第6話 冒険者ジル02

翌朝。

パンとお湯に粉スープを入れただけの簡単なご飯を食べたらすぐに出発する。

次の町へはおそらく夕方前には着くだろう。

でも、冒険は何があるかわからない。

そう思って、今日も淡々と先を急いだ。

途中の水場で休憩をはさんだり、またエリーにおやつをあげたりしながら進んでいると、予定通り次の町、リッカに到着した。

時刻は夕方前。

さっそくエリーを馬房に預けて、私は宿を探す。

(今日はご飯つきの宿でもいっかな…)

と思いながらリッカの町の目抜き通りを進んで行った。


宿は案外簡単に見つかり、とりあえず旅装を解く。

何処にでもある普通の宿屋だけど、部屋は割と綺麗だし代金も銀貨1枚だというから安い方だろう。

(ていうことは、まぁご飯はそれなりかな?)

となんとなく予想しながら、宿屋の主人に銭湯の場所を聞き、まずは旅の汗を流しに行った。


リッカの町は都会ではないが、田舎でもないというちょうどいい感じの郊外の町。

牧歌的な感じと活気の両方が混在していて、見るからに住みやすそうな町だ。

道行く人たちの顔にも笑顔が多いから、きっとそんな町で間違いないのだろう。

そんなことを思いながら宿屋の店主に教えられた銭湯を目指して歩く。

そして、銭湯に着くとさっそく体を流し、地元のご婦人方に混じって湯船に浸かった。


(ふぅ…。生き返るねぇ…)

と心の中でちょっとおじさん臭いセリフを吐く。

(さて、明日はどうしようか。とりあえずギルドで素材を売るのは決まってるんだけど…。教会にも顔を出しといたほうがいいよね…。一応、そうやって地域の声を聞くってのもお仕事だからなぁ…)

とやや面倒な仕事があることを思い出すと、少しだけ心がげんなりとした。

(まぁ、いつも通り、『特に異常なんてありませんよ』って冷たく言われておしまいなんだろうけど、あのつっけんどんな言葉を聞くためだけに顔を出すってのもねぇ…)

と心の中で愚痴を言うと、また心が少しだけげんなりとする。

(はぁ…)

と心の中でため息をついた。

(いけない、いけない。こんな気分じゃせっかくのお風呂が台無しになっちゃう)

そう思って私は自分の顔に「パシャン」とお湯を掛ける。

すると、少しは気分が変わって、

(うん。何事も前向きに考えなくっちゃ。嫌な仕事だけど、一瞬で終わるんだからいいじゃない。うん。さっさと終わらせてさっさと旅立とう)

という風に考えなおし、「ふぅ…」とまた心の埃を流すように息を吐くと、十分に温まった頃合いを見て、宿屋へと戻っていった。


予想した通り、それなりのご飯を食べて目覚めた翌朝。

さっそくギルドに素材を持ち込む。

「えっと…金貨1枚ですね」

とやっと査定を終わらせた若手の職員に、

「あ。大銀貨10枚で頂戴」

と崩してくれるようにお願いして、お金を受け取ると、ついでに掲示板の依頼を見てみた。

角ウサギに大トカゲなんかの初心者向けから狼や熊なんかの中級者向けまで、割とよく見かける感じの依頼が並んでいる。

そんなありきたりな掲示板を、

(まぁ、こんなものよね…)

と思って眺めていると、ふとその片隅に、「ゴブリン」という文字を見つけた。

見てみると、この町から馬で1日くらいの所にある小さな村からの依頼のようだ。

村長の名前で出されている。

報酬は宿泊と食事、それに金貨2枚。

魔石は冒険者の取り分でいいらしい。

私は思わず、

(あちゃー…)

と心の中で声を上げ、思わず苦笑いしてしまった。


まず、ゴブリンがいるというのなら、おそらく地脈が乱れているんだろう。

土地も痩せ始めているに違いない。

割と急いで対応しなければならないはずだ。

なのに、この依頼はもう1か月くらい売れ残っている。

(まぁ、普通この金額じゃ誰も受けないわよね)

そう思いつつ、私は、

(まぁ、目に入っちゃったもんね…)

と苦笑いでその紙を掲示板から剥がし、さっそく受付へ足を向けた。


受付にいたベテランっぱいおばちゃんにまずは詳しい状況を聞く。

「ねぇ、これってどういう状況なの?」

と聞くと、そのおばちゃんは、

「ああ、受けてくださるんですのね!」

と喜んで私の手を握って来た。

私は一応、

「いやいや。状況次第だよ?」

と答えてみる。

しかし、心の中では、

(なるほど、そういうことなのね…)

と自分の予想が当たったことを覚っていた。


状況は予想通り。

村はこのところ農業生産が落ちている。

一応、困窮はしていないものの、最近ではゴブリンが畑を荒らすようになって、さらに困っているのだとか。

小さな村のことで村中からかき集めても出せる報酬はこの程度が関の山。

そんな状況を聞いて、私は、

(そんなの放っておけるわけないじゃん…)

と心の中でそっとつぶやき、

(このお人好しっぷりは誰に似たのかな?)

と思って父親の顔を思い浮かべて軽く苦笑いをした。


「受けてくれてありがとうね!」

と大袈裟に喜んでくれる受付のおばちゃんに、

「もののついでですよ」

と照れ隠しに笑いかけ、後ろ手に手を振りながらギルドを後にする。

ギルドを出て、ふと、空を見上げた。

冬晴れの空は澄み切っていて、意外にも眩しい。

そんな空の眩しさに目を細めながら、私は、

「さて、お仕事しますかね」

とつぶやく。

そして、寒空の下、まずは教会を目指して歩き始めた。


教会に着いて、扉をくぐる。

するとすぐそこにある受付の中から、

「お祈りですか?」

と声を掛けられた。

私は、

「いや」

と気軽に言いながら懐を探り、教会の紋章といくつかの魔石が埋め込まれた小さな手帳くらいの大きさの金属板、通称バッチを取り出して見せる。

いかにも「え!?」という顔で、その受付の女性は私とそのバッチを交互に見比べ始めた。

私は心の中で(またか)と苦笑いしつつ、

「こう見えても聖女よ。一応ね」

と声を掛ける。

そして、まだ信じられないというような表情の女性に、

「この教会の神官さんに面会できるかな?」

といつものように頼んだ。

「え?あ、はい」

とやや慌て、

「確認してまいります」

と言いながら、奥に入って行く受付の女性、おそらくまだ経験の浅い神職の女性を見送り、しばし待つ。

すると、あちらからこの教会の神官らしき人物がやって来た。

「ごきげんよう。聖女様でお間違いないですか?」

といきなり疑ってかかってきた神官に、

(まぁ、いつものことだけどね)

と苦笑いで、

「ええ。一応そうね」

と言いつつまた例のバッチを見せる。

すると神官も、一瞬驚きの表情を浮かべ、私の顔とバッチを何度か見比べたあと、それでも先ほどの神職よりは落ち着いた感じで、「こほん」とひとつ小さな咳払いをすると、

「失礼いたしました」

と言って、軽く頭を下げてきた。

(これもまぁ、いつものことよね)

と私はまた苦笑いしつつ、

「野暮用で立ち寄ったんでついでに顔を出したの。最近変わったことは?」

と型通りに質問する。

その質問に対する神官の答えは、またいつもと同じで、

「特にございません。お勤めご苦労様です」

というものだった。

私は、

(そりゃそう答えるだろうね)

と思いつつ、あくまでもついでかのように装って、

「ああ、そうそう。そう言えば、このあとユーリ村っていう、ここから馬で1日くらい行ったところにある村に知り合いを訪ねて行くんだけど、その村で浄化の魔導石に魔力を流したのっていつくらい?しばらくやってないっていうならついでにやっとくけど?」

と聞いてみる。

すると神官は、「少々お待ちを」と言って、いったん奥へと下がっていき、しばらくすると、なにやら書類束を持ってきて、

「あの村には5年ほど前中央から聖女様がいらっしゃってますね」

とその書類束をめくりながらそう言った。

私はにこやかな顔で、

「なるほど。じゃぁ調べるまでもないわね。仕事が減って楽になるわ。ありがとう」

と礼を述べる。

そして、

「いえ。こちらこそ気にかけていただきありがとうございます」

と、おそらく心にも思っていない礼を述べてくる神官と神職に別れを告げ、私はさっそく宿屋へ荷物を取りに戻った。

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