9-4
射撃場に着いて塀の中を覗いたけど渡先生はまだおらず、1人ではすることもないので塀の外に設置されている椅子に座ってくつろぐ。
椅子の背にもたれて顔を空へ上げると射撃訓練の時とは違い、雲が浮かんでいる。
形を1つ1つ見て、わたあめみたいだなとかハンバーグみたい.....とか食べ物ばかりが浮かんでくる自分にちょっと呆れた。
顔を下げ、グラウンドへ目を移すと様々な運動部が楽しそうに練習に励んでいるのが目に映り、いくばくかの疎外感を感じる。
まぁ...人と関わらない様にしているから自業自得なのだけど。
ボーッと眺めていると、金髪や茶髪ぽい子などカラフルな髪がポツポツ見受けられる。
軍隊などだと規則正しくが正義な感じだけど、この学校の校則は緩めなのだろうか。
そんなことを考えていると右斜め前から軽快に走る音が聞こえてきた。
音のするほうへ顔をやると足音の主は渡先生で、なにやら紙を挟んだバインダーを持ってこちらへやってくる。
ま、まさか……とは思うけど…嫌な予感!!
「愛星さん、やったわよ!射撃部作っていいって言われたから、ここに入部のサインをしてね?」
やっぱり、案が通ってしまったようだ。
あんな適当な思いつきが通ってしまったのかと思うと、やはり校則は緩いのかもしれない.....いや、自分共々適当なだけかも。
とりあえず案を出した張本人なので、大人しく入部にサインっと。
「射撃部なんてよくOKされましたね。他の部活に比べると危険なのに」
「校長先生いわくは、防衛科全体の技術向上に繋がるはずだって言って喜んでいたわ」
「それは授業中の訓練だけでも十分なのでは」
「どうやら射撃部に所属している子が他の生徒達へ教えることを想定しててね。さらにはコミュニケーション練習としても、うってつけだって言ってたわよ〜」
コミュ...コミュニ....なんですかソレ、新しいSNSアプリの名称ですか?
けど、なんということを思いついてしまったのだ校長先生は。
きっとニッコリ笑顔で承認したんだろうなぁ。
私が人様などに教えられる訳がないではないか、酷い!鬼畜!悪魔!
それに教えるっていつやるのですか、授業中ですか?放課後ですか?私の時間が無くなるのですか?
くっ、こんな部活を設立した人間に恨み節を言いたいけど考案したのは自分だからなぁ....。
新たに入部する人がいたらその人に全て丸投げしよう☆うん、それがベストだ!
「それとね、射撃部設立にあたって愛星さんが弾薬庫を使えるようにしておかないといけないから、ついて来て」
弾薬庫についたが、どうやらこの扉の端末に指紋認証登録をするみたいだ。
先生がカードキーを使い認証設定を出したら私に指を置くように合図をしたので、端末に人差し指を置いてスキャン。
「はい、カードキー。これには固有のIDがあって指紋とセットになっているの。だから他に指紋登録をしている人が愛星さんのカードキーを使って、扉を開けようとしても愛星さんの指紋がないと開けられない仕様よ。覚えておいて」
なるほど、指紋だけ登録したら誰でも開けられるのを防ぐために本人専用の鍵を用意していると。
厳重なセキュリティを知って改めて、危険な場所なのだと再認識した。
貰ったカードキーで試しに扉を開けてみる。
指紋認証に対してワクワクしている自分がいて、なんだかちょっと恥ずかしい。
ただ、鍵を開けるだけなのに。
カードキーをかざし、パネルに指を置くと静かにカチャッと解錠音がして扉が動くようになった。
「動作に問題はなさそうね。そのカードキーはちゃんと保管しておいてね、無くしたらまた認証し直しよ〜」
指紋認証が楽しくて、いくらでも紛失してもいいと思ったのは内緒にしておこう。
それでは弾薬庫から弾を持ち出して....と思ったが、しまった銃を持ってきていない。
射撃をするのに肝心の本体がないとはこれいかに。
「あの...すみません、銃を持ってくるのを忘れてました」
「そうなの?じゃあ、たまには整備室にある銃を使いましょうか」
今のところM4とP365しか使ったことがないし、違う銃を使うのはいい刺激になりそう。
その提案に甘えさせてもらい、先生と一緒に整備室へ。
整備室に着いて早速、どの銃を試射しようかで悩む。
できれば今後、使用するかもしれないものを試してみたいけど...新しいのを選べば無難なのかな?
とりあえず今回は深く考えずに、気になった銃を2つ取って試そう。
射撃部になったことだし、今後ゆっくり試射する時間も確保できるはず。
そう思い、ガンラックを見て回ってショットガンとサブマシンガンを取り出す。
「Saiga12とMP5SD7とは、渋いものを持ってくるわね」
「形が面白かったので選んでみました」
「Saiga12はセミオートのショットガンでAK47をベースに開発された銃。MP5SD7は消音に特化した銃で、発射音がかなり低減されているわ。サプレッサーと銃身が一体化しているのが特徴ね」
銃にも色々な名前があって覚えるのが大変だ。
気になったがSaigaはAK47をベースに作られたなら、MP5もベースになったものがありそう。
「先生、SaigaだけではなくMP5や他の銃も元になったものがありますよね」
「ええ。MP5だとG3が元だし貴女の使うM4も大元はAR-10で、そこから派生したものよ」
銃もそうみたいだが、どんな物でも参考元を改良してより良い物に仕上げる努力をしているならば、俗に言われるパクリも本来は悪いことではないのだろう。
お話は一旦終わりにして、整備室の銃とマガジンを弾薬庫に持って行き準備。
射撃場に戻ってきたらすぐにレーンに立ち射撃を開始。
消音効果を確かめるべく、イヤーマフをしない状態でMP5SD7を撃ったが耳が全然痛くない。
発射音が低減されているのは本当のようだ。
「サプレッサー無しよりは静かだけど多少は音が響くわね。こっちの銃も撃ってみて愛星さん」
先生から2つの銃を受け取ったけど、いつの間に持ち出していたのやら。
1つはM4に似ていてもう片方はAKに似ている。
今度はイヤーマフをしてから撃ったが、MP5のような小さい発砲音がしてこれも、サプレッサーつきなのだとすぐにわかった。
2つめは引き金を引いたが耳からは音が入ってこなくて、射撃の反動がなかったら撃ったことを認識できなかっただろう。
凄い消音性なのはいいけども...こんな銃で狙われでもしたら、たまったものじゃない。
音がしないのだから相手の射撃位置が特定できず、どこに隠れれば安全かの判断が難しくなる。
「最初に撃ってくれたのはHoney Badger、MP5SDの代替を狙って作られた銃。その次がAS Val、見た目の通りAKベースの銃でかなり高い消音性を誇るわ。実際MP5やHoney Badgerに比べると音が聞こえなかったでしょう?確か電動ガンの作動音と同じくらいで70〜90dbくらいの音だったはずよ」
「はい、2つに比べると全く聞こえなかったです。耳に優しくてストレスフリーでした」
しかしここまでの消音性があるなら、なぜ皆使わないのだろうか。
「先生。この消音性はとてもいい物だと思うのですが、なぜ皆使わないのですか?」
「理由は色々あるけれど特殊用途用だからかしらね。例えばMP5はとても精度がよくて100m以内ならスナイパーライフルに匹敵するほどの命中率を誇るわ。室内とかの閉所ではその精度の良さでテロなど人質がいる際に誤射が減らせるし、消音性能のおかげで突入を悟られにくい」
「威力・精度共に十分で、100mまでなら力を存分に発揮するけど、逆に言えば100m以上になると期待されている性能が発揮されづらくなる。つまり汎用性に欠けるのよね。そうなると時と場所を選ばす使用できる、汎用性を重視したアサルトライフルのような銃のほうが、特化したものより総合力で勝るわ」
なるほど、要するに適材適所ということか。
これから扱う銃を選択するときは、TPOでよく考えたほうがよさそう。
試射も楽しんだし、そろそろ射撃部の初活動も終わりかなと思い、片付けを始める。
先生も手伝ってくれたおかげで、少し楽ができたのはラッキー。
掃除が済み、視線を地面から上げるとオレンジ色の光で空が煌びやかに照らされているのが目に映った。
スマホの時計を見ると17時で、そろそろ夕ご飯どき。
「愛星さんこの後学食に行くの?もし行くなら一緒に食事しないかしら」
まさか、こうも早く食事のお誘いが来るとは。渡先生相手では無下にできない、特に断る理由も今はないし。
「わかりました、お付き合いします」
返事をした後に弾薬庫の施錠と、整備室に使った銃を戻したら先生と学食へ向かった。
今晩はホワイトシチューとフランスパン、デザートにブルーベリーヨーグルトを頼んだ。
先生はあじの竜田揚げ定食を選んだもよう。
今日は正面の窓側席に座って食べることにした。
ホワイトシチューはとてもクリーミーなのに重くなくて、シチューというよりはクラムチャウダー寄りのスープぽい感じ。
そこへ焼きたてカリカリのフランスパンをつけて食べると…もう、ね?言わずもがな舌が幸せ。
先生にも食べてみて欲しいので前回の様にあーんしてあげたら、やはり顔が赤かったが頬張りながら「おいひいわふぇ」と言ってくれた。
お返しにと先生から、大根おろしを載せてポン酢をつけたあじの竜田揚げをもらった、おいひいふぁ〜。
その後デザートのヨーグルトも楽しみ、本日もごちそうさまでした。
食事をし終えて、学食の外へ出たところで先生が急にあっ、と何かを思い出した様子。
「伝え忘れていたわ。前に放課後に遅れている分の補習をしましょうって言っていたけれど、ごめんなさい。そちらに時間を割くことができなくなったの、今後ある演習の段取りとか連絡で忙しくなってしまって」
そういえばそんな話もありましたね、私も忘れてたのでノープロブレム!
勉強なんてやめです、射撃に明け暮れようそうしよう!
そして赤点を取って留年!なんて事態にならないよう自分で勉強しないと....ひえぇ...。
そんなことよりもだ、演習というワードに気を引かれる。
「演習なんてものがあるのですね。どういうことをするのですか」
「詳細は内緒よ。ただ、大まかに言うなら合同訓練ね」
合同訓練という言葉から察するに他の防衛校と一緒に行うものだろう、中々ハードな内容になりそうで今から憂鬱な気分。
大勢の知らない人たちと何かをするのは苦手だなあ、そもそも人見知りなほうだし。
「7月上旬にあるから後2ヶ月よ、楽しみにして待っていなさい♪」
7月なんて夏真っ盛りの時期ではないか、これは熱中症患者が出てもおかしくない。
激しく不安を感じる、はたして生きて帰れるのだろうか....。
「それじゃあ、愛星さんまたね」
渡先生は手を振って、私の前から去っていった。
寮の部屋に戻り、お風呂で体を清めてからベッドに倒れ込む。
今日は射撃と体術訓練をして疲れた、明日も体術訓練があるから早めに休もう。
まだまだ傷の痛みも残っているし、早く治したい。
あ、でも体を鍛えておかないとと思いプランクをする。
はぁはぁと息を切らしながら、なんとか30秒3回をクリア。
額に汗が滲んでいる...しまったお風呂に入る前にすればよかった、失敗。
汗が引くのを待ってから再度ベットに入る。
それから目を閉じて数10秒すると、私の意識は灰色の世界に落ちていった。
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