手記 三
食堂での一件以来、僕が妹に対するいじめを見聞きすることはなくなりました。解決などしていないので、多少なり噂になってもおかしくないのにと疑問に思ったのですが、少なくとも僕のクラスで妹の話題が出ることは一切ありませんでした。
結論から言って、僕の知らないところで妹への新たないじめは行われており、周りがその事実をひた隠しにしているだけでした。それを知ったのは、僕がいつもどおり友人と昼ご飯を食べようとしたときのことでした。
先にトイレを済ませてから教室に戻ると、数人の友人を含めた男子グループが、机に置かれたスマートフォンに寄ってたかり、口笛を吹いたりして盛り上がっているのを見かけました。そのうちの何人かが勃起していたので、AVでも観ているのだろうと想像しました。
異変に気づいたのは、僕が男子たちに声をかけたときでした。僕を見た途端、友人の一人が慌ててスマートフォンをズボンのポケットにしまい、ほかの男子たちも逃げるようにその場を離れたのです。
AVを観ていただけならば、わざわざ僕に隠す必要などないはずです。僕に後ろめたさを感じる理由は何かと考えたとき、妹のことが頭をよぎりました。嫌な予感がしました。
うろたえている友人に対して、「何を観ていたんだ」と、僕は語気を強めて問い詰めました。「友達でもある僕にだけ隠すようなことなんてないはずだろう」と怒鳴ると、友人は観念し、恐る恐るスマートフォンを取り出してロックを外しました。
友人たちが先ほどまで観ていた映像が自動再生され、女の喘ぎ声が静まり返った教室に響き渡りました。スマートフォンを取り上げて画面を見ると、スカートと下着を脱いだ妹が、学校のトイレの床に腰をついて股を開き、自慰行為をしていました。
妹の喘ぎ声以外に、撮影しているのであろういじめの主犯たちがげらげらと馬鹿笑いする声も聞こえてきました。クラスメートたちがこの動画を所持していたということは、いじめの主犯たちがこの動画をLINEなどで拡散したということでしょう。
スマートフォンをスリープ状態にして動画を止めると、僕は先ほどまで友人だったごみを睨みつけました。ごみは「出来心だったんだ」「みんなに強いられたんだ」などと言って保身に走り出しました。
僕はごみのスマートフォンを床に投げ捨て、「お前らはもう友達でも何でもない」とだけ言い、一瞥もくれずに教室を去りました。世渡りのためにと、くだらないごみどもに合わせた生き方は二度としないと決意した瞬間でした。
教室から出て再びトイレに入ると、僕はすぐさま妹に電話しました。
まず、妹に自慰を強要した動画が自分のクラスにまで拡散されていることを告げました。妹は、自慰の動画が拡散されていることよりも、僕が自慰の動画について知ったことにショックを受けているようでした。自慰行為を撮影された時点で、妹は動画が拡散されることを覚悟していたのかもしれません。
そして妹に、「これ以上ここにいたら危険だから早退しろ」と命令しました。しかし、妹は「我慢するから平気」と言い張り、僕の命令を拒否しました。僕が次に何か言う前に、妹は一方的に電話を切ってしまいました。
妹の説得を続けようとしましたが、埒が明かないと思い、僕は次の行動に出ることにしました。いじめの実態を教員たちに報告するために、職員室に向かったのです。
職員室の前に辿り着き、扉を開けると、半数以上の教員が各々の席に座っていました。その中に、妹の担任である女教師もいたので、僕は真っ先にその女教師のもとへ向かいました。
すぐそばまで来て声をかけたのですが、女教師は席に座ってうつむいたまま、返事する気配がありませんでした。僕との会話をあからさまに拒否していました。
単刀直入に、「妹のいじめについてご存じないですか」と尋ねても、女教師は振り向きすらしません。「どうして無視するんですか」「自慰の動画まで拡散されているというのに」と声を荒らげて訴えても、女教師はやはり反応しません。女教師は仏像の猿真似に勤しんでいました。
周りを見渡すと、目の前の女教師のみならず、職員室にいたほかの教員たちも、さらには僕の担任である男教師までも、女教師と同じようにうつむき、僕に対して無視を決め込んでいました。
僕は激昂し、仏像になりきっている女教師の肩を掴んで強引に振り向かせようとしました。すると、職員室の奥にいた教頭がすぐさま席を立ち、僕に向かって怒鳴り出しました。
「いい加減静かにしなさい。ここをどこだと思っているんだ」
教頭の言葉を皮切りに、周りの教員が僕に刺すような視線を向け始めました。目の前にいる女教師も猿真似を止め、鬱陶しいと言わんばかりの不快そうな顔を僕に向けていました。近くまで来た教頭に腕を引っ張られ、僕は何もできないまま職員室を追い出されました。
僕には理解できませんでした。正しいことをしているのになぜ厄介払いを受けなければならないのか。いじめの問題から目を背け続けるあの連中は野放しにし、真っ当な主張をしている僕だけを悪とみなすのはなぜなのか。
今なら分かることですが、この世は正しい人間が報われるのではありません。強い人間が報われるのです。あの場において、たった一人で乗り込んだ僕は紛れもなく弱い人間でした。だからこそ、徒党を組める強い人間たちが、僕を不適切な存在とみなして淘汰したのです。
この出来事を経て、ここは学校などではなくごみの掃き溜めであり、妹のことを相談できる味方はここにいないのだと理解しました。中にいるごみどものことなど構わずに職員室の壁を蹴り、僕はその場を後にしました。
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