8-2
トレーを返すついでに感謝も伝えたら学食の外へ。
その後すぐには校舎に入らず、屋上の手すりに寄りかかって、太陽の光を全身に浴びる。
4月のころよりも日差しが元気になっており、涼しい気温ながら多少の暑さも感じる。
本当に1ヶ月もの時が経ってしまったのだと改めて実感した。
銃と共に回収してもらったスマホをポケットから取り出して表裏を眺める。
あの爆発の中でよく壊れなかったものだ、傷も増えたりはしていないし。
ロック画面を開いて時計を見ると07時12分。
とりあえず久しぶりの我が家に戻ろう、我が家じゃないけど。
寮の部屋に着いて中を見回すと、1ヶ月放置していたわりには汚れてない。
誰かが掃除してくれたのかと考えたが、そもそも使っていないから汚れることもないか。
土汚れでクリーニングに出していた制服もいつの間にかクローゼットにかけられている。
ありがとうと見知らぬ人にお礼を囁き、ベッドに倒れ込んだが美味しい食事のおかげで傷の痛みを忘れていた。
ぐえっと情けない鳴き声が出てしまったが、同時にふふっと変な笑いも漏れる。
———さて、今日も一日頑張ろう。
そろそろ閉まっているであろう、教室の鍵を開けに行かないと。
教室へと向かい扉に手をかけてみると、既に鍵は開いていた。
しかし中には誰もおらず、そのまま自分の席へ座りに行く。
それから少し経って人が集まってきたが、妙に視線を感じるのは入学後すぐ入院したせいかな?変な印象を与えてしまったかも。
元々1人でやっていく予定だし、どんな風に思われていても問題ナッシング
「愛星さん、入院してたって先生が言ってたけど大丈夫?」
興味を抑えられなかったのかクラスの女の子に話しかけられたけど、どう返事をしよう。
何を言っていいか分からないから、当たり障りのないことを話せばいいのかな?
少し、ほんの少しだけ間をおいて口を開く。
「えっと…まあ、色々あって入院していましたがこの通り元気なので大丈夫です。心配していただいてありがとうございます」
「そっか。なんか先生が不安そうな顔してるのが続いてたから、気になってたんだよね。ここ1週間はニコニコしてたけど」
生徒に心配されていますよ先生、お顔に気持ちを出さないよう気をつけて下さい。
しかし…クラスの子に心配されているとは思ってもいなかった。
入院前はとくに話しかけられることはなかったけど、こういうイベント的なものがあると違うのかな。
HRが始まる時間になり、渡先生が教室内に入ってきて話を始める。
「見ての通りだけど、今日から入院していた愛星さんが復帰します。まだ本調子じゃないと思うから何かあったら助けてあげてね」
たぶん、助けてもらう場面がないと思うのでお気持ちだけ頂いておきます、だって1人ぼっちだもん!
先生の話が終わったらタブレットを出して今日の授業はなにがあるのか確認、そして1限目が始まるまで待機。
予鈴が鳴り1限目は国語の時間、前日のおさらいから始まったが国語は何とかついていけそうかな。
数学などとは違って、文を読んだり漢字を書いたり熟語の意味を知っていればいいわけで、比較的簡単な科目だと思う。
そういう意味では英語も似ているけどあちらは馴染みがないため、やはり難しい。
国語の授業は難なく終わり、問題の数学の時間になったが案の定ちんぷんかんぷんで絶望感に苛まれる。
もう無理だぁ...そんな泣き言を心の中で漏らしていた、社会と家庭の時間は教科書を読めばついていけたので精神を安定させられた。
4限までが終わってお昼休みに突入。
誰よりも素早く学食へと向かい、メニューを見てチキンサラダ・スパゲティとオニオンスープを注文。
朝と同じ席に座り、いただきますの挨拶をしたら食事に手をつける。
サラダスパゲティは新鮮な鶏肉と野菜を使っている証として、噛むとシャキシャキ感とみずみずしさが伝わってくる。
そこへ、ゴマだれがかかっていて美味しい。
オニオンスープは玉ねぎが5mmのあられ切りで形を残しており、食感も楽しめるものになっている。
あっさりと食べ尽くしてしまい、予鈴が鳴る15分前までは学食でのんびり過ごした。
5限目は英語でこちらも数学と同じく、わからないところが多いなぁ。
単語とかは覚えられるが文法や長文は...うん、落第しなければ大丈夫、まえむきにいこー♪
現実逃避と、ふざけたい気持ちでいっぱいいっぱい☆
過酷な現実を前にして6限目の美術は癒しだと感じた。
無心で絵を描く、それだけでいいなんて...なんと素晴らしい授業なのか。
でも絵を描くのも楽ちんとは言えないのが、また悲しいところ。
そんなこんなで復帰初日の日程は終了。
HRの時間になって先生が明日の連絡事項を伝える。
「明日は射撃訓練があるから夜ふかしは避けてね。後は体術の訓練もあるから体操服を忘れないように、解散!」
体術の訓練かぁ、少し楽しみではあるが体の調子によっては参加できないかもしれない、射撃訓練も。
右肩と脇腹に難を抱えているし。
そういえば入院していたときに医師に教えられたけど右肩の痺れは以前、被弾した弾の破片が神経を圧迫していたため起きていたらしい。
あのまま放置していたら神経麻痺の後遺症が残っていた可能性があると聞いたときはゾッとした。
なので異変を感じたら、ちゃんと病院に行きましょうと怒られましたとさ。
そうだ、弾を持って帰っていたことについて先生に話をしておかないと。
教壇に立っている渡先生に声をかける。
「先生。お伝えしていなかったのですが以前放課後に射撃訓練をしたとき、マガジンを全て使い切れず残ったのを持ち帰ってしまったのですが、持ち帰りはやっぱりダメですよね?」
「ああ...なるほどね、どうして愛星さんが銃の弾を持っていたのか謎だったのだけどそういうことだったの。本来はダメだけど今回は私も確認しないで去っちゃったし、結果論だけど愛星さんが持っていたおかげで街を守れたからお咎めはないわ」
「あの...それで思ったのですが今回のようなことを考えると常時、弾を所持しておいたほうがいいと思うのですが」
「そうね。相手が神出鬼没だっていう情報の信憑性が高くなったから私個人は賛成だけど、問題として常に持っていると簡単に銃を使えるという危険がつきまとうのよね。皆まだ銃の扱いに慣れきってないし、盗られたりでもしたら大事になるわ」
でもと続け、愛星さんはどうしたいかと問うてきた。
急に問いを投げかけられて、まごまごとしてしまう。
自分はどうしたいのか。
……私は———。
「この一件で、守るために力が必要だと強く思いました。あのときは偶然所持していたおかげで戦うことができましたが、もし持っていなかったら力のない人達が危険に晒されるのを指を咥えて、ただ見ているしかなかったと思います」
「だから...私だけにでも持たせて欲しいです。守るためなら自分がどうなっても構いません、守るべき者を守れないなら価値などないです...。お願いします」
嘘偽りない想いを連ねた、お母さんを助けられなかったことが後悔という形で今もなお心を抉る。
その事実を否定したくない、認めて前に進みたいから守れる力が欲しい。
先生は目を閉じて少し躊躇う様子を見せたかと思えば、口を開いた。
「愛星さん。申し訳ないけど、死にに行くような人には渡しても意味がないと思うわ」
先生はそう冷たく、突き放すように言い放った。
「え...?」
「え?じゃないわよ。愛星さんの言う通り力は必要だと思う、守るためにはね。でも守るためなら命すら厭わないのは違うでしょう?自分の命を捨てたら守れると思っているのは大きな勘違いよ」
困惑した、命をかけてはいけない?
では命をかけずに、どうやって救うのだろうか...。
「愛星さんは"守る"ためにいるのでしょう?貴女が死ねばその守って貰った人はどう思うかしら。たぶん、自分のせいで死なせたと重い責任を感じるはず」
「さらに言えばそのときは守れたけど、じゃあ次に何かあったときは?生きていたら守れるかもしれないのに、貴女がいないことで助けを求める人を救えない可能性もある。もしそうなったら本末転倒じゃない?」
うっと唸ってしまう、確かに渡先生の言うことは間違っていない。
守る側がいなくなれば、守られる側が危険に脅かされる。
「守るって言うのわね、自身のことも含まれているの。貴女もまた守られる存在の1人なのだから。相手を守って自分も守るの、簡単ではないけどできないことでもない」
私も守られる1人...それは、気づいていなかった。
「わかりました。まだ私は力を持つのに相応しくないと思います」
「そうじゃないわ、力を持つことはいいの。先生が怒ったのは、愛星さんが自分の命を簡単に捨てられる覚悟をしていることに対してよ」
「すみません...」
「命をね、捨てなければならないときは悩みに悩んで本当に、それしか方法がないと判断した場合だけにして頂戴。でも先生は命を捨てる場面なんて存在しないと思っているから、どんな状況でも諦めないで」
「はい....あのそれで弾の所持は....ダメですよね」
「明日の射撃訓練で80mの的に撃った弾全てが命中したら、渡しても構わないわ。だから一生懸命、頑張りなさい」
そう言って話を切り上げた先生はこれから会議へ行くそうだが、今日は射撃訓練するかを聞かれたのでしますと力強く答える。
その返事に先生は優しく微笑み、会議は30分くらいで終わるから先に射撃場で待っていてと言って、教室を出て行った。
さっき話をして思ったのは、自分ははやり死に急いでいることを否定できない。
家族を失ったことで生きていることに対し、執着が薄くなっているのは間違いないと思う。
今の自分をこの世に繋ぎ止めてくれているのは、この学校生活と人を守るという気持ちくらいだ......。
ふぅ.....ひとまず射撃場に行かないと。
銃を取りに、重い身体を引きずるようにして寮へ向かった。
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