手記 七

 僕が実家での検視を目の当たりにした翌日には、妹の自殺事件が全国に報道されるようになりました。

 僕はスマートフォンのニュースアプリでその記事を閲覧しました。記事には妹が自殺したという端的な情報しか書かれておらず、動機などについては現在調査中と綴られていました。

 今頃は妹の通夜が行われているのだろうと想像しましたが、その通夜に僕が呼ばれることはありませんでした。妹を強姦した悪人を呼ぶ筋合いはないと、ごみどもが判断したのでしょう。

 なので、僕は一人で妹を想いながら手を合わせて祈ることしかできませんでした。今さらこんなことをしても気休めにすらならないことは分かっていました。

 さらに数日が経ってから報道された、妹の自殺に関する詳細は、世間が周知しているとおりです。妹の死因は、「実兄に不同意わいせつを受けた過度のストレスによる自殺」とみなされました。当然警察が無視するはずもなく、僕が住むアパートに警官が何人か押し寄せ、僕は警察署に連行されて取り調べを受けることになりました。

 取り調べにて、警察は報道された死因以外に、言葉巧みに洗脳された妹が僕に会えないショックのあまり自殺したという線でも、僕に探りを入れてきました。僕はその一切を否定しました。「妹がセックスを求めてきたからそれに応じた」と正直に話すと、警官の一人が「嘘をつくな」と憤慨して僕の頬をはたいてきたので、まともな理解を得られないと思いそれ以降黙り続けました。

 その後、少年審判も受けることになりました。保護者であるごみどもも呼ばれましたが、僕も向こうも一切目を合わせることなく、お互いの言い分を主張し合いました。味方は仕事で仕方なさそうに擁護する付添人のみでした。

 妹がセックスを求めたという証拠はないが、僕がセックスを強要したという証拠もまたない点、すでに亡き者となった妹以外に僕が性的感情を抱いていない点、これらにより僕は保護観察という軽い処分を受け、また日常生活を送ることが許されました。そのことが全国に報道されると、僕は世間に「妹を強姦して自殺に追いやった挙句、少年審判でしらばっくれて何食わぬ顔で生きている悪魔」というレッテルを貼られるようになりました。

 当然、世間にそのような評価を受けている中で、まともに仕事を見つけられるはずがありません。高校中退という学歴でも応募できるバイトを何個も探しましたが、面接で僕の顔を見ただけでことごとく追い払われました。こればかりは仕方ありません。僕も逆の立場なら同じ対応をしています。

 ですが、そんな中で奇跡的に、都市部の交通誘導の短期バイトをさせてもらうことができました。その時の面接官だったかたが、僕のようなならず者を寛容に受け入れてくれたのです。ほかの作業員に噂されないよう、現場に入った際は名前と年齢を偽って紹介してくれました。

 交通誘導のバイトを始めてから、五日ほど経ったころのことです。その日は週末でした。土木作業員のかたがたが行っていた道路整備の邪魔にならないよう、誘導棒を片手に車の誘導に勤しんでいたところ、ふと、げらげら笑いながら街中を歩く女の三人組を見かけました。

 僕はしばらく、その三人組に見入ってしまいました。三人組の顔に見覚えがあったからです。そして、程なくして誰かを思い出しました。その三人組は、以前に学校の食堂で妹の背中を突き飛ばした、いじめの主犯たちにほかなりませんでした。

 三人組は、妹の自殺事件の話題で盛り上がっていました。妹の名前を口にし、三人組は愉快そうに笑っています。僕は唖然とし、立ち尽くしてしまいました。

 自分たちのせいで人が死んでいるのです。それでもなお、奴らは笑い続けます。虐げられたまま死んでしまった妹は、奴らにとってたまたま目についたおもちゃでしかなかったのだと理解した瞬間でした。赤子と精神年齢が同等であれば、奴らはおもちゃが壊れたら捨て、また新たなおもちゃを見つけようとします。

 目尻が熱くなるのと同時に、妹の笑顔が僕の脳裏に蘇りました。このごみどもさえいなければ妹は花開いていたはずなのだと、憎悪が滾り、戦火のごとく燃え盛り、僕の理性やら倫理観やらを見境なく呑み込んでいきました。

 すべてが呑まれて灰になるのは一瞬でした。あの瞬間において、僕はさながら、地獄から現世に放り出された鬼でした。

 誘導棒を放り捨て、土木作業員の一人が地面に置いていたスコップを奪い取ると、僕は馬鹿笑いを続けるごみどもに脇目も振らず走り出しました。そこから先は、報道された内容のとおりです。ごみの頭を背後から叩き割り、悲鳴を上げたごみを地面に叩きつけて首を突き刺し、小便を漏らしながら腰を抜かしているごみの胸を何度も突き破りました。

 スコップで内臓を抉っているとき、罪悪感はありませんでした。台所の排水溝に詰まった生ごみを取り除くような感覚です。

 妹の話を聞いた限り、あのごみどもは気に入らないという理由だけで妹を死に追いやりました。僕はそれと同じことをしたまでです。殺人が罪であるという自覚は当然あります。しかし、僕は殺人を犯したことについて微塵も後悔や反省をしていません。後悔しているのは、妹を守り抜けなかったことのみです。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る