手記 五

 初めて体を重ねて以来、妹は僕に普段以上に甘えてくるようになりました。

 まず、朝に親が起こしに来ることもないので、妹は僕と同じベッドで寝るようになりました。一緒に寝て知ったのですが、妹は夢の中でいじめを思い出してしまうのか、眠りながらうずくまって震えたり、悲鳴のような叫びを上げたり、「ごめんなさい、ごめんなさい」と何度も謝ったりしていました。PTSDの症状そのものでした。妹が発狂するたびに、僕は妹を抱き寄せて落ち着くまで背中をさすり続けました。

 学校に行くと、相変わらず妹に対するいじめが続きました。しかしながら、妹は決心したとおりに、僕以外の誰にも打ち明けることなくいじめを耐え続けました。

 ただでは済まされず、腹などの衣服で見えない部分にあざをたくさん作ったり、近所の川に突き落とされてずぶ濡れになったりしながら帰ってきましたが、僕が妹を介抱して抱き締めると、妹は幸せそうな笑みを浮かべました。その笑顔を見るたびに、僕という存在が妹の壊れかけている心を辛うじてつなぎ止めているのだと認識させられました。

 少しでも妹を元気づけるために、僕にできることは何でもしてあげました。妹の趣味である路上での写真撮影に付き合ったり、手をつなぎたいと言ったら恋人つなぎをしてあげたり、僕の部屋でキスを迫ってきたら妹が満足するまでセックスを受け入れました。

 歪んだ愛だと分かっていても、妹の支えになるのなら、妹が喜んでくれるならそれでいいと思いました。いつの日か妹が卒業して腐った場所から抜け出し、僕なんかよりもすてきな人と巡り合って本当の幸せを掴んでくれるまで、僕は妹に寄り添い続けようと考えました。

 ある日の学校でのことでした。終業のチャイムが鳴って帰宅しようとしたとき、僕は突然担任の男教師に呼び止められ、「一緒に校長室へ来い」と指示されました。

 言われるがままに校長室へ向かい、担任が扉を開けると、中には妹が不安の色を浮かべながら立っていました。そして部屋の奥に、ごみがみっつ。校長がデスク前のオフィスチェアにふてぶてしく座り、デスクの周りには教頭、妹の担任の女教師が立っていました。そこに僕の担任の男教師も加わり、ごみはみっつからよっつになりました。

 部屋の真ん中には、応接用のソファが二台ずつ、センターテーブル越しに向かい合わせに並べられていましたが、ごみどもは僕と妹を睨み続けており、座らせる気配がありません。歓迎されていないことだけはよく理解できました。それでもなぜここに呼び出されたのか理由が分からなかったので、突っ立ったまま黙っていたところ、女教師がスマートフォンを取り出し、一枚の写真を僕たちに見せてきました。

 それは、うちの近所にある公園のベンチで、僕が妹に顔を近づけてキスしている写真でした。数日前に妹がキスをせがみ、僕がそれに応じたときのものでした。いじめの主犯たちに群がる金魚の糞の一人が目撃し、証拠写真をごみに垂れ流したのだろうと、何となく察しました。

「困るんだよ、こういうことをされちゃあ」

 中央に座るごみが、ここで口を開きました。僕たちに指を差しながら、ごみは話を続けます。

「あり得ないだろう、兄妹で交際だなんて。そっちのほうは、前に職員室でも問題を起こしていただろう。君たちみたいな不良はうちにはいらないんだよ」

 妹は怯えて反射的に「ごめんなさい」と謝っていましたが、一方で僕は一切謝りませんでした。そんなことよりももっと重大な問題があるはずだろうと、僕は無言のままごみを睨み返しました。「何だその態度は」と、取り巻きのごみが僕に向かって怒鳴り出しましたが、僕はそれを無視して睨み続けました。

「もういい。あれはもう救えん」

 そう言うと、中央のごみは淡々と僕たちに告げました。学校の秩序を乱し、学生としての本分に反しているとし、僕たちに退学処分を言い渡したのです。取り巻きのごみどもは、「いい子だったのに」「信じていたのに」などと言って、へたくそな泣き真似をし始めました。

 横目で見た妹の顔は蒼白になっていました。ここまで大々的に退学を言い渡されたら、迷惑をかけまいとしていた両親の顔に確実に泥を塗ることになるからでしょう。

 妹が絶望に呑まれる一方で、僕は目の前のごみどもに失望しました。とうに分かりきっていたことではありましたが、呆れて物が言えませんでした。この退学の措置が制裁のためでなく、いじめが行われているという事実を隠ぺいするため、いじめを暴こうとする都合の悪い存在を抹消するためのものであることが、僕には明白だったからです。

 ほかに隠された事実をうやむやにし、弱い立場である僕たちをこのまま葬り去ってしまえば、いじめの問題もごみどもにとっては万事解決するということなんでしょう。もはや、ごみどもに反発する気も起こりませんでした。目の前のごみどもが猿真似をしながら内心でほくそ笑み、早く消えろ、早く消えろと念仏のように唱え続けているのであれば、僕が異議を唱えたところで焼け石に水だと思いました。

 中央のごみが、「ご両親をお呼びするからここで待機するように」と僕たちに指示しました。ごみどもと口を利くのも嫌だったので、僕は黙りこくったままうつむきました。妹は縋るように僕のシャツの袖を掴みながらむせび泣いていました。今にも壊れそうな妹の心をつなぎ止めようと、僕は妹の肩を抱き寄せました。

 例え退学になったとしても、すべての生きる希望が失われたわけではありません。相談を避け続けてきた両親に妹へのいじめをこの際打ち明ければ、両親も妹のために親身になってくれるはずです。自慰の動画が拡散されたことにより、妹が表に出られなくなろうとも、通信教育などといった手段で学習を続けることはできるかもしれないと考えました。

 一時間ほどして、両親が校長室へやって来ました。ごみどもは改めて僕たちの不純異性交遊について説明し、退学処分を宣告しました。

 両親は瞬く間に怒髪天を衝く形相になりました。まだ僕たちの話を聞いていないのに早計ではないかと、その形相に少しばかりの不安と違和感を覚えました。ごみどもに一礼し、両親は僕たちを連れて校長室を後にしました。

 僕たちのキスを目撃したごみが言いふらしたのか、廊下や校門には、退学になった僕たちを一目見ようと大勢のごみが集まっていました。僕たちが周りに目を合わせずに廊下を進んでいくと、ごみどもの「ガイジ」「ビッチ」「公衆便所」などといった陰口が耳に付きました。

 校門に辿り着くまで、僕たちはごみどもによって針のむしろにされました。我慢の限界に達したのか、父は茹で窯のように顔を紅潮させながら、突然僕のほうを振り向きました。そして、人目もはばからず怒鳴り声を上げ始めました。

「娘に手を出したな、くずが」

 僕が目を見開く間もなく、父は僕を罵倒しながら頬を殴ってきました。不意のことに反応できず、僕は殴打をまともに受けて地面に倒れました。

「セックスまでされたのか」

 父は次に、鬼気迫る形相で妹に問い詰めました。妹は震え上がって口が利けなくなってしまっていましたが、たったそれだけを見て父は「襲われたんだな」と判断しました。

「昔から気に食わんかった。勝手に髪を染めたりしやがって」

 父は鬱憤を晴らすかのように、横たわっている僕の腹を二回、顔を一回けたぐりました。腹からこみ上げてきて、僕は嘔吐物が混じった血を吐き散らしました。朦朧としながら視線を上げると、母が妹を抱き留めながら、「洗脳されたのね」と、涙目になって哀れんでいました。

 歯が何本か抜けて口の中を転がりました。口から血をこぼしながらぼろ雑巾のようにくたばる僕を見下ろしながら、父はさながら魔物をやっつけた勇者であるかのように満足げな笑みを浮かべました。

 本気で僕が何もかも悪いと信じきっていたのか、僕には知り得ません。もしかすると、僕を悪に仕立て上げれば手っ取り早く解決すると思ったのかもしれないし、悪を成敗する様を周囲に見せつけることで体裁を保てると判断したのかもしれません。単純に、自分の顔に泥を塗られた腹いせの可能性もあります。いずれにせよ、この大人たちも学校の連中と同様にごみであると僕はみなしました。

「家に帰ったら、すぐに荷物をまとめて家を出ろ。親として、新居と生活費くらいは用意してやる。二度と娘の前に現れるな」

 ごみが正義面しながら、続けて僕に言いました。うなずくことも、かぶりを振ることもできないまま、僕は地面の上でくたばり続けていました。僕に手を貸すことなく、ごみふたつは妹を引き連れて学校を去っていきました。

 妹が何を思っていたのか、どんな顔をしていたのか、こうなってしまってはもう知ることができません。唯一の味方だった僕から強引に引き離され、壊れかけていた妹の心がどうなってしまったかを想像すると、胸が張り裂ける思いでした。

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