第4話 はぐれ聖女ジル04

下町に戻ると、市場を周って日持ちしそうな野菜や乾物を買う。

ついでに今日のお昼のお弁当も買った。

今日も王都は寒い。

(昼はサンドイッチとスープだね。乾燥スープも良いけど、たまにはちゃんと作ろう)

と思いながら、先を急ぐ。

とりあえず馬房に着くと、まずは愛馬のエリーに声を掛けた。

さっそく顔を摺り寄せてくるエリーに、

「もうちょっと待っててね武器屋に行って来るよ。すぐに戻って来るからね」

と言って撫でてやる。

それから先ほど買った食料なんかを積ませてもらうと、もう一度撫でて武器屋へと向かった。


「おっちゃん、できてる?」

と慣れた感じで声を掛けながら武器屋の扉をくぐる。

すると奥から、

「おう。出来てるぞ。ちょいと待ってな」

といつものダミ声が聞こえて店の奥からドワーフの職人が私の薙刀を持って出てきた。

「いつもありがとうね」

と言って、薙刀を受け取り軽く具合を確かめる。

「おう。こっちも珍しいもん触らせてもらえるからありがてぇってなもんよ」

と言いながら、おっちゃんは、

「今回はちょいと刃が擦れてたから研ぎなおしといたぜ。あとは持ち手の皮の巻き直しくらいだ」

と言って今回の仕事の内容を説明してくれた。

そんな説明を聞いて、その部分を確かめる。

私の薙刀は母さんから受け継いだなかなかの業物だ。

母さんの薙刀は、刃は少し大きいが柄が短くて取り回しが良い。

とても実践的な武器だ。

私はおっちゃんの仕事ぶりを確かめると、

「うん。いい仕事」

私がそうつぶやいた。

するとおっちゃんが、

「へっ。俺を誰だと思ってるんだ?」

と武器屋のおっちゃんがちょっと不満そうな顔を見せる。

「ははは。ごめん、ごめん。ちゃんと凄腕職人のバルド様ってのはわかってるから」

私が冗談めかして軽く謝ると、

「ふっ。わかってりゃいいんだよ」

バルドさんも冗談っぽく言って笑ってくれた。


そんな愛用の薙刀を背負って武器屋を出る。

たぶん、エリオット殿下に会ったり、リリエラ様の名前を聞いたりしたからだろう。

武器屋から馬房への道を歩きながら、私はふと昔のことを思い出した。


私の両親は元々どちらも冒険者。

そんな両親のもとに育った私が冒険者を志したのは自然な流れだったと思う。

「私も父さんと母さんみたいな冒険者になりたいの。だから武術を教えて」

という私に両親は優しく薙刀の使い方や体術を教えてくれた。

しかし、人生というやつは上手くいかない。

あれは私が14歳の時のこと。

私の人生が狂う。

私が触った判定の魔道具に聖魔法の素養があるという反応が出てしまった。

この国では15歳になるまでは、教会でだったり巡回の神職だったりに魔力測定を受けさせられる。

私も両親も突然のことに相当驚いた。

この国には聖魔法の素養がある人間は必ず王都かいくつかの大都市にある聖女学校に通わなければならないという決まりがある。

そこで私はいやいや、王都に出てくることになってしまった。


私はそこでいやいやながらも覚悟を決めて必死に勉強することになる。

とにかく早くこの環境から解放されたい。

その一心で勉学に励み、普通3年かかるところを2年で修了した。

(よし。これで冒険者になれるわね)

と、思ったがそこでまた私の人生が狂う。

学長室で渡されたのは修了証と学院への推薦状だった。


「こっちはいりません」

と言って推薦状を突き返した時の学長の唖然とした顔は今でも覚えている。

あちらとしては涙を流して喜ばれると思っていたらしい。

慌てて説得してきた学長の説得を固辞していると、あちらが少しだけ折れて、奨学金を出すと言ってきた。

私はそれも断る。

なにせ、学費がタダになったところで生活費は実家に出してもらわなければならない。

「うちにそんなお金はありません」

と、きっぱり言い切った私に学長はまた折れて、

「寮費を補助します。あと、生活に必要な範囲での臨時的な仕事を認めましょう」

と言ってきた。

私はため息交じりにまた断る。

すると、今度は学長が、

「これ以上教会に盾付けば、ご両親にも迷惑が掛かりますよ?」

という脅迫めいたことを言ってきた。

きっと私の教会嫌いが決定的になったのはこの瞬間だったと思う。

だけど、ただの学生にしか過ぎない私が抵抗できたのはそこまでだった。


そんな嫌な事を思い出して、私はふとため息を吐く。

(まぁ、一応そんなことがあったからリリエラ様とも知り合えたし、医学と薬学も学べたんだけどね…)

と一応前向きなことを考えてみたが、それでもやはり腹が立つものは腹が立った。

気分を変えようとふと立ち止まって空を見上げる。

(まぁ、教会にも教会長さんみたいに物分かりの良い人もいるんだけどね)

と、学院を修了した時にまた教会とひと悶着あった時のことを思い出した。


聖女と名乗る資格を得たからといって聖女にならなければならないという法は無い。

聖女を名乗るには教会から特別の許可を得るか教会への所属が必要になる。

かなり珍しいらしいが、理屈の上では辞退することも可能だ。

だから私は許可の申請もせず、教会に属することも蹴って、今度こそ冒険者になるつもりでいた。

しかし、そこでまた教会への所属を強要されてしまう。

今度こそ本当に頭に来てしまった私は、エリオット殿下の伝手で教会長への面会を申し込み、直訴した。

そこでこれまでにあったことを全て話す。

すると、教会長さんはこれまでのことを詫びてくれた。

本当に良く出来た人で、この人がいなかったら私は本当に教会に盾付いていただろう。

ただ、その時、教会長さんは私に聖女と名乗る許可を与えるからたまには教会の仕事を受けて欲しいと言ってきた。

なんでも地方の土地の浄化をしたり、地脈の状況を確認して回る仕事を進んでやってくれる人間が足りていないのだそうだ。

確かにあの通称「ドサ回り」と言われる仕事は極端に人気がない。

よほどの変わり者か使命感に燃える者でないと希望しない。

多くは中央の若手聖女がいやいや派遣されてやらされているというのが現状だ。

でも私は、冒険者活動の片手間にできる。

だから私は冒険者活動に支障が無い範囲でという条件付きでその申し出を受けた。


そんな経緯で今日の私がある。

(本当に人生はわからない)

私はなんとなく、今までのことを感慨深く思いながら再び王都の石畳の道を馬房に向かって速足で歩き始めた。


また甘えてくるエリーをたっぷりと撫でて今度こそ跨る。

昨日1日退屈していたのだろう。

エリーはやや速足で進み始めた。

「門を出るまではもっとゆっくりね」

と言ってエリーを宥める。

しかし私もやっとチト村に戻れる喜びを抑えることが出来なかった。

知らず知らずのうちにまたエリーは少しだけ速足になり、見回りの衛兵さんに怒られる。

そんなことがありながらもまた軽快にあるくエリーの背に揺られて私は意気揚々と王都の門をくぐった。


冬晴れの空の下。

辺境方面へと続く街道を軽快な足取りで進んで行く。

私がふと振り返ると、さっきくぐった王都の門はずいぶんと小さくなっていた。

(さて、今日からまた冒険ね)

と思い清々しい気持ちでまた前へと向き直る。

冬の風は冷たいが、今は少しだけ上気している頬を冷ましてくれるその風が心地よく感じられた。


教会に属さない聖女。

出世の道から外れ、ドサ回りをやらされる聖女。

そんな聖女を教会内部で働きエリート街道を行く聖女たちは侮蔑の意味を込めて「はぐれ聖女」と呼ぶ。

だけど私は気にしない。

(人生は自分で選んだ道を自由に歩くのが一番よ。だから私は『はぐれ』でけっこう)

そんな気持ちを強くして、私は微笑みながら少し速足で歩くエリーの首筋を軽く撫でると、

「ははは。早く帰りたい気持ちは一緒だね」

と明るく微笑みながら声を掛けた。

「ぶるるっ」

とエリーが嬉しそうに鳴く。

私も嬉しくなってまた、

「あははっ」

と笑うと、

「よし。今日は行けるところまで行っちゃおう!」

と元気に叫んで遠くチト村の景色を思い起こしながら前を向いて軽くエリーに速足の合図を出した。

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