8-3
射撃場について早30分が経ち、時刻は15時46分になるが先生はまだ来ない。
きっと会議が長引いているのだろう、近くの椅子へ腰を預けて空を見上げ、物思いにふける。
今の時刻の空は明るい、ついこの前までは日が傾くのが早かったのに。
あれから1ヶ月が経って今は5月の半ばだと思うと時の流れとは無情なもの、お母さんとは別れて約3ヶ月も過ぎている。
お母さんとお父さんが生きていたら今ごろ、なにをしていたのかな。
卒業と入学のお祝いで日帰り旅行やご馳走を食べたりと、たぶん楽しいことが待っていたはず。
私も早くそっちに行って、2人に会いたいよ...。
今は叶わぬ願望を、この広い空に向けて呟くと声が返ってきた。
「まだダメよ、あっちに行っては」
「ふぇ?」
すっとんきょな声を発しながら、返事のあったほうを向くと渡先生が立っていた。
「先生ですか...びっくりしました。会議はおわ...んんっ!?」
急に抱きしめられ、最後まで口を動かせずもごもごしてしまう。
少しして先生が離れ、息がしやすくなったので呼吸と共に心を整える。
「い、いきなり抱きしめるとは、セクハラなのでは....」
そう言いつつ、ジト目を先生にプレゼント。
「んふふ、同性なのだから大丈夫なはずよ!」
そういう問題ではないと思うのですが.....。
そんなやりとりをした後、先生と共に弾薬庫へ弾を取りに行った。
アサルトライフルとハンドガンのマガジンをそれぞれ2本用意したら、外の射撃レーンに立ってイヤーマフを着ける。
まずはハンドガンから、15mの的に7発撃って4発命中、そこそこの精度かな。
次はアサルトライフルで60mの的に狙いを定め、ダンダンとリズムを刻むように10発。
なぜだか心地よさを感じている、続けて10発撃つと肩とお腹に痛みが来たけど無視して続ける。
ひたすら無心でトリガーを引く動作を繰り返し...気がつくと弾がなくなっていた。
もうなくなってしまったのかと、物足りない気持ちになったけど仕方ない。
あまり撃ちすぎると弾薬費で学校の経営が傾く。
先生に顔を向けるとこちらに寄って来て、まだ弾が残っているハンドガンを手に取り、私がさっき撃った15mの的を狙って撃ち始めた。
「うーん、やっぱり射撃は良いわね。楽しいしストレス解消には最適だわ」
中々物騒なことを言っているが、ルンルン顔で撃った弾が全て的に命中していることのほうがより恐ろしい。
「愛星さん、ハンドガンを撃つときに少し腕が曲がっているのとお尻を引いているのが、着弾位置が安定しない原因じゃないかしら?」
そう言われると腕は確かに曲がっていたかもしれないが、お尻が引いているのは全然分からなかった。
もしかするとアサルトライフルの射撃姿勢もそんな状態なのではないかと思い、聞いてみるとそちらは大丈夫らしい。
先生からハンドガンを受け取り、言われた通りに腕とお尻に気をつけてもう一回撃つ。
確かにさっきより撃ちやすいし、肩と腰周りが楽になったと思う。
「変な姿勢だと狙いがぶれるのよね。正しい姿勢の状態でリラックスすることが重要よ」
実際に体験したから言っていることが正しいのだとわかる。
姿勢はおろか、リラックスもできていなかったのだろう。
「ところで...急な質問なのだけど、愛星さんはどうしてこの学校に入ったの?」
これまた急な質問だ、今日の先生は一体どうしたのだろうか。
逆に自分がこの学校にいることが変ですか?と尋ねる。
「愛星さんって物静かでお上品な感じで、銃とか好きそうに見えないし、争いとは無縁な所にいそうだなと思って」
物静かで、お上品と言われたことに存外ショックを受けた。
結構、わがままで粗雑な人間だと思っていたのだけど。
「た、確かに銃は好きではないですね。ただ成り行きでここに来たと言いますか...それよりも私はそんなに物静かで、お上品に見えますか....?」
「先生からはそう見えるわねー、物静かなお姫様みたいな感じ?」
「ぐっ...物静かというのは否定できませんが、決してお上品でもお姫様でもないです」
「まぁまぁ、そこは置いておきましょう。それで成り行きって?」
「学校に入学しないかって、手紙が来たのでそれに便乗させて貰いました」
「他に行きたい学校とかはなかったの?」
「特に決めていなかったのもありますが、選択肢がなかったので」
「ふんふん、でも違う道を選ぶこともできたんじゃない?」
「え」
「まぁ、好きな授業が受けられるところとか。お金が気になるなら奨学金制度を使ったり、特別枠とかね」
「好きなことや奨学金は思いつかなかったですし、特別枠を狙うとしても頭脳明晰ではなかったので...」
「確かに....ごめんなさい☆」
「わざとですか、嫌味ですか。モラルハラスメントですか?」
「きゃー、そこまで言わなくてもいいじゃないの!愛星さん容赦ないわね!」
「冗談ですよ、これでお上品ではないとご理解いただけたかと」
「そうね。お上品ではないかもだけど、面白くはあるわね」
「過分な評価をいただき、恐縮です」
淡白な返事をして会話を切ろうとしたが、すかさず追求をされて逃げられない。
「話が変わるけど愛星さん、さっき空に向かって"そっちに行きたい"って言っていたけれど、それはご両親の所によね?」
図星をつかれて心臓の鼓動が速くなった。
どうやら、さっきの会話から察するに先生は私の事情を知っているようだ。
ここへ来るのが遅かったのは調べていたからかもしれない。
「ごめんなさいね。生徒のプライベートを探るのは良くないって分かっているけど、気になって。愛星さんは3ヶ月前に未知の存在と出会っているのよね?」
既に知られているのなら別に隠しておく必要性はないと思い、口を開く。
「はい、襲撃された街に住んでいたので。その際に両親を亡くしました。父は爆死、母親は射殺されました」
「想像していたものより酷い答えが返ってきたわね...」
「いえ、両親が死んだのは私のせいなので.......酷いのは私のほうかと」
「どういうこと?」
体験した出来事をかいつまんで先生に説明すると、先生はやや険しい面持ちをしながら黙って話を聞いていた。
「....なるほど。それと、やっぱり銃に触れたことがあったのね。本を読んだとは言ってても妙に飲み込みが早かったから、怪しいと思ってたのよ」
「すみません。経験があると答えたら何を言われるか分からなかったので、隠していました」
「それと未知の存在についてですが、そのときに遭遇した人物は日本語を話す女性で、今回襲撃してきた人物も言語は分かりませんが同じく女性でした」
「それは本当なの?まだ政府も素性がわからないって声明を出していたけど....事実なら騒ぎになりそうね」
「前回相手を撃った際に生死の確認をするため、体へ触れたので少なくとも性別に関しては間違いないと思います」
「ありがとう、話してくれて」
「聞かれたら答えるくらいの心持ちでいたので大したことでは」
「でも、ご両親が亡くなったのは愛星さんのせいではないわ。未知の存在が殺したの、貴女が殺したわけじゃない」
先生の言う通りだ、しかし頭では理解していても心はそれを否定する。
あのとき、ああしていればこうしていればと後悔の念が消えない。
「ところで。愛星さんは死にたいって思っているの?」
話題がまた変わって困ったが、ここも今の本音を言おう。
さっきも考えたが明確に死にたいと思ってはいない、ただ生に対する執着心が落ちていると話す。
生きる理由の全てはお父さんとお母さんだったが、2人がいなくなったことで、どうすれば良いのか分からなくなり途方に暮れていた。
そこで打診のあった高校に入学すれば、新しい理由を見つけられるかもと期待していたけど、まだ見つけられていないことを伝える。
「そっか、そう簡単には見つからないわよねぇ....生きる理由なんてものは。私だってまだ見つかっていないのだもの、人生経験の少ない愛星さんなら尚更よね」
先生はふぅと息を吐き、近くにある椅子へ腰かける。
ちょっと驚いた、大人である渡先生ですら見つけられていないなんて。
「私もね、愛星さんと同じ...同じじゃないけど似たような境遇でね?ほら、家系が自衛隊だって言ったでしょう?私が大学生のとき、災害救助の任務中に亡くなったの両親は」
えっ!と思わず声を出してしまった。
慌てて口を塞ぐも、その様子を見た先生は苦笑いのまま話を続ける。
「まぁ、亡くなったときはショックのあまり先のことなんて考えられなかったわ。両親は過去に災害救助に何回か参加していて危ない仕事とは聞かされていたけど、まさかね?自分の親が事故に遭うなんて予想できないでしょう?」
先生も私のようにお父さんとお母さんが大好きで、自衛隊に入ったのも2人の影響が大きいとか。
でも実際に入隊して何年か勤務したが、両親のいない自衛隊には興味が失せて、辞めてしまいそれ以降は適当に生きてきたらしい。
「そんなとき、未知の存在が街を襲撃したって聞いてね。愛星さんのような人が苦しんでいる中、いい大人なのに両親が亡くなって可哀想な子みたいな生き方をしている自分が哀れに思えたわ」
「だからそろそろ卒業しないとって思って、求人を見ていたらこの高校の教師の募集があったのよ。後先考えずに飛びついたわ。でも元自衛隊員だったからか、あっさり採用されちゃったってわけ♪」
「やっとね、私も"何か"を見つけるためのスタートラインに立ったばかりなの。だから愛星さんに偉そうなことは本来言えない立場だけど、それでも近い境遇にいる人を放って置いたらきっと後悔すると思って、小言を言わせてもらったわ」
先生の話を聞いた後だと、自分のことを恥ずかしく思う。
あの事件で死傷者は少なからず出ているのだ。
どうやら私は、今置かれている境遇を特別なものだと錯覚していたようだ....。
「んふふ...先生はお節介が好きみたいですね」
「あら、初めて笑ったわね。今は無理に笑わなくてもいいけど、いつかその笑顔を皆んなに振りまいてあげられるようになってちょうだい♪」
話の合間にチラッと時計を見ると17時近くで結構長い間、話をしていたようだ。
お腹も鳴っているし、そうだ.....ある提案を先生に投げかけてみる。
「渡先生、一緒に学食でご飯を食べませんか?」
「そうね〜、お腹も空いたしご一緒しようかしら!」
「教員の方が学食を利用するときは、お金を支払わないといけませんよね?」
「ええ、そうよー。そうなのよねぇ。福利厚生に含めてほしいわよ〜」
ならば、ここは誘った私が持つのがベストだろう。
「では、私がお支払いします。私のことで時間を取らせてしまいましたし、謝礼の30万円もあるので」
「えぇ...流石に生徒に奢らせるのはちょっと...それに貴女、入院費の支払いが残っているんじゃなかったかしら?」
「ぐっ、そうでした。確かに100万ほど、支払いが残ってありますぅ....」
「せっかくなら、そのお金も国が払ってくれれば良かったのにね?今回はいいわよ、支払いが終わったら奢ってもらうわ!」
あっ、そこは遠慮しないんだ。
内心でくすっと笑いつつも2人で学食に向かった。
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