第7話 冒険者ジル03

宿屋でいったん預かっていてもらった荷物を受け取り、簡単に食料の補給を済ませると、さっそく依頼のあったユーリ村を目指す。

おそらく村の手前でいったん野営を挟むことになるだろう。

頭の中でそんな計算をしながら、エリーの背に揺られた。

予想通り、村まであと2時間くらいという所で日が落ち始める。

もちろん無理して進めないことはない。

しかし、あちらも夜に突然訪問されたのでは迷惑だろうと思ってとりあえず細い街道の脇に適当な空き地を見つけると、今日はそこで野営をすることにした。


先日同様、エリーにニンジンをあげながら今日はポトフとパンで夕食を済ませる。

そして、いつものように簡易テントを手早く組むと冬用の寝袋にくるまって少し早めに眠りに就いた。


翌朝。

白い息を吐きながらユーリ村を目指す。

予定通り、2時間ほどで到着すると、さっそく依頼主である村長を訪ねた。

「ああ、よくぞお越しくださいました。何も無い村ですが、本日は精一杯おもてなしさせていただきます」

と、今にも涙を流さんばかりに感動してくれる老齢の村長に、

「いえいえ。まだ依頼を達成していませんから…」

と苦笑いを返し、

「とりあえず、状況を聞かせてもらえませんか?」

と言って、さっそく現状についての話を聞く。


村長の話をまとめると、被害にあっているのは主に家畜。

豚や鶏が多いらしい。

やって来るのは決まって夜。

家畜を狙う際に畑を踏み荒らして行くから野菜にも被害が出ているとのこと。

番犬はやられてしまったそうで、現在は柵を作ったりして頑張っているそうだ。


私はだいたいの話を聞き終わると、

「数はどのくらいだと思いますか?」

と一応聞いてみる。

しかし、村長は、

「どうにも私たちでは足跡が結構たくさんあるくらいのことしかわからないものでして…」

と申し訳なさそうな顔で謝るようにそう言ってきた。

そんな腰の低い村長に、私は、

「いえいえ。目撃情報があれば助かるなぁって程度のことなんで、気にしないでください。そういうのを調べるのも私の仕事なんで」

と顔の前で手を振りながら、逆に申し訳ないような気持ちでそう言う。

その後、

「今日の所はゆっくりとおくつろぎください」

と言ってくれる村長に、

「いえいえ。さっそく周辺を見てきますので」

と伝えて、とりあえず道具を預けると、私はエリーと一緒に村の周辺の調査を兼ねて村長宅を出発した。

まずは村の周辺を巡って、農家のおっちゃんに話を聞いたり、足跡を確認したりする。

すると、意外と多くの痕跡が見つかった。

(これって…)

私の勘が何かを告げてくる。

(ちょっと気合入れないといけないかも)

その日は途中で適当に行動食をつまみながら、一日かけて村の周辺を丹念に調査し、おおよその侵入経路に当たりをつけてから村長宅に戻った。


「田舎のことでたいしたものはありませんが…」

と遠慮気味にご飯を用意してくれる村長の奥様に、

「いえ。温かいご飯が食べられるだけでもありがたいです」

と丁寧に礼を述べてさっそく鶏肉の煮物や川魚の焼き物など、おそらく田舎の村では結構なご馳走の部類に入るであろう夕食をありがたくいただく。

根菜たっぷりのみそ汁が美味しい。

出汁も、この辺りではちょっと高級な干した小魚で取ってくれているようだ。

優しい村のもてなしに心から感謝し、私はこの依頼の達成を誓い明日への英気を養った。


翌朝。

冒険の道具にちょっとした聖女の道具を加えて背負うと、

「じゃぁ、いってきます。たぶん数日かかると思いますが、その間、エリー…うちの馬の事よろしくお願いしますね」

と告げてさっそく村を出発する。

村の東側から森に入り、さっそくヤツらの痕跡を追った。

村周辺の森ではさすがにヤツらの痕跡は薄い。

しかし、確実にある。

ということは、ヤツらはけっこうな集団になっているはずだ。

5匹や6匹じゃない。

それに、リーダーか下手をしたらその上のジェネラルだっているかもしれない。

状況は思ったよりも危険だった。


(気づけて良かった)

そう思いながら、丹念に痕跡を追っていく。

そして、途中、小川のほとりで休憩をとると、私はさっそく背嚢の脇に括りつけてある聖女の道具の一つを取り出した。

50センチほどの短いロッドのようなもので、はぐれ聖女が使う携帯型の浄化の魔導石。

普通、これは狭い範囲の土地を簡易的に浄化するために用いる。

しかし、私は別の使い方もしていた。

私はその携帯型の浄化の魔導石を地面に突き立て、慎重に魔力を流していく。

すると、浄化の魔導石を中心にして、周囲に青白い線が不規則に走った。

私は目を閉じ、その流れを慎重に読んでいく。

(やっぱり流れが悪い…)

そんなことを感じながら、さらに先を読んで行くと、明らかに魔素が滞留している部分を見つけた。


(よし。あっちね)

私はさっそく浄化の魔導石をまた背嚢に括りつけると先ほど滞留を感じた方向へ足を向ける。

そして、歩を進めながら、

(5年前に浄化の魔導石に魔力を流して調整したにしては、乱れが大きすぎる…。きっと経験の浅い聖女が嫌々やって来て適当な仕事でもしたのね…)

と、こんな状況になった原因を推測して、ため息を吐いた。


魔物というのはなぜ、どこで生まれるのかまるで謎の存在だ。

しかし、昔から地脈が乱れ、魔素が滞留している地点ではその発生が多くなることが知られている。

だからこそ地脈の乱れをただし、その発生を抑える聖女という仕事が生まれた。

全ての集落には本格的な浄化の魔導石が設置されていて、それに聖女が魔力を流し、微調整を行う事で周辺の地脈の流れを整え浄化している。

その調整の間隔はおおよそ20年に一度くらいでも良いとされているが、普通は念のため10年に一度くらいやるのが通例だ。

それが5年でこの乱れ。

適当な仕事でなにかしらの失敗をしたに違いない。

きっと、こんな田舎までやって来させられるのは大体新米かそれに近い聖女だ。

おそらく上から命令されて嫌々やってきたのだろう。

でなければこんなにも悪い状態になるはずがない。

私はそんな推論を頭の中で組み立てながら、

(これだけの異変なら気が付いて中央に報告するのか普通でしょうが!)

とあのリッカの町の神官の顔を思い出して心の中で憤った。


行動食をかじりながらしばらく進み、再び浄化の魔導石を使って方向を探る。

それを何度か繰り返すうちに、段々と周囲の空気が重たくなったように感じ始めた。

時刻はまた夕方前。

(夜戦は不利。だとしたら今日はこの辺りが限界ね…)

と考えて、足を止め、簡単な野営の準備に取り掛かる。

テントは張らず、寝袋のみ。

焚火も控えた。

また行動食を腹に入れて、少しだけ眠る。

今夜はあまり深く眠れない。

睡眠は小分けにして深く眠らないように気を付けながら、比較的安全な今のうちに休息を取ることにした。


やがて夜が更ける。

小さな灯りの魔道具で手元を照らし、小型の湯沸かしの魔道具でお茶を淹れ、体を冷やさないように寝袋にくるまって辺りを警戒しながら、夜を過ごした。

どこかから狼の遠吠えが聞こえる。

その声で私の緊張感はさらに増した。

夜の森は恐ろしい。

冒険者なら誰しも身に染みてわかっていることだ。

ちょっとした油断が命取りになる。

私は、

(油断しちゃだめよ)

と自分に強く言い聞かせながら、なんとかその夜を乗り切った。

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