼は入らないのではないかと心配してくれたのだろう。

私もそれに気が付き、

「あー…。そうですね。昼前には発ちます。あと…このおにぎりもういくつかありますか?」

と遠慮気味に訊ねる。

「あら。まぁ…。もう少しゆっくりして行ってくださいましな。お昼はいくらでもずらせますからねぇ」

と少し悲しそうな顔をする奥様と、

「ええ。ええ。村の大恩人である聖女様をこのままお帰しするわけにはまいりませんで…」

と言って来る村長の優しい顔を見て、ほんわかと温かい気持ちを覚えながらも、私は、

「ごめんなさい。どうぞお気遣いなく。少し急ぐ旅なものですから」

とまた遠慮がちに答え、目に見えてシュンとする村長夫妻に、

「そのうちまた来ますよ」

と、約束とも言えない約束をして、なんとか納得してもらった。


やがて、竹の皮に包んだおにぎりとエリーのニンジンをたんまりと分けてもらい、村を発つ。

いつまでも手を振ってくれる村長夫妻にこちらも照れながら何度も手を振り、私はユーリ村を後にした。

翌日の昼前にはリッカの町に辿り着くとさっそくギルドへ向かう。

ジェネラルつきのけっこう大きな群れだったことを報告すると、かなり驚かれた。

「わかっていると思うけど、ゴブリンは放置しちゃいけない。後でとんでもないことになりかねないからね」

と忠告をして、途中で書いた1通の手紙を差し出す。

「特に急ぎじゃないけど、大事な手紙だから信頼できる便で頼むよ」

と言いながら粒銀貨を2枚出して手紙を託すと、私は足早にギルドを後にした。


途中。

昼を少し過ぎた頃。

休憩に立ち寄った街道沿いの水場で村長の奥様が握ってくれたおにぎりを口に入れる。

同じく美味しそうにニンジンを食べるエリーに向かって、

「美味しいね」

と微笑んだ。

「ぶるる!」

と嬉しそうな顔を私に向けてくるエリーの首をそっと撫で、あの優しい雰囲気に包まれたユーリ村のことを思い出す。

(良い村だったなぁ…)

そう思うと、急にアンナさんとユリカちゃんの顔が浮かんできた。

(うふふ。ユリカちゃん、本、喜んでくれるかな?)

と考えると自然と顔が綻ぶ。

また3つおにぎりを食べ終えると、適当にお茶を淹れて飲みながら、街道沿いに広がる牧歌的な風景を眺めた。

郷愁にも似た気持ちが湧いてくる。

(さぁ、帰ろう)

私は胸の中でそうつぶやくと、ニンジンの味にご満悦の表情を浮かべるエリーに跨ると、

「よろしくね」

と声を掛け、出発の合図を出した。

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