第5話 冒険者ジル01
王都での用事を済ませた私は、愛馬エリーとともにチト村を目指して進む。
エリーは辺境特産のブルックという種類の馬で、体は普通の馬よりもひと回り以上小さく足も遅い。
しかし、ブルック種の特徴は何と言ってもそのスタミナ。
私はそのスタミナを買って愛馬にしていた。
ちなみに、エリーは5歳の牝馬。
ちょっとお茶目というかやんちゃな性格だが、素直でいい子だ。
そんなエリーと一緒に街道を進む。
そして途中からは街道からほんの少しずれて森の中を通る脇道へと入っていった。
(エリーのおかげで最短距離を進めるから移動も楽なものよねー)
と愛馬に感謝しながら、冬枯れの森を進んで行く。
一見寂しい景色だが、雪や寒さに必死に耐え、春を待つ木々の姿はけなげで美しい。
私がそんなことに感じ入りながら周りの景色をぼーっと見ているとき、ふと妙な気配を感じた。
「あちゃー…」
と自分の不運を思ってため息を吐く。
(この感じは狼かな?)
と、なんとなく思いながら、いざという時エリーを守りやすい場所を探して慎重に進んだ。
しばらくすると、行商人たちが馬車を寄せられるくらいのちょっとした広場を見つける。
私はエリーに指示を出しそこで足を止めた。
近寄ってみると、そこには湧き水を利用した水場もあって簡単な野営も出来るようになっている。
(うん。おあつらえ向きじゃん)
と心の中でちょっとした幸運に一応の感謝を送りつつそこへ近寄ると、さっそくエリーから降り、軽くひと撫でしてやりながら、
「いつもの通りだよ。危なくなったら逃げなね」
と声を掛け、背負っていた薙刀を手に持った。
先端の刃についている革鞘を外す。
そして、慎重に周りの気配を読んだ。
(うーん。2、3匹ってところかな?いても5匹って感じだね。お小遣いにはちょうどいいけど、お小遣い稼ぎにしちゃ重労働だよね)
と心の中で苦笑いしながらもさらに集中力を増していく。
空気の流れ、わずかな音、そのひとつひとつに意識を向けていると、やがて、「がさり」と音がして、「ぐるる…」という小さな声が聞こえた。
(はぐれってやつかな?)
数は少ない。
きっと縄張り争いに負けて森の奥から追い出されてきた連中なんだろう。
そんな想像をしながら、さらに集中力を高め、油断なく構える。
少しの間睨み合いが続く。
そして、今度ははっきり「がさり」という音が聞こえると、私の右斜め前から狼が飛び掛かってきた。
隙だらけの首元へひと突き。
素早く残身を取って次は左に横なぎ。
そしてまた正面に突きを入れると、そこで勝負は終わった。
残った1匹が逃げて行く。
(深追いはいらないわね)
そう思いながら、軽く刃先に拭いを掛け、
(うん。おっちゃん、ほんといい仕事してくれたよ)
と心の中で微笑みながらまた刃を革鞘に納めて薙刀を背負いなおした。
何事も無かったかのようにゆっくりと水を飲むエリーに近寄り、
「相変わらず肝が据わってるわね」
と笑いながら撫でてやり、私も適当に腰を下ろすと水筒を取り出して水分を補給した。
ひと息吐いて、
「よっこらしょ」
とおっさん臭い掛け声を掛けながら立ち上がる。
魔石だけ取ってさっさと行こうかとも思ったが、今朝、受付で査定係に言われたひと言を思い出しながら、
(たまには素材も取ろうかな?)
と思い、空を見上げた。
太陽はほんの少し西に傾きかけた頃。
急げばもう少し大きな野営地まで辿り着ける。
(うーん。急ぎたい旅ではあるけど、無理も良くないしなぁ…)
と一瞬迷うも、その日はここで野営にすることにした。
「さて、そうときまればさっそく解体ね」
とひとり呟き、さっそく解体に取り掛かる。
狼から取れる素材は皮と魔石。
横なぎにしちゃったヤツ以外の2匹からは皮も取れそうだ。
慎重に剣鉈の刃を入れ、
(まぁ、私にしちゃ綺麗に仕留めた方よね)
と少し苦笑いしながら、まずは胸の辺りから魔石を取り出した。
次に皮を剥いでいく。
素材だから慎重に。
そう思うけど、こっちの作業はあんまり慣れていない。
(狼って小さくて捌きにくいのよね。熊とかの大きいやつなら大雑把でもいいんだけどなぁ…)
と愚痴りながら剣鉈を入れ、慎重に皮を剥いでいった。
たっぷり2時間くらいはかかってしまっただろうか?
(これ、慣れてる人なら30分もかからないって聞くけど、本当なの?)
と、ようやく一息ついて皮を剥がれた狼を藪の中に放り投げていく。
一応、狼の肉は食べられるけど、この場は放置することにした。
なにせ、不味い。
新鮮なうちに丁寧に処理をすればなんとなく食べられるようにはなるらしいけど、今回は無理なので諦めて自然の摂理に任せる。
(えーと…。『大いなる神の元へ還らんことを』だっけ?)
と、一応聖女っぽいセリフを心の中で言ってみた。
そんなセリフを言ってはみたものの、
(まぁ、信じるのは自由だけどね…。他人に強要しちゃいけないよ)
と、また過去の苦い思い出を振り返りながら、苦笑いする。
私は神を信じていない。
教会が嫌いになったっていうのもあるけど、きっとその前からずっと信じていなかった。
真面目に信じている人たちを馬鹿にするつもりはないけれど、目の前に問題があるなら、まずは自分の力でどうにかしてみようって考える方が結局解決は早い気がする。
誰かに、何かに縋って生きていく、そんな生き方は私には似合わない。
子供の頃からなんとなくそんな気持ちを持っていた。
そんなことをぼんやり考えていると、「きゅるる」と小さくお腹が鳴く。
「ふっ」と小さく笑って、私はさっそく今夜の食事の準備に取り掛かった。
今日の献立は野営の定番ピラフ。
少し厚めに切ったベーコンとタマネギ、少しのニンニク、そして米を炒める。
ほんの少し米に火が入ったところで軽く味付けをしてあとは粉スープを入れて炊くだけ。
手軽で美味しい晩御飯だ。
しばしゆっくりとお茶を飲みながら、米が炊きあがるのを待っていると、エリーが側に寄って来た。
どうやら私にもご飯をくれと言っているらしい。
「んもぉ。今朝たくさんたべたでしょ?」
と苦笑いで撫でてやりながら、
「私のご飯が出来たら一緒に食べようね」
と優しく声を掛ける。
「ぶるる…」
と鳴いてちょっと不満そうなエリーに、
「一緒に食べると美味しいよ?」
とまた声を掛けながら撫でてあげた。
やがて米の炊きあがる良い匂いがしてくる。
私は「ふふふ」と笑いながら、まずはエリーのニンジンを荷物の中から取り出してやった。
さっそく食いつこうとするエリーに、
「待って。私のご飯がまだだよ」
と言って待ったを掛ける。
ちょっとしょんぼりした様子のエリーをもう一度撫でて、私はさっそく鍋の蓋を取った。
「お。良い感じ」
またちょっと私のお腹が鳴る。
でも、もうちょっとだけ我慢。
やっぱりピラフはちょっと蒸らした方が美味しい。
逸る気持ちをぐっとこらえて食器を準備し、エリーを宥めた。
「さて。そろそろかな?」
再び鍋の蓋を取ると、見事に粒だったピラフ出来上がっている。
さっそく木の皿にピラフを盛り、エリーの前に待望のニンジンを置いてあげた。
「いただきます」
「ぶるる!」
と言って、さっそく頬張る。
「…あふっ」
ちょっと熱いピラフを口の中ではふはふしながら味わい、
(ああ、美味しい…)
と、単純な感想を抱いた。
(ていうか、このベーコン美味しいじゃん。脂と塩加減が絶妙だね。よし、今度から王都の肉はあの店で買おう)
なんてことを思いながら、こちらも、ボリボリと美味しそうにニンジンを食べるエリーに、
「ね?誰かと一緒に食べるご飯って美味しいでしょ?」
と微笑みながら声を掛ける。
すると、まるで私の言葉が分かっているかのようなタイミングでエリーが、
「ひひん!」
と鳴いた。
ブルック種は賢い。
しかし、賢いとは言っても人間の言葉がわかるほどじゃない。
だから、今のは偶然。
でも、私はそのエリーの鳴き声がまるで、
「うん。美味しいね!」
と言っているように聞こえて、思わず微笑んでしまう。
「うふふ。そうだね。美味しいね」
とまたエリーに声を掛け、私ももう一口ピラフを頬張った。
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